パイプオルガンは、たくさんの音のするパイプから、まるで光が降りてくるような、きらびやかな音のする楽器、という印象をお持ちの方が多いと思います。実際、電子キーボードや、MIDI音源などでも、「church organ」を選択すると、そうした音が出てきます。その音に、多くの方に「おおっ」という反応があるのは、ひとつの音が鳴るときに、ほかの音色が1オクターブ違いに「じゃーん」と鳴って、聴いている人をある意味圧倒するように感じられるからでしょう。

そのような使い方をしたのが、あのJ.S.バッハです。彼の作品『小フーガ ト短調』は長く中学校の音楽科の共通教材(文部科学省が「中学校の音楽の授業で、鑑賞曲にしなさいよ、と定めた楽曲」)だったので、ほとんどの方が一度は耳にしていることでしょう。有名な『トッカータとフーガ ニ短調』とともに「あの響きがパイプオルガンだ」というイメージを私たちに与えています。

また、バッハが多くの宗教曲でパイプオルガンを使っているので、多くの人が、オルガンの音を「神」「イエス=キリスト」の救いの光の比喩として受け止めています。なんとなく、ですが、生演奏を聴くと、頭の下がる思いがしてしまいます。
しかし、教会のためだけではなく、個人の内面を表現するためにオルガンを用いたのが、ベルギー生まれ、フランスで活躍した作曲家・鍵盤楽器奏者のセザール・フランク(1822~1890)でした。

日本では『ヴァイオリンソナタイ長調』が代表曲とされていますね。
それでは、まず、フランクによるオルガンの短い楽曲をお聴きください。「アンダンテ」「アヴェ・マリア・ステラ」です。

1-「アンダンテ」「アヴェ・マリス・ステラ」

私たちの知るオルガンの音色とは、やや違った響きであることにお気づきになることと思います。
フランク自身、ドイツ音楽を丹念に研究していましたが、今までの教会のあり方や、教会音楽に対して異を唱えたわけではありません。ただ、ロマン派という時代、それから、フランスの新しい楽器が、フランクの作風に大きな影響を与えたのだと考えます。

2-「3つのコラールより第1番ホ長調」(FMV.38)

1789年のフランス革命によって、「教会は権威そのものであって、自由・平等にふさわしくない存在である」と考えた民衆たちは、次々に教会のオルガンを破壊していきました。そのため、フランスにおけるオルガン音楽の空白期間が19世紀のなかばまで続いたのでした。
しかし、教会オルガンが一度こわされたことで、思いもよらない発展が起こりました。新しいオルガンが多くの教会にできることになったのです。

フランスのオルガン職人一家に生まれたアリスティド・カヴァイエ=コル(1811~1899)は、ドイツのオルガンにならい、基音のストップを増やしました。8’のストップと呼ばれ、弾いた音そのものだけを鳴らすストップです。また、ストリングス系のストップを増やし、管楽器系のパイプと合奏させることで、当時のオーケストラに似た響きを作ることができるようになりました。また、徐々に強弱を変えていくことができる「レシ鍵盤」を考案して、自分の楽器に導入していきました。

キャリアの始めはピアニストだったフランクですが、活躍の場はオルガンにもひろがっていきました。カヴァイエ=コルの手によるオルガンが1859年に設置されました。1858年からサント・クロチルド教会のオルガニストだったフランクは、このオルガンに魅了され、次々とオルガンの楽曲を作曲していきます。

フランクは、ロマン派の時代の人らしく、自己の内面を掘り下げていく音楽をいくつも書くようになりました。日本ではあまり演奏されないので知られていませんが、オペラも書いています。実家との対立が生じたのをきっかけに、故郷であるベルギーには帰らないと決意し、亡くなるまでパリで妻や音楽の仲間たちとともに創作・演奏と多彩に活躍しました。

フランクも教会オルガニストなので、宗教曲をたくさん書いています。
それまでの宗教音楽とは違い、フランクは信じる者の心のありよう、人間のなかにある感情を見逃さない、ロマン派らしい立ち位置で作曲をしました。オルガンの音作り(レジストレーション)も、カヴァイエ=コルが作ったオルガンと相性のいい基音中心で行い、ひとつひとつ語りかけるような、悩みを抱えた人間の心に迫る楽曲を作っています。

晩年に作曲された「3つのコラール」は、フランク自身が作曲したオリジナルなコラールで、バッハを意識した作品だといわれています。
今回とりあげる第1番は、フランクらしい、美しいけれどせつない主題から始まります。演奏時間の6分半を過ぎるあたり、バッハを思わせるオクターブストップを使った多声和音が突然出てきて、驚かされます。しかし、そのあとは、再び基音中心の展開にもどり、少しずつ音の数が増えて、盛り上がって終わりになります。
それでは、聴いてみましょう。

3-英雄的小品(FMV.37)

普仏戦争(1870)で亡くなった兵士たちのために作曲されたとされている楽曲です。
よりクリアな動画もあるかとは思いますが、ここではフランクがじかに指導をした、教え子のマルセル・デュプレの演奏による録音をとりあげました。昔の録音ですが、そのわりには音質がよい印象があります。

兵士たちの行進や戦いを彷彿とするテーマが暗いニュアンスで描かれていますが、中間部では鎮魂の優しげな旋律がそっと語りかけてくれるようです。

4-前奏曲、フーガと変奏曲ロ短調(FMV.30)

まさに「絵に描いたような」ロマン派的オルガン曲、という1曲です。筆者もこの楽曲がきっかけでフランスのオルガン曲に興味を持ち始めました。
バロック時代からある普通の組曲なのですが、イントロもなくいきなり始まる前奏曲の最初のテーマが、聴き手の心をわしづかみにします。

この楽曲には、普遍的な感情が描かれています。その感情は、聴き手が投影して、自分自身の感情として受け止めるものであり、個々によって何を感じるかは異なりますが、ゆさぶられる何かがあるのは確かです。しかも、最初のテーマは、フーガをはさんで変奏曲の中に再度同じテンポで出現します。考え始めると、ぐるぐる悩んでしまう人間のありようを見せつけられる気がします。

本来はカヴァイエ=コルの作った楽器で演奏されるべきフランクのオルガン曲ですが、フランク自身が楽譜に書いたレジストレーションを守れば、ドイツ系のオルガンであっても、フランス風に演奏することはできます。

現在、日本で純粋にフランス系のオルガンと呼べるのは、神戸松蔭女子学院大学のチャペルにあるものと、東京芸術劇場の2面オルガンの「モダン」面だけだそうです。しかし、オルガンを設置する上でホールの要望は必ず受け入れられていて、レパートリーの可能性を考慮して、基本はドイツ系だとしても、フランス系のレジストレーションができるように工夫されているものが少なくないとのことです。

フランス系のオルガン曲は、CDショップに行っても実店舗ではまったく見つからないという残念な結果に終わりました。バッハはたくさんありました。ここはひとつ、生演奏を聴きに行ってしまうほうが早いかもしれません!


FMVは音楽学者のヴィルヘルム・モーアが作成した「フランクの作品目録」の番号です。
以下の書籍等を参考にしました。

椎名雄一郎『パイプオルガン入門 見て聴いて触って楽しむガイド』(春秋社、2015)
坂崎紀『オルガン音楽入門』http://mvsica.sakura.ne.jp/eki/ekiinfo/organ-music.html (2014)