名門バンド・春日部共栄で全国大会金賞を経験し、恩師の後を引き継いで顧問となった織戸祥子先生。どう頑張っても手が届かなかった全国大会金賞。今年もギリギリまでピンチの状況が続いていたが……。
織戸先生に最高賞に至る春日部共栄の奮闘とその後をお聞きした。
取材・文
- オザワ部長世界でただひとりの吹奏楽作家。神奈川県立横須賀高等学校を経て、早稲田大学第一文学部文芸専修卒。在学中は芥川賞作家・三田誠広に師事。 現役時代はサックスを担当。現在はソプラノサックス「ヤマ和(やまお)」(元SKE48の古畑奈和が命名)とアルトサックス「セル夫」を所有。好きな吹奏楽曲は《吹奏楽のためのインヴェンション第1番》(内藤淳一)。
「西関東の御三家」春日部共栄の織戸祥子先生は悲願の金賞受賞!
「率直に言えば、いまは嬉しい気持ちでいっぱいです。ただ、全国大会で金賞をいただいたことが意味のあるものになるかどうかは、これからの私たちの過ごし方次第だということは生徒たちに話しました。結果だけにとらわれず、中身が残るようにすることが大事だと私は考えています」
そう語るのは、織戸祥子先生。
埼玉県の名門で、伊奈学園総合高校や埼玉栄高校と並んで「西関東の御三家」と呼ばれる春日部共栄高校吹奏楽部の顧問だ。
春日部共栄は、全日本吹奏楽コンクール・高等学校の部に今年で18回目の出場を果たした。織戸先生は同部の卒業生で、名指導者として知られる都賀城太郎先生のもと、高2、高3のときに全国大会金賞を経験している。
母校で教員になり、2015年からは都賀先生の後を継いで指揮者に。激戦区として知られる西関東支部を毎年突破し、全国大会に連続出場を続けている。
だが、大きな壁があった。都賀先生時代には5回受賞していた全国大会金賞に、どうしても手が届かない。
織戸先生
「毎年、全国大会が終わった後のミーティングで生徒たちの悔しがる顔を見たり、『ごめんね』と声をかけなければいけなかったりすることにもどかしさを感じていました」
本番直前なのに音楽も気持ちもバラバラ……
そんな織戸先生と春日部共栄は、今年は課題曲《行進曲「煌めきの朝」》と自由曲《楽劇「サロメ」より 7つのヴェールの踊り》(リヒャルト・シュトラウス)で「吹奏楽の甲子園」の舞台に挑んだ。
出番は、前半の部の15番目。トリだ。
だが、その裏側では、ギリギリまでピンチの状況があった。
織戸先生
「今年は3月の首都圏学校交歓演奏会(いわゆる新人戦)で最優秀グランプリをいただき、3年生にテクニックのある生徒たちがいることもあって期待値は高かったんですが、全国大会の直前になってもどうにも音がまとまらない、考え方もバラバラ、という状態が続いていました。音楽面では各パートの講師の先生から『技術的にはいいけど、演奏中に奏者同士のコミュニケーションが著しく足りてない』と指摘していただき、精神面では卒業生たちから『今年の代はチャンスがあると思うし、たくさんの人が応援してくれているから、とにかく良い演奏をしてきてほしい』とエールをもらったことから、ようやく生徒たちにも変化が生まれました」
もしかしたら、全国大会金賞への思いが強くなりすぎていたのかもしれない、と織戸先生は言う。
織戸先生
「結果よりも、仲間の大切さや、賞にこだわらずに良い演奏をしよう、という気持ちになれたことで、みんながまとまることができたと思います」
演奏後に背中で感じた観客の熱狂
織戸先生は指揮台に部員たちからもらった寄せ書きを置き、全国大会の演奏を開始した。
本番前に寄せ書きには目を通していたが、そこに書かれていた言葉と演奏する一人ひとりの部員たち、これまでにあったたくさんの思い出が重なり、先生は演奏中に何度も胸が熱くなった。と同時に、自分たちの演奏が高みに昇っていくのも感じていた。
織戸先生
「《サロメ》は、吹奏楽という枠を超えて、芸術としてどうなのかというところまでやっていきたいと思っていました」
演奏中は必死に部員たちと向き合っていたために余裕がなかったが、最後の音が終わった瞬間、背中に熱いものを感じた。会場の熱気だった。
織戸先生
「もしかしたら、自分たちがやってきたこと、春日部共栄の音楽が伝わったのかもしれない、とそのとき思いました」
お辞儀をするために客席のほうを振り返った瞬間、先生の目から涙がこぼれた。指揮者として8回目の全国大会で初めての経験だった。
織戸先生
「結果が金賞ならいいですけど、自分たちの音楽を充分に出し切れたと感じていたので、もし結果が出なくても生徒たちを称えてあげたいと思っていました。ここに至るまでの道のりは誇りに思えるものでしたし、生徒だけでなく、私自身も成長につながる月日でした」
金賞の価値は今後の活動によって決まる!
審査結果は、最高賞の金賞。ステージ上で部員代表とともに発表を聞いた織戸先生の顔に歓喜の笑みが弾けた。
織戸先生
「誰よりも喜んだ自信があります(笑)。終演後には、生徒たちも泣きわめいて喜んでいました」
織戸先生にとって、指揮者としての初めての金賞。春日部共栄にとっては13年ぶり6回目の金賞だった。
織戸先生
「ただ、金賞だったからいいというわけではなく、いただいた賞がどういう意味や価値を持つかはこれからの私たちの活動によって決まると思います。私としては、今年のメンバーが大人になったときに『全国大会で金賞とったんだよ』ということを鼻にかけるような人になってほしくない。私自身も、調子に乗って勘違いせず、音楽や芸術をわかった気にならないように、地に足をつけてやっていきたいと思います。ここからがスタートです」
まばゆい金色の光を浴びながら、織戸先生と春日部共栄はまた歩き出す。
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