アンビエントミュージック(環境音楽)とは?ブライアンイーノとサティ

2020/01/14
コラム(人物)
[最終更新日]: 2020/01/20
                       

ポップスほど好んで聴く人の数は多くないものの、アンビエントミュージックが好き、という人を一昔前よりも目にすることが増えたように思います。
70年代に出現して以来、少しづつ人々の心を掴むようになってきた新興の音楽ですが、伝統の代名詞とも言えるクラシック音楽とは深い接点を持っていることも知られています。
電子音楽の一ジャンルとして扱われることの多いアンビエントは、クラシック音楽のどのような部分に影響を受けているのでしょうか。
今回は稀代の作曲家、エリック・サティに触れつつ、アンビエントのルーツを少しばかり覗いていきましょう。

 

アンビエントの定義

アンビエント(ambient)という単語そのものは、「周囲の」「環境の」といった意味を持つ英語の形容詞ですが、アンビエントミュージックもまたこれらの意味に近しい雰囲気を持った音楽です。
 

ブライアン・イーノが提唱


アンビエント音楽というジャンルが初めて提唱されたのは1975年ごろ、提唱者はブライアン・イーノと言われています*1。
空間や場所に添えるような形で提供される音楽で、ポップスのように定型があるわけではなく、まるで自然環境の音のように微妙な音の変化に耳を傾けたり、ただ空間に漂う「音」として楽しむことを意識して作られています。

この主体性を極端に廃し、周囲の環境に溶け込む様子から、アンビエント音楽は「環境音楽」と呼ばれることもあります。
 

ブライアン・イーノの実践

イーノは、このアンビエント音楽を4枚のアルバムシリーズをリリースすることで、その存在を世に問いました。
 

イーノの『Ambient Music』たち

「アンビエント・シリーズ」としてイーノが発表したのは、『Ambient 1: Music for Airports (1978)』、『Ambient 2: The Plateaux of Mirror (1980)』、『Ambient 3: Day of Radiance (1980)』、『Ambient 4: On Land (1982)』の4つのアルバムです。
『Apollo(1983)』など、ブライアン・イーノの作品にはアンビエントの名を冠していないものもいくつか存在していますが、イーノが考える「アンビエント音楽」のあり方は、このシリーズによって定義されたと言えるでしょう。

イーノは自身のアンビエント音楽を、「聴き手に向かってくるのではなく、周囲から人を取り囲み、空間と奥行きで聴き手を包み込む音楽」と語っており*2、実際に聴いてみるとその曲調の穏やかさ・トゲのなさに納得できるものがあります。
 

アンビエントは「無視しても良い音楽」

そしてアンビエントの最大の特徴は、耳を傾けずに「無視して良い音楽」であるという点が挙げられるでしょう。
集中して聴く必要がなく、ながらリスニング”にも適しているけれど、さて耳を傾けてみると聴きがいのある音楽、というあり方そのものが、ブライアン・イーノの追求したアンビエントだと言われています。
 

サティの『家具の音楽』

そんな消極的とも言える姿勢を正当化するためか、イーノはエリック・サティの『家具の音楽』をルーツの1つに挙げています。


 

「拝聴」を拒否した楽曲

サティは1925年に死没しているため、この曲は彼が晩年に書いた一曲ということになるのですが、その名の通り、家具のように日常に寄り添い、無意識の中で享受されることを目的とした楽曲になっています。

無意識的に聞き流すための音楽というのは建前ではなく、サティはこの曲を披露した際、思わず聴き入ってしまう聴衆に対して「おしゃべりを続けてくれ」と注意したほどだったそう*4。

「音楽は静かに拝聴するもの」という常識を打ち破ろうとした、サティの反骨精神が伺えるエピソードであり、その姿勢を反映したのが『家具の音楽』というわけです。

イーノが提唱するアンビエントのルーツは、このような聴衆を拒否するサティのアプローチにありそうです。
 

サティの伝統音楽との対峙

『家具の音楽』は、フランスのエリック・サティによって1920年に作曲された楽曲です。
さて、エリック・サティといえばピアノ独奏曲の『ジムノペディ』が最も有名ですが、彼の高く評価されている点として、西洋音楽の伝統と戦い続けた姿勢が挙げられます。
機能和声に基づく調性音楽は、今でも広く受け入れられる伝統的なセオリーの1つですが、サティは数百年にも及ぶ調性音楽の歴史に対して、とても批判的な態度をとっていました。

クラシック音楽のセオリーを無視し、宗教音楽の中で使われていた教会旋法をクラシックの世界に持ち込むことで、無調音楽の世界を切り開いていった人物がサティなのでした。

このアプローチは後にドビュッシーにラヴェル、そしてシェーンベルクなど20世紀の作曲家たちにも影響を与え、伝統と先進の架け橋として、後世でも高く評価されることになりました。

とはいえ保守的な風潮の強い当時において、サティのような反骨精神あふれる人物はさぞ居心地が悪かっただろうということは想像にかたくありません。事実、周りからは「変わり者」として腫れ物扱いされることも少なくなかったようです。
 

環境音楽と背景音楽の違い


サティの『家具の音楽』はアンビエントのルーツとして求められる一方、背景音楽、つまりバックグラウンドミュージック(BGM)のルーツとして取り上げられることもあります。
BGMもまた聴衆に対して消極的で、空間を補完する為の音楽として活用されますが、イーノはアンビエントを持って、BGMに対して批判的な態度を露わにしているとも取ることができます。

イーノのアンビエントは「聴き手を包み込む」ことを目的としますが、BGMは「強制的に音楽で空間を満た」し、その場にいる人間へ積極的に働きかけることを目的としています。

スーパーでアップテンポのBGMが流れるのはお客さんが景気良く買い物をするためであり、閉店間際に『蛍の光』が流れるのは、その場にいる人を店外へと追い出すためにあります。

BGMはこのように商業的な役割を担う一方、アンビエントはまるで空気のように、その場の人へ主体的に働きかけることはないのです。

ここに環境音楽と背景音楽の決定的な違いがあるのかもしれません。

とはいえ、ルーツを辿ればどちらのジャンルもサティの『家具の音楽』にたどり着くので、BGMとアンビエントという、ある種対極的な音楽ジャンルを2つも生み出したこの曲は、後世に語り継がれるべき一曲にふさわしいと言えるでしょう。
 

おわりに

19世紀の西洋音楽界において、変わり者や異端児と揶揄されたエリック・サティ。
単なる鑑賞にとどまらない音楽のあり方を追求したその姿勢は、当時の作曲家としてはあまりに斬新なアプローチでしたが、後世の音楽家たちにとっては大きなインスピレーションの源泉として、幾度となく参照されることとなりました。

ブライアン・イーノのように、クラシック音楽を現代的な視点から見つめてみることで、当時にはなかった音楽の楽しみ方を、改めて発見することができるかもしれません。

出典:
*1 artscape「アンビエント・ミュージック」

*2 上に同じ

*3 伏見 瞬「私たちの、アンビエント」新・批評家育成サイト

*4 畑 公也「<研究ノート>「環境音楽」、または「環境」と「音楽」」CiNii

*5 野路千晶「変わり者と呼ばれた異端の作曲家、エリック・サティを知る」CINRA

ライター:吉村哲

コラム(人物)の記事をもっと読む
関連タグ
関連記事