【20世紀アメリカの作曲家インタビュー】第3回 ポッツィ・エスコット

20世紀アメリカの作曲家インタビュー、第三回目は気鋭の作曲家であり、アメリカ現代音楽の世界への伝道者でもあるポッツィ・エスコットです。彼女の作品は国際的に演奏され、前衛作曲家として数々の賞を受賞しています。その一方で、音楽は生活や人生の一部にすぎない、日々の暮らしこそがインスピレーションのもと、とエスコットは述べています。

インタビュアーは、シカゴのブロードキャスター、ブルース・ダフィー。クラシック音楽専門ラジオ局Classical 97で、1975年から2001年まで、1600人を超える音楽家のインタビューを行ない、1991年に米国作曲家作詞家出版者協会のディームズ・テイラー・ブロードキャスト賞を受賞しています。インタビューの日本語版は、ブルース・ダフィー本人の許可を得て翻訳したものです。

ポッツィ・エスコット(Pozzi Escot, 1933 – )について:外交官だった父親の赴任先、リマ(ペルー)で生まれる。5歳よりフランス在住、17歳のとき父の出身地であるアメリカに移住した。ニューイングランド音楽院などで教鞭をとる他、世界中をレクチャーしてまわり、アメリカの現代音楽を精力的に紹介している。音楽誌『SONUS』の主幹をつとめ、音楽と数学の関係性を論じた多くの記事を発表している。

Cazar Truenos – Programa No 53 (23-01-2013)
Especial Olga Pozzi Escot

*このインタビューは1987年4月シカゴで行われたものです。

インタビューをしたブルース・ダフィーは、ポッツィ・エスコットを「理解からはるか遠く離れた音を作る精鋭の一人であり、そのことが理由で、賞賛され、感謝されています」と紹介しています。

普通とは違う、あまり人気のない、誰が聴いても楽しめるものではなく、またたくさんの人のためのものでもない音楽。理解しにくい音や、聞き慣れない不快ともいえる音響を追求する作曲家たちの中で、エスコットは強い輝きを放っています。この道は孤独で危険なものではあるけれど、「そこで生まれた音の世界が理解されたとき、その報酬は非常に大きなものとなって帰ってくる」とブルース・ダフィーは解説しています。

 

音楽と数学の関係性

ブルース・ダフィー(以下BD):ジョーン・タワーから、あなたによろしく、と言われました。あなたに会うのを楽しみにしてましたよ。(この時期にシカゴでカンファレンスがあり、両者とも参加の予定だった)

ポッツィ・エスコット(以下PE):彼女が教えてるバード大学の夏の修士課程クラスで授業することを依頼されて行ったけど、そのときはジョーンは不在だったの。実際のところ、作曲家たちとはあまり会わないわね。

BD:どうして?

PE:わたしはいろんな分野を行き来してるから。世界中をまわってて、様々な分野の人に会うんだけど、作曲家はあまりいない。

BD:作曲家たちに会おうとはしない?

PE:そうね。

BD:作曲活動が活発な人は、互いによく会うのかと思ってました。

PE:わたしは作曲家でたくさん曲をつくるけど、音楽誌『SONUS』の主幹エディターでもあるんです。あと文章を書いたり、講義をしたりもするけど、対象になるのは音楽家とは限らないの。

BD:あなたについて書いたものを読んだんですが、そもそもは数学を勉強してたんですよね。音楽と数学の相互関係がよく見られますけど、どうしてなんでしょう。

PE:そこには相互関係があって、それは深く根ざしたものなの。馬鹿げてるように聞こえるかもしれないけど、よく言われるのが、世の中には3種類の天才しかいない、とね。作曲家と数学者と物理学者。そこで強調されるのが、数学が共通項ということ。音楽は数学ですよ。中世には音楽は数学の領域の一部だった。そう教育されていたの。実質的に言って、音楽のあらゆる側面は数学だと言える。

BD:じゃあ、あなたが新しい曲を書いているときは、数学的な思考と音楽的インスピレーションはどういう均衡なんです?

