クラシックピアニスト?

皆さんはヴィルトゥオーゾにどのような印象をお持ちでしょうか?燕尾服やドレスを身に纏い日本を含む世界中のステージで活躍する奏者は21世紀の現代において大勢いるかと思います。今回は中でも特に注目したい新しいピアニスト像を築く3人のヴィルトゥオーゾをご紹介いたします。

完璧で華麗なテクニックを持つロシアの鉄腕ピアニスト

デニス・マツーエフは1975年にロシア・イルクーツクの音楽一家に生まれました。1998年のチャイコフスキー国際コンクールで優勝して以来、世界各地で演奏活動を行っています。195㎝の大柄で恵まれた身体から繰り出される音色は力強く、レパートリーも多岐に渡ります。ショパンやシューマンなどのロマン派作品から、出身国であるロシアのラフマニノフやストラヴィンスキーの超絶技巧の作品まで難なく弾きこなす、まさしくこれぞヴィルトゥオーゾ!

ジャズと即興演奏にも興味を持っており、アンコールで時折プログラムに組まれています。1932年生まれのロシア人作曲家シチェドリンのピアノ協奏曲をゲルギエフ指揮で録音していますが、マツーエフが得意とするジャズが生かされ、まるでビッグバンドのような華やかな演奏となっています。

音楽活動だけでなく2018年ロシア開催のFIFAワールドカップのアンバサダーも務める予定でありFacebookの彼のページでは演奏活動の他、豪快に笑う彼のプライベートを覗くことも出来ます。ちなみに彼のパートナーである女性はロシアの名門・ボリショイバレエのプリンシパルダンサー。今後もパートナーと共にロシアの芸術文化の更なる発展に貢献していくことでしょう。

Denis Matsuev: “Happy birthday, maestro Gergiev”

アルゲリッチやルプーの代役も務めた天衣無縫のパフォーマー

ユジャ・ワンは1987年北京生まれ。これから世界での活躍が期待される中国出身の若手ピアニストです。2005-2006年シーズンにカナダのオタワでラトゥ・ルプーの代役を務め、2007年にはアルゲリッチの代役としてチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番をボストン交響楽団と共演し好評を得ました。ピアノを操る音色、歌心などすべてを持ち合わせており超人的なテクニックで、音楽の世界では新興国にあたる中国出身の音楽家としてスターダムにのし上がり、クラシックピアニストというよりもアスリート的なパフォーマーという呼び名が適切なようにも思えます。

注目すべきはそれだけではありません。

一部では賛否両論の的になっている衣装です。ピアニストは演奏しやすくなおかつ華やかに見せられる、腕や胸元が少し開いたイブニングドレスのような衣装を身に着けることはあります。正装しているオーケストラや指揮者など他の奏者に合わせる目的もあるでしょう。しかしユジャ・ワンの衣装は少しどころか肌が見える面積が大きいのです。ホットパンツのような丈のミニスカートのボディコン衣装、ギリギリまでスリットが入ったロングスカート、背中がざっくりと空いたドレス、そしてペダルが扱えるのかと不安になるような10㎝超えのピンヒール。

一部では「クラシックには不適切で性的だ」「作曲家を冒涜している」との声もあるようですが、クラシックには興味の無い人達が彼女の衣装に興味を持ちクラシックを聴きはじめるかもしれません。まだまだ保守的なクラシック界において伝統と革新のバランスがどのように保たれていくのか、そして彼女がどのように活躍していくのか今後も注目したい所です。

Yuja Wang – Variations on the Turkish March (Odeonsplatz)

クラシック音楽のジャンルを超えて世界各地で活躍するエンターテイナー

北京オリンピック開会式でピアノ演奏を務めたラン・ラン(郎朗)は、満州民族で二胡奏者だった父親を持つ中国出身のピアニストです。ラン・ランが生まれた1982年は文化大革命が終わった6年後。文化大革命と言いながらクラシック音楽を含む欧米文化を否定され、弾圧されていた爪痕が残っていた頃です。両親は自分達が叶えられなかった音楽家への夢を彼に託し、父親からの厳しい音楽教育を受け、極貧中での努力が実を結び晴れてアメリカ・フィラデルフィアにある名門校カーティス音楽院へ入学しました。17歳でアンドレ・ワッツの代役としてシカゴ交響楽団と共演し、これが世界へ羽ばたく突破口となりました。世界各地で演奏活動を行っておりベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のレジデンス・ピアニストを務めた他、ニューヨーク・フィルハーモニック、イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団、パリ管弦楽団、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団など名だたるオーケストラと共演、近年は巨匠ダニエル・バレンボイムからルバート奏法を教わっているようです。

日本で大ヒットしたドラマの劇場版である、映画「のだめカンタービレ最終楽章」の上野樹里演じる野田恵の吹き替え演奏も彼の演奏です。父親から厳しい教育を受けていたものの、彼にとってピアノは強いられたものではなく「他の子供にとってのおもちゃのようなもの」だったそうです。映画「のだめカンタービレ最終楽章」での彼の吹き替え演奏からも分かるように、彼のピアノは技巧的な中にとても躍動的でリズミカルでワクワクするようなエンターテイメント性を持ち合わせています。

演奏活動の他、青少年へ向けての教育活動なども積極的に行っており「ラン・ラン国際音楽財団」を設立。ユニセフ親善大使も務めています。グラミー賞授賞式でのメタリカとの共演や仁川アジア競技大会でのPSYとの音楽のジャンルを越えた共演も記憶に新しい方がいらっしゃるのではないでしょうか?

Metallica: One (featuring Lang Lang) (Live – Beijing, China – 2017)

新しい時代のピアニスト像

世界で最も優れたヴィルトゥオーゾと呼ばれる人物はこれまでの時代にも、そして現代にも星の数ほど存在しています。そんな中でも彼らは新しい時代を切り開いていく存在です。伝統を重んじ今まで築き上げてきた文化を大切にしている保守的なクラシック界ですがやはり新しい風が吹かなければ衰退していくでしょう。今やクラシックピアニストの活動は世界各地のホールを巡回し生の音楽を聴衆に届けるだけではありません。デニス・マツーエフのFacebookやInstagramなどSNSを使ったメディア発信、ユジャ・ワンの革新的でオーディエンスの目を引く衣装、ラン・ランのジャンルを越えた音楽共演など、クラシックファン以外の客層の興味を引くような活動や唯一無二のキャラクター像もこれから必要となってくるかと思います。

それらが世界中様々な人達がクラシック音楽に興味を持つ糸口になり、クラシックファンを増やすことに繋がっていけば現代のクラシック界は未来へと受け継がれていく事となるでしょう。