激動の半生を映画化した『アンドレア・ボチェッリ_奇跡のテノール』

映画冒頭でモノクロの背景に映し出されるボチェッリの横顔。『神様は乗り越えられる人にしか試練はお与えにならない』と、何かの本で読んだことをふと思い出した。まさにそれに当たる人がボチェッリなのだと『アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール』は作品を通して教えてくれた。

盲目というハンディキャップを乗り越え世界最高峰シンガーに

言葉で表すのは簡単だが実際にはどれほどの苦難、苦悩を伴っただろうか。事実ボチェッリが大成するまでには幾多の困難が待ち構えている。
主人公アモス(ボチェッリ本人が作中で使用する自分のあて名)は先天的な目の障害をもって生まれ、手術を経て一度は回復の兆しをみせるが、12歳の時に顔面にサッカーボールが当たり、それが原因で失明してしまう。

信頼を寄せるアモスの伯父(エンニオ・ファンタスティキーニ)の勧めでオペラ歌手の道を一瞬夢見るが、ちょうど変声期と重なり心が折れてしまう。家族のお荷物になるまいと弁護士を目指すものの、卒業後もバーでの弾き語り演奏を続けるなど夢を捨てきれずにいた。
アモスが師であるマエストロ(アントニオ・バンデラス)と巡り合い、更なる紆余曲折を経てやっと日の目を浴びるようになったのは40歳少し手前だったという。

ボチェッリ本人の歌声に酔いしれる

この映画の見どころ、いや聴きどころは、なんと言っても劇中で披露されるボチェッリ本人の歌声と言えるだろう。代表曲の「誰も寝てはならぬ」を始め、ボチェッリが作曲したバラード曲やズッケロと共演した「ミゼレーレ」も収録されている。
劇中だけでも私たちはボチェッリが歌う様々な曲調のものに触れることができ、しかも映画館にいるのでライブさながらの音量である。
実際に「オー・ソレ・ミオ」では家族と一緒に「ブラボー!!」と手を叩いてアモスを称えたいほど気持ちが高揚するし、椿姫の「乾杯の歌」ではシャンパングラスを片手に高らかに歌いたくなるはずだ。

アモスの人生に影響したものとは

この映画は、神様に与えられたアモスの苦難がテーマではない。実はアモスの生まれ持った「見えない」というハンディは神様からのプレゼントであったと言っても過言ではないのだ。
映画の原題となっている『La Musica del Silenzio』とは文字の如く『沈黙の音楽』であるが、マエストロがアモスに音楽をする上で「沈黙」がいかに大切かを説いている。マエストロが幸い…とあごに手をやりながら、視覚に頼らず感じるということが重要で、なによりも声の為に沈黙せよと教えている。
普段生活をする上で欠くことのできない、見る、話すという行為は実は本物の歌手にとっては取り外さなければならないもので、アモスを長年苦しませてきた「目が見えない」いうハンディが逆にアモス自身を手助けする役割を担っていたのだ。

またアモスは国際的ロックスター「ズッケロ」のツアーを皮切りに、多種多様な音楽スタイル、パフォーマーと積極的にコラボレーションしていく。何度も何度も挫折を繰り返しながらもアモスが成功するまで頑張ってこられたのは、歌と共に彼を支える存在がいつもあったからこそだとも言える。
例えば、アモスに音楽のきっかけを与えたのは入院先の患者が聞いていたクラシックである。アモスの歌声を見出したのは嫌々ながらに入学した寄宿学校の先生であるし、法学校で再会した青年はアモスに再び歌うことを勧める。さらには思うように事が進まず二の足を踏んでいる

アモスにピアノの調律師は遂にマエストロのもとへ、本格的なオペラ歌手への道へのきっかけをくれるのだ。ここでもし、アモスの目が見えていたら将来はまた違ったものになったかもしれない。それは誰にもわからない。しかし「見えない」からこそ突き進む彼のそばにはいつも彼を愛し音楽へと導く存在があったのだ。