PE:インスピレーション? それはまさに生活のこと。暮らしの中でやっていることのすべてがインスピレーションなの。どこかに向かおうとして、片方の足をもう一方の足の前に置こうとすること、それが正にインスピレーション。生活する、教える、友だちをつくる、本を読む。どれくらいのインスピレーションを自分がもつかは、序列や程度の問題なの。どれくらい愛着をもち、深く関与するかの問題。だけど比率的に違いがあるということじゃないの。自分を前に押し進める力としては、生活の中でやっていることのすべては同じだと思う。生活の中で何かに愛着をもつことなしに生きていける、という風には思わない。それがビジョンであり、目標であり、インスピレーション。実質的な成果と実現に対する意欲の間には、バランスとして比率的な違いはないと思う。この二つを分ける方法はないの。どちらもが成果を生まないとしたら、「インスピレーション不足」ということかもしれない。また両者が素晴らしいときは、生成物は優れていることになる。

BD:あなたはおそらく、特別な才があるんですね、やっていることすべてにインスピレーションがもたらされるのは。

PE:まあ、そうならいいですね。

 

作曲は教えられるものか

BD:音楽について少し話しましょう。あなたの生活において特別なものですよね。

PE:そうだとは言えないかな。わたしは音楽をバックグラウンドとしてしか聞かないことも多いですよ。コンサートに行くのは好きじゃないので。生活のすべてが、わたしには特別なんです。デスクで何かすること、研究したり、本を読んだり、雑誌や講義、料理の準備をしたり、わたしの生活はこういったことで活きてます。料理のレシピを考案するのが好きなんです。自転車に乗るのも特別な時間。自転車の修理をするのも好き。生活はわたしにとって特別なもので、音楽はその一部にすぎない。

BD:あなたがやらないことって、何かあります?

PE:ええ、ありますよ、泳げないの。

BD:時間をどのように配分してるんですか? 作曲、講義、編集といった中で。

PE:それは規律とマネージメントの問題ね。毎日の生活の中で、何を優先的にやるか。わたしは朝が早いから、1日が長いの。それはそうとわたしは教えてもいて、二つの場所でやってます。ホイートン大学では正教授として、ニューイングランド音楽院では単体で授業をもってます。映画や劇場に行っていた頃、わたしには時間があった。今はそうはしてないですね。わたしの生活は極限まで規律化されていて、制限がかかってます。わたしの楽しみとして欠かせない重要なことからね、つまり数学、音楽、物理です。

BD:あなたは具体的にいうと、何を教えているのですか?

PE:大学院で、数学的体系と重要理論展開の二つのゼミをやってます。実際の作曲に適用する技術と根本原理を取り扱う学問です。ピタゴラス、テアノ、聖アウグスティヌス、ボエティウス(6世紀のローマの哲学者)、ヒルデガルト・フォン・ビンゲン(中世ドイツの作曲家、女子修道院長)を学び、それから音楽における、理論発展に多大な影響を与えた様々な出来事を追っていきます。また学部生に、複数分野にまたがる研究、音楽理論、解析、作曲といった授業もしてます。

BD:それって3人分くらいの仕事量ではないですか? 作曲をどうやって教えるのか、わたしに教えてください。

PE:難しいことですね。本当に作曲を教えてる人は、わずかしか知りません。重要な作曲家になるために必要なことを、わたしたちは教え損ねています。作曲をどんな風に教えられるでしょうか? ある意味、教えられることではないのです。聖アウグスティヌスはこう言ってます。音楽を理解するには三つの手順がある、と。一つは音楽の本質を知ること。次にそれを適用すること。三つ目はそれを判断すること。わたしには、作曲は、音楽に関するあらゆること(理論、曲作り、解析)の背骨となるもののように思えます。その本質を知る必要があります。それからそれを適用するのです。本質を知れば、わたしたちはそれを元にどのようにでも適用することができます。でも作曲には、これと関連する別の要素がいります。想像力、発明・創案力、情報、広い心、充分な知性。こういったものを受け入れる能力ですね。作曲家は人から受け入れられる人間である必要があり、冒険や実験の精神がたっぷり必要です。教師としてできるのは、対比による展開、バランス、技術を得るための指針を提供し、そして自分の経験を話すことくらいでしょうか。

