ロックには「オルタナティヴ・ロック」と呼ばれるジャンルがある。長いので「オルタナ系」とか、単に「オルタナ」と言ったりする。それは1990年代初頭に、ニルヴァーナが大ブレイクした頃に使われ出した言葉だ。
「オルタナティヴ」とは、「もうひとつの選択」という意味だ。
「オルタナティヴ・ロック」に明確な定義があるわけではないが、それまでロックの主流であった、華やかで大金を稼ぐロックスターたちを中心とした産業ロックというメインストリームに対して、インディーズ・レーベルからCDを出してアンダーグラウンドに活動するロック・アーティストたちのことをそう呼んだのだ。
彼らは、草創期のロックンロールが持っていたはずの粗削りで衝動的なサウンド、反骨心や自由な精神を感じさせるロックを演奏した。当時の代表的なオルタナ系アーティストとして、ニルヴァーナ、ソニック・ユース、ダイナソーJr、スマッシング・パンプキンズなどが人気を博した。
遡ると、1967年にアンディ・ウォーホルがプロデュースしたバンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドこそが、オルタナティヴ・ロックの源流だとわたしは考えている。
ちょうどイギリスの大ロックスター、ビートルズがロック史を代表する名盤『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を発表した1967年、ニューヨークのとある地下室では、アンディ・ウォーホル、ルー・リード、ジョン・ケイルという3つの細胞がひとつになって、妖怪人間ベムみたいな怪物が誕生していたのである。それが『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ』という、こちらもロック史に残る、猥雑で実験的で、刺激的で、狂気の闇を孕んだ世にも醜くて美しい名盤を発表したのである。
ロックの地下フロア
ビートルズがロックという巨大なビルを建てたとするなら、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドは、そのビルに地下フロアをオープンさせたようなものだ。
この地下フロアからは後にパンク・ロックなども生まれ、大人たちの商業的な計画に縛られることなく、本来のロックが持っていた荒々しさやカッコ良さを持つ、自由で先鋭的なロックアーティストたちが集った。
そんなアーティストたちをわたしは好んだ。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドをはじめ、パンク・ロック、オルタナ・ロックを好んで聴いていた。そんなわたしだから、クラシックでもやはり「もうひとつの選択」をしてしまったようだ。
オルタナ・クラシックの源流
ではクラシック音楽史におけるヴェルヴェット・アンダーグラウンドのような存在というのはなんなのかと考えると、まあこれは「オルタナ系作曲家」とか「オルタナ系演奏家」とか、いろいろな切り口が考えられるけど、作曲家で言えばたぶん、シェーンベルクあたりが「オルタナ・クラシック」の源流と言えるのかもしれない。
シェーンベルクは、あえて調性の無い無調音楽、そして十二音技法など、先鋭的で実験的ではあるけれど、まったく金にならなさそうな、商業主義完全無視の新しい音楽を追求した。
シェーンベルクの音楽は、まるでストーリーの無い映画のように、なにやらわけのわからない前衛的な音楽というイメージがあって、クラシックファンの中でも敬遠する人も多い。しかしシェーンベルクがやろうとしたことはその200年前にバッハがやったのと同じく、音楽による美の可能性を拡げ、新たなる美を追求しただけである。
シェーンベルクのそのすべての音楽が傑作なわけではないが、わたしはとくにピアノ曲に、他の音楽にはない独特の美しさを感じて、愛してやまない。もう何千回聴いたかわからないけど、なぜか聴きたくなる。そのメロディは無調ゆえに一向に覚えられないけれど、そのぶん、一向に飽きない。毎回新鮮な気分で聴ける。
バルトーク
わたしがバルトークに最初にハマったのも、彼がクラシックの王道ではない特異な作風の作曲家だったからだろう。彼もまたわたしにとって、オルタナ・クラシックの作曲家だった。
バルトークは、ヨーロッパでは辺境であるハンガリーの作曲家で、ハンガリーに古くから伝わる民謡を収集・研究して、自身の作品に生かした。
彼の音楽には深い闇や悲しみがあり、攻撃的であると同時にしかし、鋭い知性とユーモアもあった。
その音楽は唯一無比の響きを持つ、この世の深淵を覗き込むような音楽だった。
6曲の弦楽四重奏曲はそんなバルトークの神髄であるし、『弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽』の幽玄な響きはその後の「現代音楽」に影響を与え、『管弦楽のための協奏曲』は超絶カッコいいオルタナ・クラシックの代表曲だとわたしは思っている。
オルタナ・クラシックから入ってみよう
要するにわたしは、音楽に未知の刺激やより深い面白さを求める若者や、まあ若者じゃなくてもいいけど、音楽好きを自認する者が「さあて、いっちょうクラシック音楽でも聴いてやろうか」と意気込むのであれば、その入り口は『どこかで聴いたクラシック』や『いちばんやさしいクラシック』でなくてもいいし、クラシックはなにも小学校の音楽室に肖像画が飾ってあった、モーツァルトやベートーヴェンやショパンばかりではない、また別の世界があるよ、とお伝えしたかったのだ。
オルタナ・クラシックと言っても単に「クラシック音楽のもうひとつの選択」というぐらいの意味なので明確な定義があるわけではないし、シェーンベルクやバルトークを挙げたのはほんの一例だけれど、クラシックにも自由で刺激的な地下フロアはあり、そこにはちょっと聴きにくいけど異様に美しい音楽や、荒々しい響きや、過激すぎる演奏や、気違いじみたアイデアや、決して学校では教えてくれないもうひとつの選択、楽しいオルタナ・クラシックの広大な世界が広がっているのである。
機会が許せば、さらにオルタナ・クラシックの魅力について書いてみたいと思います。
シェーンベル:3つのピアノ曲 op.11(1909) / 演奏:マウリツィオ・ポリーニ
バルトーク:管弦楽のための協奏曲 Sz.116(1943年)/ 演奏:ゲオルク・ショルティ指揮シカゴ交響楽団
【お薦めCD】
『シェーンベルク:ピアノ作品集』マウリツィオ・ポリーニ(p)
『J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集(全曲)』グレン・グールド(p)
『バルトーク:弦楽四重奏曲全集』アルバン・ベルクSQ
『バルトーク:管弦楽のための協奏曲、弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽』ピエール・ブーレーズ指揮シカゴ交響楽団