普段クラシック音楽を聴かない人でも、「名前くらいは聞いたことがある」という有名バイオリニストは、今や齢五十を超えていることがほとんど。
本記事ではこれからの時代を牽引する、「海外の若手女性バイオリニスト」にフォーカスしてご紹介します。
目次
ジャニーヌ・ヤンセン Janine Jansen
ジャニーヌ・ヤンセンはオランダ出身。1978年1月生まれ。
家族は皆音楽家で、父親はドム教会(聖マルティン大聖堂)のオルガン奏者であり、オルガン以外にも、ピアノ、チェンバロ奏者でもあります。母親はクラシック音楽の歌手、2人の兄のうち、1人はチェンバロとオルガンのプロ奏者、もう1人はチェリスト。
そのような音楽環境に生まれたジャニーヌ・ヤンセンも6歳からヴァイオリンを始めました。
2001年には、23歳の若さでスコットランドのナショナル・ユース・オーケストラにソリストとして参加したのを皮切りに、ソリストとして活躍しています。特に2006年のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との共演の際には、2万5千人もの観客を動員し、コンサートが終わると、スタンディングオベーションが響き渡りました。
ジャニーヌ・ヤンセンの演奏はフレーズとフレーズの繋がりに文脈を感じさせてくれます。それはまるでヴァイオリンの演奏によって何かを語りかけようとしているようです。そのため、どんなに長い曲でも飽きずに聴くことができます。
これまでに、2003年のオランダ音楽賞、2009年の英国ロイヤル・フィルハーモニー協会器楽奏者賞をはじめ、エディソン・クラシック賞やエコー賞は数回、ドイツレコード批評家賞を受賞しています。
ヒラリー・ハーン Hilary Hahn
ヒラリー・ハーンは、アメリカ合衆国バージニア州レキシントン出身で、1979年11月生まれ。
3歳11ヶ月でスズキメソードにてバイオリンを始め、フィラデルフィアのカーティス音楽院を卒業したときにはまだ16歳という若さでした。
12歳の時から、学業を続けながらもオーケストラのソリスタとして活躍。共演したオーケストラは、ボルティモア交響楽団、ピッツバーグ交響楽団、フィラデルフィア管弦楽団、クリーヴランド管弦楽団、ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団など多様です。
10代後半ですでにアルバムを発表しています。ヒラリー・ハーンの弾くバッハのパルティータは、ディアパゾン・ドール賞を受賞し、多くの人を虜にしました。
デルフィアのカーティス音楽院卒業後も学業を続け、ボールステイト大学とミドルベリー大学で博士号を取得しています。また常に新しい試みを模索しており、2011年の録音「シルフラ」は、音楽の可能性を探求する一枚。特に5曲目のKrakowは、地面の底から湧き上がるの叫び声のような音を効果的に使った特別な作品です。
また、ヒラリー・ハーンは次々と新しいアルバムを発表しており、これまでにグラミー賞を合計4回(1999、2002、2008、2014年)受賞しています。
アン・マリー・カルフーン Ann Marie Calhoun
アン・マリー・カルフーンは、アメリカ合衆国バージニア州出身で、1979年生まれ。
ブルーグラス、ロック、映画音楽など様々なジャンルの音楽を手がけるヴァイオリニストですが、3歳の頃からクラシックのヴァイオリン教育を受けています。
また、レッドスキンズの試合をテレビでみていた4歳のアンは、バンドがHail to the Redskinsを演奏した際、すぐにその曲をバイオリンで再現し、それを見た父親は彼女の才能を確信したと言っています。
高校時代は、ワシントン・ナショナル交響楽団で、ヴァイオリニストであるウィリアム・ハロトゥニアンに個人レッスンを受けていましたが、音楽を続けたい気持ちがあった一方で、生物学にも興味を持ち、大学では音楽と生物学を専攻します。
卒業後は、進学準備校のウッドベリー・フォレスト・スクールで科学の教鞭を取るかたわら、ブルーグラス・フュージョン・アンサンブル、オールド・スクール・フレイト・トレインのメンバーとして演奏を続けました。
純粋なクラシック音楽のヴァイオリニストではありませんが、高い技術を持ち、ヴァイオリンの可能性を切り開く稀代の存在として、是非聴いていただきたいヴァイオリニストの一人です。
サラ・チャン Sarah Chang
サラ・チャンは1980年12月にアメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィアで生まれた韓国系アメリカ人。
父親はヴァイオリニスト、母親は作曲家という家庭で育ち、幼いときから音楽の手ほどきを母親から受けていたといいます。
1986年、サラ・チャンは5歳という年齢で、なんとジュリアード音楽院に合格します。そのとき弾いた曲はブルッフのヴァイオリン協奏曲ト短調第一番。そして、6歳になり、ヴァイオリニストのアイザック・スターンに師事します。
