聖徳大学音楽学部の坂崎紀教授(西洋音楽史)は、「オルガン本来のおもしろさ、つまり、オルガンで聴いてはじめて意味のある音楽」を残した作曲家を3人あげています。(http://mvsica.sakura.ne.jp/eki/ekiinfo/organ-music.html

ひとりめは、ご存じJ.S.バッハ。

ふたりめは、ロマン派の大家、セザール・フランク。

そして、3人めは、20世紀中盤から後期にかけて作曲活動を行い、自身オルガニストとして活躍した、マルセル・デュプレです。

大バッハ、そして日本ではロマン派好きの方にはよく知られるフランクと肩を並べる形でピックアップされたデュプレの作品は、どのようなものでしょうか。

マルセル・デュプレのキャリア

実は、筆者は学生時代にホールで聴くまでまったく知らなかった作曲家です。日本ではあまり有名とはいえないかもしれません。

マルセル・デュプレは1886年生まれ。18歳でパリ音楽院に入学、演奏・作曲活動を開始。1920年代に、バッハの作品全曲を暗譜して演奏する連続コンサートを開き、オルガニストとして名をあげました。1926年にパリ音楽院オルガン科教授として、デュリュフレ夫人やマリー=クレール・アラン、オリヴィエ・メシアンなどを指導しています。1934年、サン=シュルピス教会のオルガニストに着任。第2次世界大戦後の1947年、アメリカ音楽院総長に就任するとともに、フランスのフォンテーヌブロー音楽院の院長にも就任する等、世界を股にかけ活躍。1954年には古巣であるパリ音楽院の院長となりました。

10枚セットのベスト演奏集で自作自演も

1960年代半ばまでデュプレは作曲家として創作を続けていました。また、オルガニストとしても多くの録音を残し、自作の録音も多数あります。それらは、現在10枚組のCDセットで、自作曲も含めたベストアルバム集として世に出されています。古い録音ですがリマスターがほどこされていて、その中のいくつかはCDの1枚売りもあります。

録音が残されているということは、デュプレ自身に、演奏を後世に残す強い意志があったことを示すわけです。ここで選ばれた作曲家は、デュプレ自身のほかに、J.S.バッハ、フランク、師匠であるヴィドール、サン=サーンス、メシアン。

また、デュプレはJ.S.バッハを丹念に研究していたことで知られています。作風も、どちらかというと20世紀的ではなく、調性にもとづく楽曲が少なくありません。変奏曲やフーガのエンディングが次第に盛り上がっていくのも、前時代のオルガン音楽の作り方を踏襲しています。自作自演のCDはJ.S.バッハが自作曲よりも多く、デュプレの作品をもっともっと聴いてみたい、と思ってもこのセットではあまり満足できないかもしれません。デュプレのバッハに対する傾倒ぶりがよくわかりますね。

発表された時点では「あまりにもむずかしくて弾きこなせる人が出てこないのでは?」とさえ言われた楽曲群ですが、現在はフランス系オルガンの楽曲の大切なレパートリーとして、さまざまな人がデュプレの作品に挑んでいます。

デュプレは「オルガンってこんなこともできるんだ!」という多くの発見がある作曲家です。今回とりあげる3曲のうち、『古いノエルによる変奏曲 作品20』『前奏曲とフーガ 作品7』は基本的に調性に依って作曲をしているので、「現代の音楽」というふうに身構えずに聴くことができます。

『古いノエルによる変奏曲 作品20』

坂崎教授おすすめの1曲、『古いノエルによる変奏曲 作品20(1922)』を聴いてみましょう。「ノエル」はクリスマス・キャロル、クリスマスに慣習として歌われてきた楽曲のことをさします。このノエルは素朴で、あるいは中世から伝わっているものかもしれません。原曲は旋法的でとても短いのですが、カヴァイエ=コル製のオルガンを意識した変奏曲は、オルガンの持っている音色や音域すべてを絶妙に組み合わせた、興味深い楽曲になっています。変奏曲は、全部で10曲。終曲の「fugato」では、素朴な原曲はどこかに行ってしまったかのような縦横無尽の展開を聴かせてくれます。

YouTube上では様々な演奏を聴くことができますが、作曲当時デュプレが副オルガニストとして所属していたサン=シュルピス教会のカヴァイエ=コル製のオルガンを、Daniel Rothさんが演奏しているものをご紹介します。ただし、演奏の動画ではなく、カヴァイエ=コル製のオルガンを含むサン=シュルピス教会の写真をつないだ画像が添えられています。オルガンを勉強なさっている方は、演奏台からの動画も合わせてごらんになるほうがよいと思います。また、楽譜つきの動画もあります。

