クラシックはヨーロッパで盛んなものと思われがちですが、最近、アジアでクラシックの普及が進んでいます。日本でも、中国を始めとしたアジア系アーティストの演奏会を多く見かけるようになってきました。
音楽を含む芸術文化が栄えるには、経済的なゆとりが不可欠です。ですから、ASEAN各国をはじめ経済発展の兆しがみえるアジアで、クラシックが盛り上がりつつあるというわけです。
それでは、日本以外のアジア地域におけるクラシックブームを見ていきましょう。

中国、韓国の躍進

アジアでクラシックが盛り上がっていると聞いて真っ先に思い浮かぶのは、中国・韓国人の活躍ではないでしょうか。
中国からは、世界的ピアニストのラン・ランを輩出しています。チェリストのヨー・ヨーマも、生まれはフランスですが、天才中国系アメリカ人の演奏家として有名です。
この2か国は教育熱心なことで有名ですね。その熱情を音楽に注ぐ親もいます。ランランの父親もその一人でした。自身も音楽家である彼は、ランラン出生前から「息子はピアニストにする」と決めていたそうです。母親が話しかけるのも「練習の邪魔になる」と控えさせるほどの厳しさでした。ランランが9歳になるとよりよい環境とチャンスを求め、仕事を辞めて北京へ上京。そのため、母親が故郷に残って働くなどの経済的な苦労もあったようです。ランランの成功の背景には、本人の才能だけでなくこのような家族の支えがあったのですね。
今も中国や韓国では1億人弱の子供たちが楽器を習っているともいわれ、新世代のさらなる活躍が楽しみです。
1998年に建設された上海の大劇場をはじめとして、ホールの需要も高まっており、現在も建設中のホールが多数あるようです。

シンガポール 魅力的すぎる総合芸術文化施設エスプラネード

Esplanade Theatres on the Bay

「アジアといっても、活躍しているのは中国と韓国だけじゃないか」そう思っていませんか。
最近、ホール施設で一際目をひくのが、シンガポールのエスプラネード・シアター・オン・ザ・ベイという総合芸術文化施設です。
シンガポールは東京23区程度の面積に、東京都の約半分の人口が住む、小さな国です。エスプラネードは、そんなシンガポールの文化の中心として2001年に建設されました。デコボコ、ギラギラとした銀色の屋根が特徴的な面白い建物で、まちのシンボルとして観光地にもなっています。メインの1600席のコンサートホールと2000席のシアター、小規模なスタジオ、屋外ステージ、美術作品を展示するスペースを備え、オープン15年で370,000件の開催プログラム、2600万人の来場者を記録しています。
素晴らしいのは施設設備だけではありません。
例えば、今日開催のプログラムを見てみます。9つあり、そのうち8つがなんと無料です。聴くにも習うにもお金がかかり、得てして中産階級以上の人々にしか普及しないクラシックですが、これなら肩ひじを張らず気軽に触れることができそうです。また、1日に複数のイベントを開催しているため、「行けば何か面白いことをしている」という期待を持って出かけ先に選ぶことができます。9つの開催プログラムのうち、musicが2つ、activityが3つ、visual artsが4つと種類も多様で、いろいろなニーズに応えてくれるでしょう。
ワークショップも充実しています。子供向けの演劇ワークショップや親子向けのダンス教室、高齢者向けの運動ワークショップやトークイベントまで、豊富です。驚くべきことに、これらの多くも無料で参加できます。
このような活動がどうして成り立っているのでしょうか。自治体の支援以外で重要なのが、寄付と市民参加です。寄付ではアートパートナーやスポンサー、パトロンなど、様々な支援の仕方があるようです。企業にとっても、文化施設の支援はイメージアップにつながりますね。市民の参加方法には、ボランティアやインターンシップ等があります。また、職業技能を身に着けるコースを設置しており、ホール自身の手で将来のスタッフを育てていこうという姿勢がうかがえます。
エスプラネードでは、運営を手掛ける非営利団体エスプラネード社の体制がしっかりしており、その精力的な活動が、成功の要因となっています。