1991年、10歳になったチャンは、ファーストアルバム「Debut」を発表。このデビューアルバムはビルボードのクラシック音楽部門でヒットチャートに入り、神童として注目され始めます。まだフルサイズのバイオリンではない時期の音とは思えない演奏です。
2006年にはニューズウィーク誌で「米国で業績をあげた女性トップ8」に選ばれ、そのほかにも、1992年にエヴェリー・フィッシャー・キャリアグラントを、1999年にエヴェリー・フィッシャー賞を獲得。
コンサートを数多くこなし、カーネギーホールでのリサイタル、ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団との共演、ハリウッドボウルでのコンサートなど、多いときは年間150回ものコンサートに出演しています。
回数を重ねても各コンサートでは揺らぎのない音を奏で、パフォーマンス性もばっちり。特にピアソラのアルゼンチンタンゴなど、聴衆を踊りの中に引き込んでしまう強さが感じられます。
ルチア・ミカレリィ Lucia Micarelli
ルチア・ミカレリィは、1983年7月生まれのアメリカ合衆国ニューヨークのクィーンズ区出身。
3歳でヴァイオリンを始め、6歳で既にオーケストラと共演するなど、早熟のヴァイオリニストです。ジュリアード音楽院とマンハッタン音楽院で学び、オタワ国立芸術センター管弦楽団の音楽監督であるピンカス・ズーカーマンにも師事しました。
トランス・シベリア・オーケストラ(TSO)のコンサートマスターとしてのツアーや、ジョシュ・グローバンのコンサートツアーにゲストとして参加し、コンサートマスターを務めるなど、様々なオーケストラの主要メンバーに抜擢されています。
また、活躍のフィールドはクラシックだけではなく、スコットランド出身のミュージシャン、イアン・アンダーソンとも共演を果たしています。イアン・アンダーソンのウィーン公演ではウィーン放送管弦楽団とともに、演奏をしました。
またクイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」、デヴィッド・ボウイの「レディ・グリニング・ソウル」などのポップミュージックをアレンジしたアルバム「Music from a Farther Room 」を発表。確かな技術による演奏は、ストラビンスキーを彷彿とさせるアレンジとして、クラシックファンも聴き入るアルバムです。
ロック系の音楽をクラシック楽器で演奏する奏者は増えていますが、コンサートマスターをするほどの技術を持つ奏者のロックは一味違い、最初の一音で聴衆を圧倒してしまいます。女優としても活躍する美貌も相まって、コンサートを楽しみにするファンがとても多いです。
ユリア・フィッシャー Julia Fisher
ユリア・フィッシャーは1983年生まれの世界的なヴァイオリニスト。
ヴァイオリンだけではなく、ピアニストとしてもコンサートを開くほどのピアノ演奏技術を持つマルチプレイヤー。母親はスロバキア出身の音楽家、父親はドイツ人の数学者で3歳の時から母親にピアノのレッスンを受けていましたが、4歳になるとスズキメソードでバイオリンを習い始めます。
9歳でアウクスブルクのレオポルト・モーツァルト音楽院に入学し、リディア・ドゥブロウスカヤ教授に薫陶を受け、ミュンヘン音楽院でアンネ・チュマチェンコ教授に師事しました。12歳の時にイギリスの北部フォークストンで開催されたユーディ・メニューイン国際コンクールで優勝し注目を浴びます。
その時のことを音楽ジャーナリストのエドワード・グリーンフィールドは「ユリアは、ジュニア部門で受賞したが、シニア部門の受賞者と比べても輝いていた」と語っています。
受賞がきっかけで、ヘルベルト・ブロムシュテット、リッカルド・ムーティ、エサ=ペッカ・サロネン、ユーリ・テミルカーノフ、といった著名な指揮者との共演を重ねてゆき、その後もドイツ連邦共和国功労勲章、グラモフォン賞、ドイツ文化賞、「メクレンブルク・西ポメラニア音楽祭」ソリスト賞受賞など数多くの賞を受賞。
ソリストとしての活躍だけではなく、カルテットグループや有名ヴァイオリニストとのデュオのコンサートや録音、ピアニストとしてのコンサート活動など活動の場は幅広く、また、若い才能を育てることにも熱心です。
アリーナ・ポゴストキーナ Alina Pogostkina
アリーナ・ポゴストキーナは、1983年生まれの旧ソ連のレニングラード出身。
父親がヴァイオリン教師、母親がオーケストラのヴァイオリニストという恵まれた環境で、4歳から父親にヴァイオリンの手ほどきを受けます。
1991年12月にソ連が崩壊し、父親の給料が支払われなくなったことを機に、家族でドイツのハイデルベルクへ移住しました。アリーナが小学校の高学年になると、父親にコンクールへの参加を勧められましたが、彼女はコンクールに対して消極的でしたが、2005年にはシベリウス国際ヴァイオリン・コンクールで優勝しています。
現在、アリーナはベルリンのハンス・アイスラー音楽大学、ザルツブルク・モーツァルテウム大学でバロック音楽の研究をする一方で、ヴァイオリンのソリストとして世界中で演奏しています。共演したオーケストラは、ロシア国立管弦楽団、ベルギー国立管弦楽団、オランダ・フィルハーモニー管弦楽団、BBCスコットランド国立管弦楽団など多数。
