ピアノのような独奏楽器とオーケストラによって演奏される楽曲は「協奏曲(コンチェルト)」と呼ばれます。圧巻の技術と情熱から生まれる、両者の極上の音色には、ただただ驚嘆させられるばかり。まさにクラシック音楽の華と言えます。

本記事では、そんな素晴らしいピアノ協奏曲の名曲を紹介します。それぞれの作品に作曲者の個性がしっかりと表れていますので、ぜひお楽しみください。

案内人

  • 木内小夜子国立音楽大学卒業。4歳よりクラシックピアノを始め、玉澤敬子、青柳いづみこ、黒川浩、故・松下隆二、木村真紀の各氏に師事する。地元静岡にて同大学静岡県東部同調会主催のコンサートや沼津市芸術祭など、都内及び国内各地での演奏会や、西安、クアラルンプールの海外での演奏会にも出演。

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ラフマニノフ|ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18

Rachmaninov Piano Concerto No 2, Evgeny Kissin HD

ロシアの作曲家セルゲイ・ラフマニノフが、1900年から1901年にかけて完成させた、彼の代表作です。ロシアのロマン派音楽として、そしてピアノ協奏曲としても傑作です。

初演はラフマニノフ自らがソリストとなり、大成功を収めました。この作品で彼は音楽家としての名声を、今日に至るまで確立しています。

重厚でドラマチックで力強い第一楽章、甘美で切なく繊細な第二楽章、躍動的で華麗で壮大な第三楽章。大きな手と非常に高い演奏技術を持ち合わせた、ラフマニノフらしい作品です。

特に第一楽章は、映画やドラマなどでたびたび挿入されています。フィギュアスケートでも、浅田真央さんや髙橋大輔さんが競技に使用しました。

ベートーヴェン|ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 作品73《皇帝》

Alina Bercu performs Beethoven’s Piano Concerto No. 5 in E flat major op. 73 (full)

ドイツ生まれの作曲家ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが、1808年から1809年の「傑作の森」と評される時期に作った曲です。

彼の難聴が進行していたため、初演のソリストは他のピアニストに委ねられています。ただ、初演は不評で、その影響もあってか、これが彼の最後のピアノ協奏曲となりました。しかし後年、リストが好んで演奏したといった経緯により、この作品は名曲としての名声を高めていきました。

また「皇帝」という通称は、この時代の作曲家で楽譜印刷事業も手がけていたヨハン・バプティスト・クラーマーが付けたとされています。

第一楽章の序奏、オーケストラの力強い主旋律とピアノのカデンツァ風の華々しいパッセージはなんとも印象的。その後は風格ある主題へと発展し、エネルギッシュに展開していきます。

第二楽章は優しく柔らかく、ぬくもりのある緩徐楽章で、そこから切れ目なく第三楽章へ入り、前楽章の最後で暗示された主題が躍動的に力強く用いられて発展していきます。そして、ロンド・ソナタ形式で、晴れやかなエネルギーに満ちたままフィナーレを迎えます。

チャイコフスキー|ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 作品23

Tchaikovsky: Piano Concerto No. 1, Op. 23 – Anna Fedorova – Live Concert HD

ロシアの作曲家ピョートル・チャイコフスキーが、1875年に作った曲です。

雄大で壮麗な序奏にはじまり、華やかで力強い第1楽章へと展開。叙情的で軽快さを持つ第二楽章、中間部はフランスの古いシャンソンを元にしたといわれています。続く第三楽章は躍動感と生命力に溢れ、そのまま圧倒的なスケールで豪華絢爛なフィナーレを迎えます。

本曲が世界に広まったきっかけは、ソ連で開かれた第1回チャイコフスキー国際コンクールでした。このコンクールで優勝したのは、当時対立していたアメリカの音楽家ヴァン・クライバーン。冷戦中という背景から大きな話題となりました。

これを機に、アメリカ国内で本曲の人気と演奏頻度が急増し、世界へも広がっていきました。

ショパン|ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11

KYOHEI SORITA – final round (18th Chopin Competition, Warsaw)

フレデリック・ショパンが1830年に完成させたこの作品には、故郷ワルシャワへの告別と、飛翔の意味が込められているといわれています。

協奏曲風ソナタ形式の第一楽章は、重厚で壮大なオーケストラの序奏で始まり、ピアノがなかなか登場しません。しかし、いざピアノが力強く入ると、その後は華々しいパッセージや甘くも悲しい抒情的なメロディーが続きます。

