>【オペラは死んだ?】クラシックの歌曲を現代に蘇らせる二人の現代音楽家インタビュー(前編)

ドビュッシーはたった100年前の新しい音楽

――今回、二作目にドビュッシーを選んでるけれど、一作目がフォーレで、作曲家はどんな基準で選んでるの?

J:最初に録音したのは、フォーレの月の光、マンドリンと、ドビュッシーのパンの笛という三曲だったよね。
中川:うん。最初は各自やりたい歌曲を探して、耳障りが良いもの、キャッチーなものを作曲家問わず探していたんだけど、途中で作曲家ごとに集めようということになって。

J:フォーレの時は、メロディの輪郭がしっかりあって、自然にこれ歌いたいっていうのがあったんだけど、ドビュッシーの歌曲は掴みどころがないというか、微々たる違いというか・・・。選曲が格段に難しかった。その中でも遊び心があったりするものを選んだかな。

中川:微々たる違いなんていうと、ドビュッシー研究家さんに怒られそうだけど(笑)。「月の光」や「マンドリン」なんかは、同じタイトル、同じ詩で両者とも違うアプローチで作っていたりするんだよね。

J:そうそう。それはおもしろいからやろうと。でも瑞葉ちゃんは三部作の中の一つだけを選んだり、めちゃくちゃな選曲に抵抗なかった?

中川:抵抗はないけど、クラシックの演奏家からすると、三部作は三部作としてやりたいなっていう気になっちゃうよね。まぁ、そこをやっちゃうと、クラシックのフォーマットっぽくなっちゃうよな、とは思うけど。



――フォーレ、ドビュッシーとどちらもフランスものだけど、理由はあるの?

中川:クラシックの歴史を俯瞰すると、ドビュッシーとかって、けっこう最近というか、近現代の作曲家という捉え方になるとおもうんだけど、Jessicaちゃん含め、私以外のRE-CLASSICメンバーからすると、やっぱり古典というか、古いものを発掘しているっていう感覚なんだよね。私の中では、ドビュッシーって古かったっけって思うんだけど(笑)。クラシック音楽という大きいジャンルで考えたら、だいぶ新しいし、たった100年前だよって。

だから、本当はせっかくRE-CLASSICだから、新しめのものより、本当の意味でのクラシック(古典)を選んでも面白いと思うんだけど、聴かせ方が難しいかもしれない。

J:聴かせ方っていうのは、クラシックを聴かない人たちにとっては、わかりづらいってこと?

中川:クラシック音楽は戦前と前後というふうに分けたりするけど、フォーレ、ドビュッシー、ラヴェルあたりの旋法を使った響きってフランスっぽい感じでお洒落じゃない?それが古典になると、もっと真面目な雰囲気になるというか。でも素敵な作品はたくさんあるよ。

RE-DEBUSSY MV

――ピアノ以前とかどう?

中川:バロック以前とかね。それこそ教会旋法とかの時代の。

――そうすると、また自由度があるというか、ピアノがそもそもなかったわけだから、編曲しても怒られない(笑)

中川:逆に内部奏法のピチカートだけで伴奏つけるとか、現代奏法バリバリの古典とかおもしろそう。

フランス語は歌曲にそぐわない?

――今回のアルバムに入っている夢想(Rêverie)はもともとピアノ曲だよね。ジャン・コクトーの詩をつけたのはどうして?ヴォカリーズでやろうとは思わなかったの?

J:はじめはそうしようと思ったんだけど、詩があったほうが単純に歌いやすいのと、フランス語で歌う機会が増えてたから、たまたま本棚にコクトーの詩集があって、その詩の情景と夢想の曲調が合っていて。

――フランス語指導は受けたの?

J:うん、ヴァンソンさんっていうフランス人の方に教わった。でも本当に発音が難しくて。日本語話者は極端に発音しすぎるみたい。

中川:日本語で言えば、たとえば、「ありがとうございます」の”す”まできっちり発音しないでしょ。それと同様に、全部読んじゃうんだよね。

J:歌だとどうなるんだろうね。外国の人が日本語の歌謡曲うたっていることあるけど、そんなに違和感がないような。

――日本語って、たぶん、発音簡単だとおもう。日本語出来ない外国人の友達が、例えばgoogle翻訳で出てきた日本語のローマ字を音読しても日本語として全然違和感ないから。五十音に精度があまり要求されない言語だよね。だから、ちょっと変なニュアンスで発音してても、ちゃんとその五十音の中に回収してくれるというか。