『トスカ:星は光りぬ』に込められた想いとは

アモスはテノール歌手になるべくして生まれてきたと言っても過言ではない。それゆえアモスに可能性を感じたマエストロのレッスンは厳しい鍛錬の連続だ。声の出し方、姿勢、起床時間に至るまで事細かにルールを設定されても忠実に守っていく。
アモスももう後には引けない覚悟だからであるが、だからこその『トスカ』「星は光りぬ」はまるで明け方の星にむけて、トスカの恋人カヴァラドッシの心情そのもののようで観る者誰もが震えてしまうだろう。過呼吸を起こしてしまうのではないかと思うほどの声量は胸をも締め付け、アモスの並々ならぬ決意が感じられる。

一見このまま順調にテノール歌手としての人生を歩み始めるのかと思われるが、実はそうはならないのがまた苦しい。仕事が回って来ず周りも心配する中、しかしアモスだけはマエストロの教えを真剣に取り組み続ける。チャンスの神様は前髪しかない、という諺があるが、実力はもとより、周囲からどう思われようと努力をこつこつと続ける者にのみ突然パッと前に現れるらしい。どんよりとした空気の中で突然鳴り響く電話のように。

世界中から愛される盲目のテノール歌手 アンドレア・ボチェッリの軌跡

エンディングではボチェッリのテノール歌手としての歩み始めから現在に至るまでの軌跡がスクリーンに描かれるのであるが、その活躍ぶりはすさまじい。
三大テノール歌手の一人、パヴァロッティの葬儀で歌ったことは有名であるが、ローマ法王やエリザベス女王と謁見していたり、オペラ『蝶々夫人』のピンカートン役はその横顔が実にピンカートンらしい。
映像と一緒に流れるイタリア語版「タイム・セイ・グッバイ」はもともとボチェッリに作られた曲である。しかし、ソプラノ歌手サラ・ブライトマンがボチェッリにデュエットを申し出、一部英語版に翻訳され歌われたものも大変有名となっている。
最近は息子とのデュエットソングが映画に起用されるなど還暦を迎えてもなお留まることを知らない。
『声のために沈黙し、見るのではなく心で感じる』ボチェッリはやはりテノール歌手になるべくしてなった人物なのだ。

アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール

監督:マイケル・ラドフォード(『イル・ポスティーノ』)
原作:アンドレア・ボチェッリ 脚本:アンナ・パヴィニャーノ(『イル・ポスティーノ』)/マイケル・ラドフォード
出演:トビー・セバスチャン(『ゲーム・オブ・スローンズ』シリーズ)/アントニオ・バンデラス(『デスペラード』)
原題:The Music of Silence/©2017 Picomedia SRL./PG12
配給:プレシディオ/彩プロ
2019年11月15日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開
© 2017 Picomedia SRL.

解説

世界最高峰のテノール歌手であるアンドレア・ボチェッリ。その激動の愛と半生を描く映画が誕生した。ボチェッリ自ら執筆した自伝的小説「The Music of Silence」を『イル・ポスティーノ』(94)のマイケル・ラドフォード監督が完全映画化。ボチェッリの役どころであるアモスに、人気のTVシリーズ「ゲーム・オブ・スローンズ」でその頭角を顕した新鋭のトビー・セバスチャンを大胆に起用。またアモスを息子のように厳しく、時には穏やかに指導するマエストロ役にペドロ・アルモドバル監督に見出され『デスペラード』(95)で世界のトップスターに上り詰めたアントニオ・バンデラスを配し、テノール歌手として育てる過程を大胆に演じている。
イタリア・トスカーナ地方の小さな村に住むアモスは、生まれつき眼球に血液異常の持病を抱えていたが、明るく家族の愛に包まれて暮らしていた。ところが学校の授業中、サッカーボールが頭に当たりその持病が悪化。遂に失明をしてしまう。自暴自棄になったアモスをただ離れて見守るしかなかった家族だったが、ある日そのきれいな歌声を活かせないか、とアモスの叔父がオーディションに連れていくことで彼の人生が大きく回り始める。
作品の中でボチェッリ本人の吹き替えによる歌唱シーンは、まさに圧巻。96年に世界中で大ヒットした「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」をはじめ「アヴェ・マリア」「誰も寝てはならぬ(「トゥーランドット」より)」などを披露している。2018年10月、14年ぶりに全世界で完全オリジナルのアルバムを発売したボチェッリは、世界最高峰のテノール歌手として今も歌い続け、2018年公開のディズニー映画『くるみ割り人形と秘密の王国』で親子でのエンディングテーマを披露するなど、その歌声はファンのみならず世界中の人々を魅了し続けている。