第二楽章のテンポはアダージョ(遅め)で、このことについてショパンは「効果を狙ってのものではなく、むしろロマンツェ風の、静かで、憂いがちな、それでいて懐かしい、さまざまな思い出を呼び起こすようなある場所を、心を込めて、じっと見つめているようなイメージをあたえようとしたものなのだ。美しい春の夜の、月光を浴びながら瞑想する、そのようなものでもある」と記しています。

第三楽章では、ポーランドの民族舞踊クラコヴィアクを基にした華やかなロンドが登場し、ピアノとオーケストラが掛け合いながら、堂々たるクライマックスへ。縦横無尽に踊り、繊細かつ軽快にキラキラ輝く旋律は美しく、希望や生命力が感じられます。

ラヴェル|ピアノ協奏曲 ト長調

Jean-Yves Thibaudet – Ravel – Piano Concerto in G major

モーリス・ラヴェルが、最晩年の1931年に完成させた作品です。ラヴェルの母の出身地であるバスク地方の民謡やスペイン音楽、ジャズのイディオムといった多彩な要素が盛り込まれており、綿密に練り上げられた繊細な職人ぶりが窺えます。

強いインパクトで曲がはじまり、さまざまな楽器の音色が続けざまに響き、リズミカルでユーモラスな第一楽章へ展開。続く第二楽章は叙情的なアダージョ、擬古的で簡素ながらも精緻で感傷的な美しさが際立ちます。第三楽章は生き生きとしたプレスト(急速)で、特徴的なリズムと各楽器の活躍により華やかな印象です。

「管弦楽の魔術師」といわれたラヴェルらしい、巧みなオーケストレーションが味わえる協奏曲です。

シューマン|ピアノ協奏曲 イ短調 作品54

Schumann Piano Concerto, in A minor, OP. 54 Martha Argerich & Riccardo Chailly

ロベルト・シューマンが1845年に唯一完成させたピアノ協奏曲は、1846年元旦に、妻クララの独奏で初演されました。

第一楽章は、ドラマチックな冒頭が特徴的でよく知られ、メランコリックな主題へ繋がっていきます。第二楽章は「間奏曲」という題が付けられており、それに相応しい短くて可愛らしい主題が特徴的。アタッカで移る第三楽章は、イ長調で華々しく展開され、クライマックスはトッカータ風のピアノと打楽器が盛り上げます。

グリーグ|ピアノ協奏曲 イ短調

Edvard Grieg / Piano Concerto in Aminor, op.16 / Julia Fischer

ノルウェーの作曲家エドヴァルド・グリーグが1868年に完成させた、唯一のピアノ協奏曲。当時、彼は25歳とまだ若く、その後40年間に300回以上の改定を行っており、現在演奏されるのは最晩年である1906年から1907年に改定され、1917年に出版されたものとなります。

ティンパニーに導かれて登場するピアノの冒頭は、悲劇をイメージさせる流れ落ちるようなフレーズで、いろいろなシーンでBGMとしてよく耳にします。これはフィヨルドの注ぐ滝の流れの表現なのだとか。静かで澄んだ空気も、ダイナミックで力強い技巧も味わうことができる第一楽章となっています。

この後、柔らかさの中にも芯の強さが感じられる第二楽章、軽快で堂々とした第三楽章へ展開。ノルウェーの自然を愛したグリーグらしい名曲です。

ブラームス|ピアノ協奏曲 第2番 変ロ長調 作品83

Yuja Wang: Brahms Piano Concerto No. 2 in B-flat major Op. 83

1878年から1881年にかけて作られた本曲は、ヨハネス・ブラームスの全盛期における代表作の一つで、最も難しいピアノ曲の一つでもあります。初演ではブラームス自身がソリストとなりました。

一般的に、古典派・ロマン派以降の協奏曲は3楽章から構成されるものがほとんどですが、この作品は交響曲のようにスケルツォ楽章を含んだ4楽章となっています。

第一楽章は長大でシンフォニック。厚みがあり、ピアノとオーケストラの掛け合いが巧みに発展を続けます。第二楽章は大きなスケールのスケルツォ、第三楽章はしみじみとゆったりとした緩徐楽章。第四楽章はロンド、変ロ長調でやや軽快な明るい雰囲気を持ちますが、ブラームスらしい重厚感も健在で、華々しくどっしりとフィナーレへ向かいます。