 

 

音楽の目的とは

BD:あなたは思索家だと思うので、ぜひとも聞きたいのですが、音楽の究極的な目的とはなんでしょう。

PE:人類学者たちは、人間の集団において、五つの重要な役割がある、と言ってます。一つはハンター、食べものを配る人。2番目はヒーラー(治療する人)、3番目はシャーマン、あるいは宗教者。4番目は法を定める人、5番目はストーリーテラーでこれは音楽家のこと。わたしたちが生活における必要不可欠なものを考えるとき、音楽はそれなしには人が生きられないものとして定められるんです。音楽はいつも存在します。人間にとっての真の機能なんです。何が歌われいていたとしても、わたしたちはその反映なのです。音楽はそこにあります。何かが動けば、音楽、あるいは音が生まれます。人間はそれを模倣し、それを自分のものにします。

BD:あなたは音楽のこれから、その未来について楽観してますか?

PE:ええ、楽観的です。どんな文化の中でも、音楽は存在していくと思います。まわりを見まわして歴史の一部になっている作曲家について考えてみるとき、存在する者と存在しない者がいるのはなぜなのかと思うんです。いくつかの特例をのぞけば、たとえばの話、歴史は女性の作曲家を無視してきました。そこを生き抜いたものは、たいてい素晴らしいもの、意味あるものだと思うし、おそらくこのようなことは起き続けるでしょうね。

BD:女性の作曲家に対して、今も差別があると感じてますか?

PE:いいえ、ある意味では。アメリカのラジオやテレビが差別をしているとしてもね。そもそも、わたしが思うに、教会こそが女性を差別してきた。教会は人々の生活のあらゆる側面で、ヨーロッパの歴史を押しつけてきました。ヒルデガルト・フォン・ビンゲンはこういった力に抗してきた人です。ドイツ薬草学の祖とも呼ばれるビンゲンは、1098年に生まれ、77曲の聖歌と一つの劇をつくりました。作曲家として、学者として高く評価されていました。クレルヴォーのベルナルドゥス(12世紀のフランス出身の神学者)は、彼女の同時代人であり、ビンゲンを非常に尊敬していました。彼女の音楽についてのわたしの調査、研究では、彼女をしのぐ作曲家はあの時代にいなかったと感じました。今日ではビンゲンはよく知られるようになりましたね。彼女の文献資料は広範囲におよび、各国語に翻訳されてます。彼女の書いたものは研究の対象となり、時代を超えて存在しています。薬学や医学についての本も書いています。またヒルデガルト・フォン・ビンゲン研究の国際組織があり、法律家や作曲家など多様なメンバーが世界中から集まっています。(エスコットは、ビンゲンの国際組織の執行部で活動していた)

 

ヨーロッパ人にアメリカの音楽を売るには

BD:われわれはヨーロッパ人にアメリカの音楽を売ったほうがいい?

PE:そうしたいですね。いろんな理由でできないけれど。ヨーロッパ人は買わないでしょう、なかなか。わたしたちが支持してきたような凡庸なものを買わせるには、彼らの分別が許さない。わたしたちは音楽制作に関して、アメリカのものに誇りがもてていないですよ。ドイツ人を例にとれば、シュトックハウゼンはアメリカの今いる作曲家に相当するような人だけど。でも彼は20ものレコーディングをしている。ここまでにアメリカ人作曲家は彼に洗脳されてきて、ヨーロッパ人にも区別がつかないくらい似てる。シュトックハウゼンはとても著名でしょ。彼がニューヨークに来れば、学生たちは彼に会いたくて群がってる。オーケストラも室内楽団も彼の曲をやりたがる。ここシカゴでは、ラルフ・シャピーがいて作曲を教えてる。わたしはいつも彼はすごい作曲家だと思っていて、でも一部の人をのぞいてほとんど知られてない。だけどヨーロッパでは、肉屋さんでもシュトックハウゼンを知ってるし、ドイツではテレビ、ラジオ、出版物などがすばらしく売れている。わたしは大学院の卒論を4年以上ドイツでやっていたから、あそこではどんな風に音楽が機能してるかわかってるの。ラルフ・シャピーを誰が知ってる? 大学院のわたしの生徒や同僚ですら知らないかもしれない。

