演奏家というとプロのオーケストラや吹奏楽団、音楽事務所などに所属している方が多いイメージがありますが、実際にはもっとたくさんのフリーランス(どの団体にも所属していない)演奏家が存在しています。

どこかに所属している演奏家のほうが数が少ないので格上である、と思われることもありますが、そんなことは全くありません。フリーランスにしかない強みや、フリーランスでなければできない仕事があるのです。

今回は、そんなフリーランスの演奏家の知られざる生き方について解説していきます。

案内人

  • 武崎創一郎広島交響楽団バストロンボーン奏者。
    演奏家をつとめる傍ら、メディアへの寄稿やSNS運用も手がけている。
    自身のTwitterとブログではオーケストラ奏者×子育てのセキララを発信中。

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ほとんどの音楽家はフリーランスである

そもそもフリーランスというのはどんなイメージでしょうか?
ウィキペディアには「特定の企業や団体、組織に専従しておらず、業務委託により自らの技能を提供することにより社会的に独立した個人事業主である」とあります。

筆者の場合で言えば、「広島交響楽団」とか「広島交響楽団のバストロンボーン奏者」ではなく「武崎創一郎」に名指しで直接依頼が来るということ。こういった仕事を受けていくのがフリーランスの演奏家なのです。

そもそも、楽団や事務所に所属しようとしても席がほんのわずかしかありません。ほとんどの演奏家はフリーランスとしてどんな仕事をどうやって受けていくのかを考え、強い意志をもって1人で活動していくことになります。

フリーランスにしかできない仕事がある

演奏家の仕事は多岐にわたり、演奏家の数だけ仕事の種類があると言っていいでしょう。
その中でもフリーランスの演奏家にしかできない仕事、フリーだからこそ活躍できる仕事があります。

ほんの一例ですが、代表的なものを挙げていきます。
多くは長い期間をかけてリハーサルや公演が行われるものや、特別な技能を必要とするものです。

バレエ

バレエの伴奏の仕事はリハーサルと公演の期間が長いため、オーケストラはフリーランスの演奏家を中心に構成されていることが多くあります。熊川哲也さん主催のKバレエカンパニーが有名ですね。

バレエといえばチャイコフスキーの『眠れる森の美女』『白鳥の湖』『くるみ割り人形』やプロコフィエフの『シンデレラ』『ロメオとジュリエット』などが人気です。ということはもちろんクラシック音楽、とくにオーケストラを得意とする演奏家が出演することになります。

ですが同じ曲でもメインキャストや演出・振付によって内容はがらりと変わります。くわえて楽譜が挿入されたりカットされることもあるので、しっかりと対応できる経験と知識が求められるのです。

バレエの伴奏オーケストラで活躍するためには、日頃からアンサンブルの訓練をしっかりと積んだうえで、楽曲のスコアを読み込んだりDVDを見漁ったりして研究する習慣が必須となるでしょう。

ミュージカル

ミュージカルの劇伴奏もまた、フリーランスの演奏家にしかできない仕事です。
ほとんどのミュージカルは公演期間が非常に長く計画されています。とくに長いものだと1年ほど断続的に続いたり、同じ演目を毎年決まった時期に数ヶ月行ったりします。

ミュージカルの伴奏オーケストラは少人数であることが多いのですが、これだけの長いスケジュールを事前に押さえておくことは、他に優先すべき仕事があるオーケストラ団員では難しいでしょう。
さらにミュージカルで使われる音楽はポピュラージャンルであることが多いために技巧的で、数種類の楽器の持ち替えを要求されることも少なくありません(サックス&フルート、トロンボーン&テューバなど)。

長期間のスケジュールを空けることができて、渡された楽譜にすぐに対応できる技術を持ち、舞台の進行に合わせて演奏ができる。こんな演奏家はなかなか見つかりません。それができるプレイヤーは主催者や仕事仲間から絶大な信頼を得る、まさにエキスパートと言えます。