中川:フランス語のRって、クァーって感じでしょ。でもクラシック歌曲になると巻き舌になるんだよね。フランス人が歌ってもそうなる。昔からなんでだろうって謎で、フランス歌曲をやってる人に聞いたことがあるんだけど、例えば昔のローマの歌劇場の屋外で歌ったりするときに、そのほうが声が通るんだって。遠くまで。だから歌曲はフランス語だろうがイタリア語だろうがRは巻くほうがいいっていうことなんだろうね。正式な伝統として。

ただ、個人的にはそうすると、フランス語っぽさがなくなって、全部ドイツ語に聴こえて・・・。巻き舌が嫌いなわけじゃないけどさ。

J:でも、確かに僕も歌曲を歌う時に、高い音を発声するときとか、正しいRの発音は歌いづらいなって思って、巻きたくなるのはわかる。(笑)

中川:やっぱり歌い手からするとそうなんだね。

ドビュッシーとハウシュカ

――今回のRE-DEBUSSYは、リミックスをHauschkaが手掛けてるけど、Hauschkaとはどんな経緯で?

J:RE-CLASSIC STUDIESは、アルバム毎に一人のリミキサーを迎えて、リミックスと間奏曲を手掛けてもらっているんだけど、フォーレのアルバムを作るときに、自分たちの大好きなアーティスト何人かに打診したの。その中にhauschkaもいて。興味があるという返事をもらったんだけど、そのときには既にフォーレのアルバムのリミキサーが決まっていて。

でも、Hauschkaにどうしてもお願いしたくて、その時に二作目を作ることが決まっていたので、「実は、今回はもうリミキサーが決まっているのだけれど、次作をお願いしたい」と連絡したら、やりますと言ってくれて。その時点でドビュッシーの録音は出来ていなかったのだけど、彼が選択できるように三曲だけ急遽録音したんだ。それが、『ロマンス(Romance)』『星の夜(Nuit d’étoiles)』『鐘(les cloches)』で、Hauschkaは、鐘を選んでリミクッスしてくれた。それがもう凄く良くて。

――インタールードに関してはどういう風に?

J:インタールードは、僕らの音と、彼のドビュッシー像から想起される音を作ってもらったんだ。

――やりとりはメールで?

J:メールと、あとはスカイプで。来日したときに一度お会いしたんだけど、とても紳士で優しい人で。僕らの音源をよく理解してくれて、Hauschkaのおかげで風通しの良いアルバムになったと思う。

『RE-DEBUSSY』ハウシュカミニインタビュー

今後の展望について

――第三、第四作といったプランはあるの?

中川:なんとなく、ラヴェルをやって三作までは続けてフランスものやってもいいかもしれないね。私は是非、ラヴェルのコンチェルトを多声部でやりたいな。もしラヴェルのCD作るなら。あとラヴェルだったら、亡き王女のためのパヴァーヌとかね、歌をつけてもいいと思う。別れの曲とか、シャルロット・ゲンズブールが歌ったりしていて面白いけど、かといってショパンのCDとなるとアルバム一枚分の選曲は大変だよね。

さっき言っていたバッハ以前のものとか、ラフマニノフとか、ライブをやりながらレパートリー増やしていって、これいいなっていうのがあったらそこを掘り下げて・・というのもいいかもね。

J:ライブはコンスタントにやっていきたいね。

中川:ジョージ・クラムのもので、古いアメリカのフォークソングを内部奏法と歌とパーカッションにしてるのとかあったりするんだけど、そういうのもいいね。

――どんな人に聴いて欲しい?

J:クラシックを普段聴かない人達、とくにクラシックは退屈だって思っている人達に聴いて欲しいですね。

>前編『オペラが作曲された当時はマイクなんてなかった』

Jessica
メジャーレーベルよりキャリアをスタートさせ、三枚のアルバムと四枚のシングルを発表。その後、Ngatariのボー カリストとして、PROGRESSIVE FOrM よりアルバムをリリース。コンピレーションアルバムの参加や、TV番組のエンディング、CM曲を担当するなど活動は多岐に渡る。「Nebular for Thirteen」「坂本龍一トリビュートアルバム」など。

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https://ngatari.com

中川瑞葉
桐朋学園大学音楽学部ピアノ科卒業後、渡仏。 パリ・エコール・ノルマル音楽院ピアノ科及び 室内学科のディプロマを取得。在仏中は多くのコンサートや音楽祭に招聘され、積極的に演奏活動を行う。Concours musical de France第1位、CMF賞、インターナショナルクロードカーンピアノコンクール第3位等、国内外のコンクールにて受賞。 2013年、George Crumbの「Makrokosmos Vol.2」をオノ・セイゲン氏の録音にて、国内初のリリースを実現した。

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