サクソフォンはジャズの花形楽器だという印象を持つ方もいますが、サクソフォンはジャズのためだけの楽器ではありません。もともとクラシックでの演奏を前提に開発された楽器です。そのため、クラシック音楽でもサクソフォンは使用されますし、クラシック音楽専門のサクソフォン奏者さえ存在します。しかし「協奏曲なんてあるの?」とか「編曲ものばかりじゃないの?」なんて思う人もいるほど、知名度は低いです。
サクソフォンには他の管楽器のようにバロックや古典派の作品はありませんが、広義のクラシック音楽のためのオリジナル作品はあります。また、日々新しい作品が生まれ続けている分野でもあります。発展を続けるクラシカルサクソフォンの世界を、一緒に覗いてみませんか。

サクソフォンの誕生

1840年ごろ、ベルギーの楽器製作者アドルフ・サックス(1814~ 1894)は、サクソフォンを含むいくつかの新しい楽器を開発しました。当時のフランス軍楽隊は音が貧弱で評判も悪かったため、サックス氏は自身の発明した楽器の使用を提案しました。これらの楽器があれば、屋外でも大きな音で安定した演奏ができると考えたのです。

1845年4月、従来の楽器による音楽隊と、サックス氏の新楽器による音楽隊との比較が行われました。新楽器による音楽隊は約2万人もの観衆から大歓声を受け、同年9月にはこれらの楽器を軍楽隊に導入することが決定しました。
1846年6月、サクソフォンは特許を取得。これ以降ヨーロッパ各地の軍楽隊でサクソフォンが採用されるようになり、またたく間に世界中に広まっていくことになりました。

現在吹奏楽にサクソフォンが必ず編成されているのも、世界中の軍楽隊やスクールバンドで、安定した華やかな音色が好意的に受け入れられてきたからではないでしょうか。

サックス氏がサクソフォンの活躍場所として狙いを定めていたもう一つの場所、それはオーケストラ。
初めてオーケストラにサクソフォンが取り入れられたのは、ジャン=ジョルジュ・カストネル(1810~1867)作曲のオペラ「最後のユダ王」(1844)です。しかしこのオペラは初演のあと、一度も演奏されることはありませんでした。これ以降もサクソフォンを取り入れたオーケストラ作品は作曲されますが、ビゼー「アルルの女」(1872)を除き、今日でも演奏される18世紀のオーケストラ作品はほとんど残っていません。

19世紀にもラヴェル「ボレロ」(1928)や、ラフマニノフ「交響的舞曲」(1941)など、サクソフォンのソロが書かれている楽曲は存在しますが、依然として出番は少ないままです。
かくしてサクソフォンはオーケストラにはない楽器として認識され始め、他の管楽器とは一歩距離を置いた独自の路線を歩むこととなります。

近代の作曲家とサクソフォン奏者

特許を取得しひとつの楽器として認められた1846年以降、サクソフォンはレパートリー不足を叫ばれ続けてきました。サクソフォンにはロマン派の作品がほとんどなく、19世紀に入りようやく重要なレパートリーが生まれます。その陰には2人の奏者の存在がありました。
フランスのマルセル・ミュール(1901~2001)と、ドイツで生まれ、アメリカで活動したシーグルト・ラッシャー(1907~2001)です。彼らはそれぞれ相反する音のコンセプトを持っていたため、半ば敵対していたとも言われます。

両者とも当時の実力ある作曲家たちに曲を委嘱し、数々の作品の初演を行いました。
ラッシャー氏の委嘱作品で有名なものは、ロシアの作曲家アレクサンドル・グラズノフ(1865~1936)による、「アルトサクソフォーンと弦楽合奏のための協奏曲」(1934)です。これはサクソフォンにとって貴重なロマン派のレパートリーの1つとされています。

しかしミュール氏やラッシャー氏と同時代の作曲家は、サクソフォンのための曲を書くことに対して消極的でした。第二次世界大戦以前に作曲されたサクソフォンのための作品は、ごくわずかなものです。

作曲家とサクソフォンの関係に転機が訪れたのは1970年。
サクソフォンの現代奏法に新しい可能性を見出していたフランスのサクソフォン奏者ジャン=マリー・ロンデックス(1932~)と、木管楽器の現代奏法に興味を持っていたエジソン・デニゾフ(1929~1996)が出会い、デニゾフ「ソナタ」(1970)が作曲されました。

このソナタはサクソフォンの様々な現代奏法を取り入れた初の作品です。これにより現代奏法は作曲家たちから注目を集め、数々の現代作品が誕生しました。サクソフォンの新たな可能性が切り開かれた転機であるといえるでしょう。

現代作品とサクソフォン奏者

現在は幅広い性格を持つ現代曲がレパートリーとして取り揃えられるようになりました。今日も世界中のサクソフォン奏者が作曲家に委嘱を行い、レパートリーは増え続けています。

クリスチャン・ロバ(1952~)もロンデック氏から影響を受け、サクソフォンのための作品を数多く手がけた作曲家です。彼の作品は現代奏法をふんだんに盛り込んだ、技術的に難易度の高い曲が多いです。なかでもとりわけ有名な曲は「9つの練習曲」(1994)で、練習曲といえど聴きごたえのある曲ばかりです。

吉松隆(1953~)による「ファジーバードソナタ」(1991)は、ロックをルーツとして持つ吉松氏らしい、明快かつ奥深い作品です。日本を代表するサクソフォン奏者である須川展也(1961~)の委嘱により作曲され、今ではサクソフォンの代表的な曲の1つとして多くのサクソフォン奏者に演奏されています。
ファジーバードソナタのように、ジャンルをクロスオーバーする曲が多いことも、サクソフォンのレパートリーの特徴です。

名作・名手はコンクールからも生まれる

演奏家から作曲家に委嘱するほか、コンクールから作曲家に委嘱することもあります。サクソフォンの国際コンクールでは積極的に課題曲が委嘱され、多くの若い演奏家が新しい作品とともにコンクールに挑みます。アドルフ・サックス国際コンクールでは開催されるたびに新曲が委嘱されており、サクソフォンのレパートリー発展に貢献しています。
もちろんコンクールの本来の意義は優れた奏者を発掘することであり、サクソフォン奏者全体のレベル向上も狙いです。

日本は現在、サクソフォンが盛んな国です。国内の管楽器コンクールでは、サクソフォンの参加者人数が膨れ上がっている場面をたびたび目にします。
また、世界的にも日本人奏者の活躍が目立ちます。2019年に開催された第7回アドルフ・サックス国際コンクールでは、1位2位を日本人奏者が占めるという初の快挙が達成されました。
クラシカルサクソフォンはこれから、いい作品・いい奏者が生まれてくる見込みのある土壌です。
是非、生の演奏に触れてみてください。クラシカルサクソフォンのこれからを見届けるのは、あなたかもしれません。

ライター:オーノサエ