ベトナム 日本人指揮者本名徹次とVNSOの奮闘

シンガポールだけではありません。東南アジアの端、ベトナムでのクラシック事情にも目をひくものがあります。既に活躍しているアーティストとしては、ピアニストのダンタイソンがいますね。また、本名徹次さんという日本人指揮者が、ベトナム国立交響楽団(通称VNSO)で活躍されています。
ベトナム国立交響楽団VNSOは1959年に創立された約60人規模のオーケストラです。1959年というと、ベトナムは南北に分かれていた頃で、翌1960年には南ベトナム解放民族戦線が成立しています。
VNSOはベトナムを代表するオーケストラですが、国際的な知名度はまだまだ低いかもしれません。本名徹次さんがVNSOで指揮を振り始めたのは2001年です。ハノイで演奏をした本名さんをVNSOがスカウト。契約時に提示されたのは、「VNSOの演奏をを5年間でアジアレベルに、さらに5年で国際レベルにする」という目標でした。練習への遅刻も頻繁な意識の低いVNSOでしたが、本名さんは彼らの素晴らしい音楽感性に可能性を感じ、奮闘しました。2009年には音楽監督にも就任しています。本名さんも含め団員の給料は安く、アルバイトと兼業する団員もいるなど苦労もありますが、その演奏は海外でも話題になり、活動を広げています。演奏レベルだけでなく、年間演奏計画を作るようになるなど組織的にも発展しているようです。

フランスやロシア、周辺のアジアの文化を吸収してきたベトナム人だからこそ出せる、多くの人の共感を呼ぶような奥行きのある美しい音色があるのでしょう。音楽大学や、高いレベルのアマチュアオーケストラもあり、ベトナムは今後さらに活躍が期待ができそうです。

ちなみに、VNSOの次の来日予定は2018年7月です。

これから予想される課題

シンガポールやベトナムの成功例を見るとアジアのクラシック界は前途洋々のようです。しかし、日本では、高度経済成長期に生まれたクラシックブームは終わりをつげ、コンサートの客入りやCD売り上げは低迷、ファン層も中高年に偏ってしまっています。同じ道をたどらないとも限りません。
なぜこのようなことがおきてしまうのでしょうか。
コンサートホールという「ハコ」を作っても、プロデュース体制ができていないと企画やアーティストの誘致が進まず、廃墟と化してしまいます。既に中国や韓国ではそのようなホールがあるようです。
また、まだまだ経済格差の大きいアジア地域では、中産階級以上の層にしかクラシックが普及しないという問題もあります。音楽教育を受けられる余裕のある家庭が限られているからです。教育内容に関しても、欧米に追い付こうという焦りから、一時期の日本のように、演奏の技術ばかりを追求しがちです。表現力の訓練がおろそかになり、世界で通用する演奏家も生まれないでしょう。アジア地域のクラシック界がさらに発展するには、このような課題に対して対策を立てつつ、継続性を意識することが必要だろうと考えます。

終わりに

欧米文化であるクラシックがアジアで盛り上がることを意外に思う方もいるでしょう。アジアの一部地域はかつてヨーロッパの国々の植民地であったこともあります。例えばベトナムはフランスの、フィリピンはアメリカの植民地でした。そのような時期にヨーロッパの文化の流入するなど、アジアにおいてクラシックは決して遠い存在ではないのです。むしろ、他国の文化を吸収し、インターカルチュアルな活動を引っ張っていく存在と言えるでしょう。アジアならではのクラシックの音色や発展も興味深いですね。観光の目的にもなり得そうです。
過去の失敗から教訓を得て、継続的なクラシック活動が聴き手・演奏者共に盛り上がっていくとよいですね。

【音楽文化の発展と現在】日本でクラシックを聴くということ。