コンクール参加に消極的なアリーナは、また録音にもあまり積極的ではありません。おそらく、観客に聴かせるコンサートこそがもっとも大切だと考えているのでしょう。オーケストラとの共演以外にも、チケットの購入しやすい室内楽のコンサートも頻繁に行っています。
ドイツで育ったとはいえ、旧ソ連で音楽教育を受けた父親に手ほどきを受けただけあり、ロシア式の集中力を感じさせる確かな奏法が特徴です。
また音楽療法などにも積極的で「Mindful Music Retreat」と題された3日間のワークショップをドイツで開催しています。
シモーネ・ラムスマ Simone Lamsma
シモーネ・ラムスマは1985年生まれのオランダ、レーワルデン出身。
5歳の時にヴァイオリンを始め、9歳からオランダで最も有名なバイオリン教師、ダヴィナ・ヴァン・ヴェリーに師事。その後わずか11歳でイギリス南東部にあるユーディ・メニューイン音楽学校に留学します。
2003年には奨学金を受けてロンドンの王立音楽院で学び、19歳で卒業したときにはアリス王女賞、ルイーズ・チャイルド賞、ロート賞を受賞しました。就学中にも奏者としての経験を積んでおり、14歳のときに湯浅卓雄氏の指揮する北オランダ管弦楽団で、ソロデビューを果たします。以降、アンドルー・デイヴィス卿やヤープ・ヴァン・ズヴェーデンなど一流の指揮者と共演を続けています。
シモーネ・ラムスマのレパートリーは、バロックから現代音楽まで幅広く、またどの曲もシモーネらしさを雄弁な音で表現します。特にイザイやヤナーチェクなどの演奏は、民族的な音楽を確実な音で淡々と演奏しており、作品が持つ力を存分に引き出しているようで心を打ちます。
ルザンダ・パンフィリ Rusanda Panfili
ルザンダ・パンフィリは、モルドバの首都キシナウ出身の1988年生まれ。
ヴァイオリンを始め、さらにテクニックを磨くために、10歳になる前にルーマニアの首都ブカレストにあるジョルジェ・エネスク音楽院に入学しました。
音楽学校の名前は、ルーマニアのヴァイオリニストとして有名なジョルジェ・エネスクから取っています。
ルーマニアのヴァイオリンといえばジプシー奏法が主流で、高度な技術を持ついっぽう、ヴィブラートを駆け過ぎるといわれていました。その時代にジョルジェ・エネスクはヴィブラートを抑えながらも上品なテクニックでヨーロッパのクラシックファンを魅了しました。
その伝統をルザンダ・パンフィリも同様に持ち、披露します。10歳になるとイタリアの国際大会で優勝することでヘルベルト・フォン・カラヤン奨学金やヤマハ・インターナショナル奨学金など数々の奨学金を得て勉学を続けます。11歳になるとウィーンのコンセルバトリーに最年少の生徒として入学しました。
エルサレム交響楽団、メキシコ国立交響楽団、ルーマニア交響楽団などのオーケストラにソリストとして共演を重ね、アレクセイ・イグデスマン、ヴァディム・レーピン、などの有名なヴァイオリニストとも共演しています。
ヴァイオリンの他に、ヴィオラも弾き、作編曲等の音楽活動はもちろんのこと、ダンサーであり女優、歌手としても活躍している多才なルザンダ・パンフィリ。Youtubeには彼女が女優であることがわかる素敵な動画が複数あります。
ルザンダ・パンフリは新しい技法を身に付けることにも積極的です。それはまたルーマニアの伝統といえるのかもしれません。
アナスタシヤ・ペトリシャク Anastasiya Petryshak
アナスタシヤ・ペトリシャクは、1994年生まれのウクライナ出身。
アナスタシヤは5歳の時にピアノを始めましたが、翌年からバイオリンを習い始めます。
周囲から才能を認められ、10歳でイタリアへ留学。15歳でクレモナにある ヴォルター・シュタウファー(Walter Stauffer)インターナショナル音楽学校でヴァイオリン上級コースを修了後、イタリア・シエナにあるアカデミア・ムジカレ・キジャーナでサルヴァトーレ・アカルドに師事します。
17歳でアッリーゴ・ボーイトコンセルバトリーの名誉称号を授与され卒業し、その後、クレモナのモンテ・ベルディ音楽院にて、ラウラ・ゴルナに師事し、ここでも優秀な成績を修めました。
その後も、ボリス・ベルキン、シュロモ・ミンツ、ザハール・ブロンなど世界的なヴァイオリニストのレッスンを受け、チューリッヒの芸術大学でルドルフ・コエルマンに師事。
アナスタシヤはその美しさのために、美貌にばかり注目されますが、美しいだけではなく社会問題にも関心が高く、チャリティー活動にも熱心な音楽家です。ハイチ地震があった後のチャリティーイベントや、国際ホロコースト記念日のためにコンサートを主催するなど献身的な慈善活動を行っています。
まとめ
これからの活躍が期待される海外の女性ヴァイオリニスト10人を紹介しました。
本記事ではランキング形式ではなく、あえて10選という形で紹介しました。あなたのお気に入りのヴァイオリニスト探しの一助になれば幸いです。