演奏台の動画があるのはこちら

楽譜を見ながら聴いてみたい方は

後期の楽曲を予感させる『前奏曲とフーガ 作品7』

オルガン・作曲両方の師であるシャルル=マリー・ヴィドールの勧めによって作曲された曲です。1912年に作られた作品。

作品7は、3曲で成り立っていますが、第1番と第3番の前奏曲の手鍵盤の動きの速さから、発表当時は「この楽曲を弾きこなせるのはヴィドールとデュプレぐらいしかいない」と言われていました。(※2番が大きな支持を受けていない理由は後述)

デュプレ自身の録音でも、第3番しか残されていません。彼としては第1番と第2番はあまり後世に残したくない楽曲だったのかも?しかし、「フランス流のオルガン」を学ぶとしたら、見過ごすわけにはいきません。前奏曲のスタイルである「一般に導入的性格の器楽曲。古くから礼拝に先立って奏されるオルガン曲として存在したが、17~18世紀には、フーガと対になってその前に置かれるもの、組曲など多楽章曲の冒頭曲などとしても作られた」(三省堂「大辞林」による)伝統をきっちり踏まえ、デュプレは前奏曲とフーガのセットで3曲を作り『前奏曲とフーガ』と題して世に送り出したのです。

第1番 ロ長調

シンプルで、不協和音もあまりない伝統的なスタイルで書かれています。前奏曲は終始スピード感を失わない手鍵盤の動きが印象に残ります。最後に現れる足鍵盤ソロは、20世紀の作品ならでは、と感じられます。シンコペーションのような動きが出てきますが、全体が盛り上がる一体感はフーガならではのものですね。

第2番 ヘ長調

この楽章のみ、いわゆるフランス印象主義のような趣で意外な雰囲気があります。デュプレらしさが前面に現れません。前奏曲もあまりスピード感がなく、前奏曲とフーガのモチーフが曲の冒頭で明らかに同一だとわかってしまいます。当時のデュプレの個性や特徴を考えると、やや「残念」な作品になってしまうでしょうか。ただ、もしかするとこの楽曲が、後述する作品36の伏線になっているかもしれないと考えると、あまり邪険に扱うこともできないようにも思われます。

第3番 ト短調

ここでは、デュプレの残した録音を紹介したいと思います。

数名のオルガニストの動画を視聴したあとで、デュプレの録音を聴いてみました。自作自演とはこんなにも安定しているものなのか、と聴き終えてしみじみしてしまう出来です。自分が書いたときの思考プロセスをそのままに開いていけば楽曲の分析にも解釈にもなるわけですから、それも頷けます。

デュプレは、作品7の前奏曲をかなり速いテンポで演奏しているので、発表当時に「難易度高すぎ!」と言われたのは当然かもしれません。

この楽曲について、デュプレは「低音部のコラールの上にきらきらしたアルペジオを作った。フーガはリズミカルで強い性格をもっている。そこにコラールを再現して、前奏曲とフーガの両方を結びつけ、オルガン全体を響かせる結末に向かう」というコメントを残しています。現代の作曲家でありながら、オルガン音楽の伝統を忠実になぞった作曲の方法です。現代のオルガン曲では、不協和音もよく使われるのですが、この楽曲にはほとんどありません。とても聴きやすいですね。この楽曲を弾こうとしている人には、ある意味プレッシャーを与える演奏かもしれません。

デュプレの演奏(録音)はこちら

『3つの前奏曲とフーガ 作品36(1938)』から見る、デュプレの矜持

作品7と、対になるような作品です。こちらに関しては、デュプレのオリジナル録音が全て残っています。本人が残したいと考えた、すなわちこちらの作品のほうに自信があったのでしょう。

作品全体を通して聴くにはこちら⇒ https://www.youtube.com/watch?v=geSsQqIAz6E

Ulf Norbergさんによるスウェーデン、ストックホルムのヘドヴィヒ・エレオノーラ教会での演奏です。

作品7の前奏曲は、軽々と前に進んでいく、20世紀以前のスタイルが色濃く残る、前奏曲らしい前奏曲で、それだけに「早弾き」の演奏技術がかなり高度です。(※作品7の第2曲は除いて考えます。筆者は「これはデュプレが印象主義に半端に影響されているようだ」と考えていますし、実際YouTubeのアップロードされている動画の数が極端に少なくなっており、現時点では評価があまり高くないように思えます)。