音楽教室

音楽教室の先生というと身近なイメージですが、音楽家の仕事としては特殊な技能が必要です。

音楽教室の先生になるには、まず毎週決まった曜日の決まった時間を生徒のために確保しなければなりません。演奏会も教室のレッスンも休日に入ることが多いのですから、やはり優先すべき他の仕事をもっている場合は教室の先生にはなれません。

くわえて先生として活躍するために必要なのが生徒のやる気をくすぐるテクニック。たとえば、生徒の上達を支える観察力や、生徒それぞれにあった教材を探したり作ったりできることなど、特別な技術や知識が必要となります。

そうして技術・知識・経験を磨いた先生のもとには、教室の垣根を越えてたくさんの人がレッスンを受けにくるのです。

これからのフリー奏者がすべきこと

これまでフリーランスの音楽家が安定して仕事を受けられるようになるまでには、長い時間と忍耐が必要とされてきましたが、インターネットやSNSが発達したことで、フリーランスの音楽家の活動も少しずつ変化してきました。

  • YouTubeやInstagramで演奏動画や上達のコツをシェアしたり、ブログに練習メニューを載せたりしてファンを増やし、自分で集客できるようになった
  • クラウドファンディングで資金を集め、プロのレッスンやコンサートをあまり開催されない地域に届けられるようになった
  • SNSで宣伝をすれば自分にゆかりのない土地でコンサートチケットを売ることができるようになった

つまり、行政や大きなスポンサーがいなくても個人で直接お客さんにアプローチできるようになったのです。

音楽家とお客さん・ファンとの距離は確実に近づいていると言えるでしょう。
そんな新しい時代にフリーの演奏者がすべきことをふたつ紹介します。

自分がどんな音楽家なのか見える化する

先述したようにたくさんの発信ツールがある現代では、誰もが簡単に作品や演奏をシェアできます。

まだそこまで普及率は高くありませんが、いずれはほとんどの音楽家の演奏がWeb上で聴けるようになり、Web上に存在しない音楽家は現実にも認知されない時代が必ずやってくるでしょう。

大切なのは発信を長く続けていくことです。

  • 今日の練習のハイライトをTwitterやinstagramでシェアする
  • 毎日の活動をTwitterでつぶやく
  • 日頃練習しているエチュードをYouTubeにアップしていく

こういった手軽なことでも毎日続けていると、応援してくれる人は増えていくものです。

認知されやすいツールやツールごとの正しい使い方はもちろんありますが、まずは一歩ずつ動いていくのが良いでしょう。演奏と同じようにテクニックは後からついてきます。

コンテンツをどんどん作る

インターネットを使ってどんなに自分の認知度が上がったとしても、音楽家の真価はリアルなコンサートやイベントといったコンテンツでこそ問われるものです。これは何百年先の未来でも変わりません。

宣伝と集客がしやすくなった今なら、まだ経験の少ない学生や若いフリーランスでもイベントやコンサートにお客さんを集めることは可能です。
演奏を聴いてくれたお客さんに喜んでもらえることはやはり嬉しいですし、音楽家としての大きな力になるでしょう。

そうやってコンサートがどんどん開催され、音楽ファンが増え、音楽仲間の輪も広がっていく。これはとても素晴らしいことですよね。
そのためにどんどんコンテンツを作っていきましょう!

まとめ

フリーランスの音楽家の生き方について解説しました。
どんなジャンルの仕事も幅ひろくこなすイメージのあるフリーランスの音楽家ですが、ひとりひとりが専門的な技術をもったエキスパートであることがおわかりいただけたと思います。

そして時代の移り変わりによって活動のしかたもどんどん変わっていく、そういった柔軟な考え方や軽やかなフットワークが求められる職業でもあります。

これからも素敵なフリー奏者が増えて、音楽シーンがさらに盛り上がっていくことを願ってやみません。