BD:ではシュトックハウゼンの成果は、音楽そのものなのか、社会で機能しているだけなのか。

PE:多くは政治的、社会的な関係性でしょうね。ボストンで、ゲーテ・インスティチュート(ドイツ政府による国際文化交流機関)からの電話を受けたことを思い出したわ。シュトックハウゼンがこの地域に来ることになっていて、すべて有料だけど、わたしの機関で彼を呼べると言われたの。ドイツ政府が世界中で彼のツアーをやっていて、あらゆる出費を払っているわけ。ドイツ政府にとって、自分たちが得られる優位性とか成果を考えれば、たいした出費じゃないんでしょうね。

BD:シュトックハウゼンはカゴの鳥みたいに、見せびらかされているんじゃないのかな? あなたはそんな風に連れまわされたくはないでしょ。

PE:さあどうでしょう、でもこういうツアーは非常に実りが大きいんです。

BD:では価値があると?

PE:価値はありますよ。ヨーロッパに行って、こう言いたいですね、わたしたちにはシュトックハウゼンもあれば、ブーレーズも、ベッツィ・ジョラスもありますよって。そういうことを粘り強く言っていきたい、でも支援や後ろ盾してくれるものはここ(アメリカ)ではほとんどない。彼らはアメリカの作曲家について知らないから、爪痕をつけることから始めないと。

 

コンサートに行かない理由

BD:あなたはコンサートに行かないわけで、スコアを手に入れてそれを読むんでしょうか?

PE:コンサートに行かないからといって、何が出てきているか知る妨げにはならないですよ。まったくね。わたしは楽曲を判定する必要に迫られますし、補助金の申請に対して審査することもあります。また作曲家フェスティバルを企画、開催もしてます。2年ほど前に、中国に招かれてそこでレクチャーをしました。そのときに、たくさんのアメリカ人作曲家のスコアに目を通したわね。

BD:でも音楽を耳で聴かずに判断するということが、もう一つわからないですけど。からだの内部で音楽を聴く喜びとは?

PE:スコアを読むことで得られる喜びはありますよ。またコンサートに行かないといっても、家でラジオやレコードを通じて、新しい楽曲を聴きますからね。

BD:じゃあ、音楽を聴くわけですね。

PE:ええ、ホールに足を踏み入れることが嫌なだけです。わたしは人の集団やそれに対するビジネスが好きじゃないのです。すでに知ってる音楽を聴くためにお金を払うこと、たった1時間リハーサルして、スコアを変えて演奏されるものを聴くこと。ばかばかしいコンサートのために、着飾ることもいやですね。

BD:自分のやり方でやりたいと?

PE:自分のやりたい方法で、わたしのできるやり方で。

BD:あなたが今回シカゴまで来てくれて、とても嬉しかったですよ。多忙な生活の中の一部として、あなたが作曲活動をしていることに感謝したい気持ちです。

タイトル画像:ビンゲンの聖ヒルデガルト(『道を知れ』の挿絵)、ロバート・コーガン『whirl…ds I 』の声のソロパート(『ソニック・デザイン:音と音楽の特質』より)、Cazar Truenos – Programa No 53 (23-01-2013) Especial Olga Pozzi Escot

 

ディスコグラフィー

 

インタビューの記事をもっと読む
関連タグ
関連記事