クラシック音楽の世界では、最近MV(music video)が盛んにつくられ公開されています。単なるプロモーションにとどまらない、それ自体が作品であるような、楽曲の内容やアーティストのポートレイトが視覚的に表現された映像、それがMVです。
 
新型コロナウイルスの影響で、今後、ホールでの音楽鑑賞がどのような形になっていくかわからない中、もう一つの音楽の楽しみ方として、また演奏家や作曲家にとっては新たな音楽の発表形式として、ミュージックビデオへの期待は高まりそうです。
 
以下、最近公開されたユニークなMVから10作品を紹介します。


 

アイスランドのピアノ貴公子:ラモーと幸せのひととき

 
ドイツ・グラモフォンで2019年の「今年の演奏家」に選ばれたヴィキングル・オラフソンのミュージックビデオ。新作アルバム『ドビュッシー、ラモー』の中から、ラモーの「The Arts and the Hours」を演奏しています。
 
これは作曲家でもあるオラフソンが、ラモーのオペラ『Les Boréades』からピアノ用に編曲した作品。MVでは、ラモーの静けさと優しさに満ちたメロディに乗せて、大切な宝もの(コレクション)とともに生きる人々の情景が映し出されます。
 
ラモーはバッハと同世代の作曲家。このアルバムでは、オラフソンはラモーにドビュッシーを入念に配置し、二人の作曲家が入れ代わり立ち代わり現れる、独自の音楽世界(オラフソンのコレクション)をつくりだしています。
 

チョ・ソンジンは旅する:リストのロ短調ソナタに乗せて

5月初旬、ネットのLiveリサイタルで20万人以上を集めたチョ・ソンジンの最新アルバムから。ショパン国際ピアノコンクール優勝後のチョは、ヨーロッパ各都市をはじめアメリカ、アジアと世界中をツアーしています。このビデオでは旅先の街々を歩く彼の姿が、アートフィルム(いや、ポップスターかな)のように捉えられています。
 
新作『The Wanderer(さすらい人幻想曲)』には、タイトルのシューベルト、アルバン・ベルク、リストのソナタが収録されています。この三つは関係性が深く、リストはシューベルトのこのソナタを愛奏し、影響を受けてロ短調ソナタを作曲したとか。またベルクのソナタ作品1は、リストのソナタのエコーと考える音楽家もいます。
 

視覚と聴覚のたわむれ:現代音楽も夢をみる

こんなシンプルな要素と表現でアートフィルムがつくれるとは! というのが最初にこのミュージックビデオを見たときの感想です。
 
アメリカのParma Recordingsから、5月1日のLiveレコーディングの知らせを受け、さっそく見にいきました。アメリカで活動するウェールズ出身の作曲家、ヒラリー・タンの弦楽四重奏曲と、アンドレ・バージェロンのリトグラフ作品のコラボレーション。曲のタイトルは『そして雪は嘘をついた』。
 
現代曲ながら抒情あふれる楽曲を演奏するのはシリウス・カルテット。そしてある小説のために描かれたという具象でも抽象でもあるようなバージェロンのランドスケープ。その細かいタッチをカメラが寄りで追っていくとき、音と描画の間に見事な響き合いが生まれます。
 

バルトークのミステリーサウンド:オペラ『青ひげ公の城』より

『ユディト』と題された青ひげ公のストーリー(バイエルン州立歌劇場版)は、青ひげ公がコールガールの出会い系サイトで女を次々に誘い、自分の城に幽閉するというもの。
 
ここで紹介するのはそのプロローグ映像のトレイラーですが、実際の舞台では、『管弦楽のための協奏曲』全楽章をつかった約40分のムービーになっています。その間、セリフは一切なし。音楽と映像の結びつきが強力で、引き込まれるように見てしまいます(今年2月の初演が、オフィシャルサイトで全編公開された)。
 
オペラのプロローグ映像に、なぜ『管弦楽のための協奏曲』がつかわれたのでしょう。実は『青ひげ公の城』のモチーフのいくつかが、この曲で使われているからだそうです。一般的にあまり知られていませんが、このオペラを指揮したオクサーナ・リニウが、インタビューで指摘していました。
 

故宮に響くポスト・クラシカル:マックス・リヒター『November』

 
マリ・サムエルセンの鮮烈なバイオリンが、北京の夜空に響きわたる感動的なミュージックビデオです。ロケーションは紫禁城(故宮)の太和殿前、オーケストラはロン・ユー指揮による上海交響楽団。
 
会場を埋める中国の聴衆は、どんな思いでこれを聞いていたのか。中国とポスト・クラシカルの組み合わせはとても21世紀的。
 

セーヌを行く船上コンサート:ランランの「月の光」

セーヌの川面に街の灯が揺れ、滲む。。。ライトアップされた橋や大聖堂、エッフェル塔、新旧の建てものに見守られながら、ランランと聴衆を乗せた遊覧船が滑るようにゆっくりと進んでいきます。曲が止まりそうなくらい超スローテンポで、思いを込めてドビュッシーを弾くランラン。夢の時間が流れます。
 

地球のための子守歌:ポスト・クラシカルの巨人たち

マックス・リヒター『Dream 3』は2015年公開のミュージックビデオ。モノクロームの地球の映像がゆっくりと回転し、対照的にせわしなく喧騒に満ちた都市の風景がそこに重なります。
 
「この曲は、慌ただしいこの世界に向けた、わたしの個人的な子守歌」と作曲家は言います。しかし今これを見ると、COVID-19におおわれた地球全土への祈りの音楽のように思えてきます。
 

 
ヨハン・ヨハンソン『Fright from the City』は、水生動物のように水の中をたゆたう母娘のモノクローム映像と、果てしなくつづく音楽のコラボレーション。死と再生の物語、オルフェウスの神話からインスパイアされた作品とか。
 

古筝とバンジョーが草原をわたる

これはクラシック音楽というより中国、あるいはアメリカの民謡(folk song)かもしれません。しかしtraditionalとも呼ばれる各国民謡は、世界の名だたる作曲家たちの豊かな資源でもありました。中国の作曲家ウー・フェイの古筝、アメリカのバンジョー奏者、アビゲイル・ウォッシュバーンの二重奏、中国語と英語の二重唱がアパラチアの大自然をバックにスリリングに絡み合います。
 

バイエルン州立歌劇場をモチーフにしたアートムービー

ハン・オッテン作曲、イジー・キリアン振り付けによる映像作品。バイエルン州立歌劇場が「主役」のオカルチックなショートムービーです。バイエルン州立バレエ団の制作ですが、いわゆる「ダンス」はなし。歌劇場の衣装部屋にもカメラが入ります。
 

ショスタコーヴィチ、弦楽四重奏による「死者を追悼して」

 
ドミートリイ・ショスタコーヴィッチの『弦楽四重奏曲第3番』(第4楽章アダジオ)を使用した映像作品です。演奏はナイチンゲール弦楽四重奏団。5分程度の作品ですが、30名近いスタッフが関わって作られたものです。
 

まとめ

いかがでしたでしょうか。ここでは主としてMVのために作られた作品を紹介しましたが、舞台やLive演奏をクリエイティブに映像化し、MV作品にするアプローチも見られます。
 
20世紀初頭、レコードが人々の音楽の聞き方を劇的に変えたように、映像によるバーチャルな音楽体験が、リアルステージを新たなものへと進化させていくかもしれません。