モーツァルト|ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 K.466

Yulia Miloslavskaya: Mozart – Piano Concerto No. 20 in d-minor K 466

モーツァルトが初めて手掛けた、短調の協奏曲です。

本曲の作曲時期である1784年から1786年というのは、彼の音楽家としての円熟味が増し、演奏や発表をする機会にも恵まれた順風満帆といえる最中でした。

この作品では、それまでの彼の協奏曲とはうってかわって、激しさや厳しさ、暗く不安げな感情、劇的な展開などを躊躇なく表出させています。華やかさが求められた当時の協奏曲の中で強い個性を持った一曲です。

カデンツァ(即興)が登場する第1楽章、モーツァルトを主人公にした映画「アマデウス」のエンディングでも使用された美しい旋律が有名な第2楽章、ト短調の激しさが曲を引き締める中間部…と曲は進みます。第三楽章では戯れるように曲が進み、モーツァルトらしい軽やかさと激しさが混在するニ長調で幕を閉じます。

モーツァルト|ピアノ協奏曲第23番

Mozart -Piano Concerto No 23 A major K 488, Maurizio Pollini, Karl Bohm

モーツァルトが1786年に完成させた作品です。当時まだ新しい楽器であったクラリネットが取り入れられ、トランペットとティンパニは不在で、木管を中心とした室内楽的な響きの協奏曲。

第一楽章は型通りの古典派の協奏ソナタ形式で、軽やかで明るい印象です。また、即興的な意味合いの強いカデンツァを、モーツァルト自身が詳細に書き記しています。

第二楽章は平行調の嬰へ短調のアダージョ。モーツァルト作品としては珍しい調性とテンポです。そして快活で華やかな第三楽章。モーツァルトらしい個性がしっかり生きた名曲です。

ここからの案内人

  • 古川友理名古屋芸術大学卒業。
    4歳よりピアノを始め、伊藤京子、深谷直仁、奥村真の各氏に師事。
    地元愛知県三河地方を中心に器楽、声楽、合唱伴奏者として活動する傍ら、島村楽器音楽教室等でピアノ講師として勤める。

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ブラームス|ピアノ協奏曲 第1番 ニ短調 作品15

Brahms: 1.Klavierkonzert・hr-Sinfonieorchester・Lise de la Salle・Andrés Orozco-Estrada

ブラームスが初めてコンチェルトを完成させたのは、1859年、24歳の時。それが本曲『ピアノ協奏曲第1番』です。そして2年後の1月に、彼の良き理解者であったヨーゼフ・ヨアヒムの指揮のもと、ブラームス自らのピアノ独奏によって初演されました。

ぶ厚いオーケストラの音へ挑むかのような力強いメロディーが印象的な第1楽章、ピアノとオーケストラが溶けあうしっとりとした第2楽章、激しいピアノから始まり勢いよく最後まで駆け抜ける第3楽章から成り、ブラームスらしい重厚感と深みを感じられます。

モーツァルトらブラームス以前の作曲家によるコンツェルトは、ピアニストの技巧を魅せる構成が主流でした。そのため、オーケストラとピアノが対等な関係で競演するブラームスのコンチェルトは当初あまり受け入れられず、多くの野次が飛んだといいます。

しかし本曲を聴くと、オーケストラに引けを取らない迫力と音色の多彩さを感じられ、あらためてピアノに魅了されるきっかけとなるでしょう。ピアノのかっこいい一面にどっぷりはまりたい方におすすめしたいピアノコンチェルトの名曲です。

ラヴェル|左手のためのピアノ協奏曲

Maurice Ravel: Piano concerto for the left hand

『左手のためのピアノ協奏曲』は、ラヴェルが1930年に完成させた自身初のピアノコンチェルト作品です。

本曲は楽章の区切りがない3部構成。輪郭のない不穏な空気から、パッと目の前に視界が開けた中から突き抜けるような始まりが印象的です。また、第2部にはジャズ要素が組み込まれるなど、ラヴェルが当時影響を受けた音楽やリズムを感じることができます。