作品36の前奏曲は、3曲とも声部を重ねて響きを作り、テンポは作品7ほど速くありません。先述の「前奏曲」の定義からは離れているようにも感じられます。調性から離れた半音階的な着想を重んじて作られているのが、若い頃に書いた作品7と違った印象をもたせます。

前奏曲は、モチーフの展開の連続で成り立っています。演奏上の技巧をこらす意図もありません。「幻想曲」「瞑想曲」と呼んだほうがふさわしい発想から書かれており、「起承転結」のようなスタイルはなく、さまざまな声部にモチーフが出現することで楽曲が進行していきます。デュプレは決まりごとの多いフーガでは自由にならない曲の長さや、情緒的な力を前奏曲で表現したかった、とライナーノーツに書かれています。

また、ドローンのような持続音で創られるモチーフと、細かにざわめくモチーフが同時に響くこともあります。

しかもデュプレは、作品7で使用した「コラールによって前奏曲とフーガをつなぐ」という技法から、「2曲ともに同じ音列を使った共通のモチーフを使用する」技法に替えて、作品36を作っているのです。

一方、フーガに関しては、前奏曲から受け継いだモチーフを用い、フーガとして厳格な形で作曲されています。

前奏曲とフーガのテンポに対し「メリハリがない」という批判は、これらの特徴から導き出されるのではないでしょうか。作品7の豊かな躍動感を好きな人にとっては、期待と違う、という印象をもたれることもあるでしょう。

先述した作品7の第2曲は、同じような仕組みで作られています。実は作品36の習作だったのかもしれません。

この時期には、どっしりした調性感のある音楽ではない、無調で音列モチーフ重視の音楽が勢いをもって台頭してきています。作品36が作られたのは1938年、モーリス・ラヴェルが亡くなった年です。シェーンベルクはすでにアメリカ亡命を果たしています。デュプレは当時教会オルガニストでしたが、時代の趨勢から、教会の外の音楽の影響を受けずにはいられなかったのではないでしょうか。

第1番 ホ短調

B-C-G-E♭がモチーフになっています。調性にもとづく楽曲では、ホ短調でE♭を主要なモチーフに入れることは非常にまれなことで、ここでデュプレの作風の変容を聴きとることができます。2曲を通して感じるのは「静かな音楽」という印象です。前奏曲だけでなく、共通の音列を使ったモチーフのフーガが、盛り上がることなく消え入るように終わるのはオルガン音楽としてはたいへん珍しいことです。

第2番 変イ長調

2つのモチーフを持ちます。足鍵盤の音がドローンのように鳴り響き、左手と右手で別の旋律を弾く形です。前奏曲、フーガともに、第1番より起伏に富んだ楽曲です。フーガでは、前奏曲のモチーフが逆順で現れ、二重フーガを形成します。フーガのエンディングでは、伝統的な盛り上がりを聴くことができます。

第3番 ハ長調

前奏曲は、あまり複雑な音の組み合わせがなく、最初のモチーフはあたたかみがあってハ長調らしいシンプルな響きです。曲が進むにつれて、少しミステリアスな響きも現れます。ちなみに、デュプレはこの前奏曲の前半部分を、ロマン派のように、少しテンポをゆらして弾いています。

フーガは少しずつ盛り上がっていきます。ダイナミクスの変化はバロック時代のスタイルを彷彿とさせるものです。きらきらするスタッカートと、3和音が姿を見せます。

聴きやすい楽曲です。もし作品36の3曲のうち、最初にどれを聴いたらよいか、と問われたら第3番をあげたいと思います。

まとめ

デュプレのベストCDのライナーノーツの記者は、この自作自演の楽曲を通して、デュプレのレジストレーションは作曲家としても演奏家としても名人級だとあらためて強調しており、フランスのオルガン音楽を飛躍的に発展させたオルガン製作の名匠、カヴァイエ=コルの造ったオルガンの性能をあますことなく生かしていると述べています。確かに、フルオーケストラから笛1本まで、あのたくさんのストップを組み合わせることで表現できるのです。そして、それを駆使したひとりとして、デュプレの名がいまも残っているわけです。

残念なことに、オルガン音楽というものは、私たちにとって身近にあるものではないと思われます。ホールに作りつけの楽器であり、オルガンのあるホール、あるいは教会は数が限られています。演奏活動をしている人も、専攻している学生も、多いとは言えません。だからこそ、まずオルガン音楽を聴いてみましょう。そうした小さな一歩から、音楽に対する新しい楽しみが増えていくのではないでしょうか。

【宝珠の作品に遺された】モーリス・デュリュフレのオルガニスト魂【オルガンの可能性】