キャスト

アモス・バルディ:トビー・セバスチャン
マエストロ:アントニオ・バンデラス
アモスの母:ルイーザ・ラニエリ
アモスの父:ジョルディ・モリャ
ジョヴァンニ叔父さん:エンニオ・ファンタスティキーニ
エレナ:ナディール・カゼッリ
アドリアーノ:アレッサンドロ・スペルドゥーティ
エットレ:フランチェスコ・サルヴィ
マエストロの妻:ステファニア・オルソラ・ガレッロ
ジャンブリニ先生:アントネッラ・アティリ
特別出演:アンドレア・ボチェッリ&ヴェロニカ・ボチェッリ

スタッフ

監督:マイケル・ラドフォード
脚本:アンナ・パヴィニャーノ、マイケル・ラドフォード
原案:アンドレア・ボチェッリ
撮影:ステファーノ・ファリヴェーネ
編集:ロベルト・ミッシローリ
衣装:パオラ・マルケジーン
美術:フランチェスコ・フリジェッリ
音楽:ガブリエル・ロベルト
エグゼクティブプロデューサー:ガエターノ・ダニエル
プロデューサー:ロベルト・セッサ、アンドレア・レルヴォリーノ、モニカ・バカルディ

ミュージックリスト

LAUDATE DOMINUM/主をほめたたえよ
作曲:モーツァルト
MANON:O DOLCE INCANTO…CHIUDER GLI OCCHI
作曲:ジャコモ・プッチーニ
歌:ベニアミーノ・ジーリ
VA PENSIERO/行けわが想いよ黄金の翼に乗って(「ナブッコ」より)
作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ
REGINELLA/レジネッラ
作曲:リヴェロ・ボヴィオ
歌:ベアトリス・コルテッラ
ANEMA E CORE/アネマ・エ・コーレ
作曲:サルヴェ・デスポジート
歌:ガブリエレ・トゥフィ
O SOLE MIO/オー・ソレ・ミオ
作曲:アルフレード・マッツッキ、エドゥアルド・ディ・カプア
歌:ベアトリス・コルテッラ
IL GABBIANO
作曲:アンドレア・ボチェッリ
歌:アンドレア・ボチェッリ
IL DIAVOLO E L’ ANGELO
作曲:アンドレア・ボチェッリ
歌:アンドレア・ボチェッリ
LIBIAMO NE I LIETI CALICI/乾杯の歌(「椿姫」より)
作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ
歌:アンドレア・ボチェッリ
ATTIMI DI PIANO BAR
作曲:アンドレア・ボチェッリ
歌:アンドレア・ボチェッリ
E LUCEVAN E STELLE/星は光りぬ(「トスカ」より)
作曲:ジャコモ・プッチーニ
歌:アンドレア・ボチェッリ
ANDREA CHENIER:COLPITO QUI M’AVETE…UN DI’ ALL’AZZURRO SPAZIO/ある日、青空を眺めて(「アンドレア・シェニエ」より)
作曲:ウンベルト・ジョルダーノ
歌:アンドレア・ボチェッリ
AVE MARIA/アヴェ・マリア
作曲:シューベルト
歌:アンドレア・ボチェッリ
LA MUSICA DEL SILENZIO , TEMA/『アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール』のテーマ
作曲:アンドレア・ボチェッリ
演奏:アンドレア・ボチェッリ
MISERERE/ミゼレーレ
作曲:ズッケロ
歌:アンドレア・ボチェッリ&ズッケロ
NESSUN DORMA/誰も寝てはならぬ(「トゥーランドット」より)
作曲:ジャコモ・プッチーニ
歌:アンドレア・ボチェッリ
CON TE PARTIRÓ/Time to Say Goodbye
作曲:フランチェスコ・サルトーリ
歌:アンドレア・ボチェッリ