さて、この曲は第一次世界大戦で右手を失ったピアニスト、パウル・ウィトゲンシュタインの依頼を受けて作られ、1931年に初演されました。

左手だけで演奏されているとは思えない、鍵盤を駆け回るピアノパートは超絶技巧を要し、依頼主であるウィトゲンシュタインは楽譜通りの演奏ができなかったそうです。勝手なアレンジが加えられた初演では、ラヴェルからウィトゲンシュタインへの「技巧にこだわり過ぎて音楽性に欠ける」との非難によって、2人の関係性を崩す残念な結果になりました。

現代でもさまざまなピアニストに演奏されていますが、パワフルな演奏で人気の中国のピアニスト、ラン・ランがこの曲の練習で手を故障するなど、超絶技巧を得意とするピアニストにとっても挑戦に勇気のいる難曲です。

リスト|ピアノ協奏曲 第1番

Martha Argerich(2019)ーLiszt: Piano Concerto No.1

超絶技巧を要する煌びやかなピアノ作品を多く残したリスト。この『ピアノ協奏曲第1番』も、ピアノの華やかさを堪能できるとあって多くのピアニスト、クラシックマニアから愛されています。

本曲は1830年頃から作曲され、1849年に完成。しかしすぐに発表されることなく1853年に改訂、さらに初演後の1856年に手が加えられるなど、推敲に推敲を重ねて完成に至りました。

構成としては、力強くスケールの大きいオーケストラの後、華やかで堂々としたピアノがカデンツァのように現れる第1楽章から始まる4楽章形式となっています。楽章間の区切りなく演奏され、次々と押し寄せる高度なテクニックがちりばめられたピアノパートと、ロマンチックさと壮大さを感じるオーケストレーションに息つく暇もなくクライマックスを迎えます。

ちなみに、リストは生涯で2曲のピアノ協奏曲を発表しており、この第1番が最初の作品とされていますが、実はこれ以前に2曲作っていたと言われています。しかし、楽譜が紛失しており、現在その演奏を聴くことはできません。

第1番から察するに、きっと素晴らしい名曲であったのでしょう。失われた2つの作品にも大変興味が湧きますね。

ラフマニノフ|ピアノ協奏曲 第3番 ニ短調 作品30


ドラマ「のだめカンタービレ」で一躍有名となった第2番と並び、ラフマニノフのピアノ協奏曲における最高傑作と評される作品です。ピアニストに課せられる技術的・音楽的要求の高さでも有名で、多くのピアニストたちによる名演が残されています。

本曲は1909年夏に、秋に行われる予定であった自身のアメリカ演奏旅行のために作曲され、11月アメリカにて初演が行われました。3楽章形式のラフマニノフらしい重厚感のある作品で、とんでもない幅で行き交う和音の連続がある第1楽章のカデンツァは圧巻の迫力。
このカデンツァは、ラフマニノフ自身によって穏やかなものと重厚なものの2種類が用意され、初演後に数々のピアニストによって演奏される中、当初その難易度の高さから後者を選ぶ者は少なかったそうです。

身長2m以上、左手で12度の音程を押さえることができた神の手・ラフマニノフだからこそ弾きこなせる、高度な技術と強靭な気力を要する一曲です。

ベートーヴェン|ピアノ協奏曲 第4番 ト長調 作品58


ベートーヴェンのピアノ協奏曲といえば、三大ピアノ協奏曲の一つにも数えられる第5番、通称「皇帝」が最も有名ですが、この第4番も隠れた名曲としてクラシックマニアから愛されています。

1805年から1806年にかけて作られたこの曲。誰もが知っているベートーヴェンの代表作である交響曲第5番「運命」と第6番「田園」の初演と同じ舞台で行われました。

「このように運命は扉を叩く」とベートーヴェンが語ったことで有名な「運命の動機」と同じく、同音の連打から静かに動き始める第1楽章が印象的です。このピアノ独奏から始まる形式は、ダイナミックなオーケストラからピアノ独奏へと引き継がれるのが主流であった当時のコンチェルトの流れからして非常に斬新で、聴衆に驚きと感動を与えました。

オーケストラとの融合の中で、あまり音量を出せなかった当時のピアノの効果を最大限引き出すために、ベートーヴェンが行った工夫と知恵が垣間見える作品です。

まとめ

ソロ曲とは一味違ったピアノの魅力を感じられるピアノコンチェルト。本記事で紹介した15曲をはじめ、まだまだ多くの隠れた名曲が存在します。

クラシック好きな方はぜひ、有名どころだけではなくちょっと隠れた名曲たちを聴いていただきたい。あなたのお気に入りが見つかりますように。