【症例別】クラシック・合唱名曲の処方箋【定番曲から隠れた傑作まで】

コラム(雑学)
[最終更新日]: 2020/02/22
                       

21世紀に生きる私たち現代人は、右も左もストレスだらけ。心を落ち着かせ、いまはやりの「マインドフルネス」みたいに心身ともに癒してくれる、あるいは元気にしてくれる、モチベーションがアップする、そんなおクスリみたいな音楽ってない? と、思っているみなさん。そこで「クラシックの合唱音楽」というおクスリはいかがでしょうか? 副作用もないこの「聴きグスリ」は、必携です。

 

ラター『キャロルよりも甘美な音楽は』

ジョン・ラター(1945-)は現代英国を代表する作曲家のひとりで、世俗・宗教音楽ともに合唱作品を多く書いていることでも知られています。この作品は17世紀の宗教詩人ロバート・ヘリックの『クリスマスキャロル』に、ラターが文字どおり「甘美の極み」なメロディーを授けたキセキのような小品。ラター自身がかつてそうであったように、この心洗われる作品はやはりボーイソプラノに歌ってほしいもの。筆者は、合唱王国としてもその名をはせるイングランドの教会聖歌隊(オックスフォード・ニューカレッジ聖歌隊)によるアルバムを愛聴しています。イングランドの聖歌隊では近年、団員数維持のために「女子」聖歌隊員の採用も増えていますが、基本的には「大人から子どもまで男子のみ」の伝統をいまに伝えています。

対象不安で寝つけない / 心が落ち着かない、とにかく精神的な「安らぎ」を求めている方
効能現代音楽も捨てたもんじゃないと気づき、あらためてその魅力に惹きつけられるでしょう

 

 

ラター『キャロルよりも甘美な音楽は』
演奏:オックスフォード・ニューカレッジ聖歌隊 / 指揮:エドワード・ヒギンボトム

 

シューマン『流浪の民』

ロベルト・シューマン(1810-56)はメンデルスゾーンとともに「バッハ協会」設立に尽力したことでも知られる、ドイツ・ロマン派の代表的作曲家のひとり。オルガン好きの筆者がシューマンの名前を聞くと、つい「4つのスケッチ」とか口走ってしまうところですが、おそらくクラシック界の合唱音楽にあまりなじみのない向きでも一度は聴いたことがある、とっておきの定番曲があります。それが『流浪の民 op.29-3』。原曲はピアノ伴奏付き四重唱曲ですが、混声四部合唱版でもよく演奏されます。なお原題は『ロマの暮らし』くらいの意味ですが、ここを『流浪の民』とあざやかに名訳した石倉小三郎氏はさすが。歌詞はロマたちの夜の酒盛りのようすを歌っています。

対象以前、日本語訳詞でこの作品を仲間とともに歌い、その楽しい思い出にひさしぶりに浸りたい方
効能ふたたび歌うことの楽しさに目覚めるでしょう

 

シューマン『流浪の民』
演奏:東京カンマーコーア

 

モーツァルト『アヴェ・ヴェルム・コルプス』

病弱な妻コンスタンツェの療養のため、温泉保養地バーデンへ赴いたモーツァルト(1756-1791)。当地の合唱指揮者アントン・シュトルはモーツァルトの親友で、コンスタンツェの世話をなにくれとなく焼いてくれました。モーツァルトはそんな彼に心から感謝して、まるで自身の遺言状でもあるかのような珠玉の作品を作曲、献呈しました。それが、わずか46小節しかないこの『アヴェ・ヴェルム・コルプス ニ長調 K.618』です。

弦楽・オルガンの伴奏に混声四部合唱という、きわめて素朴な構成ですが、モーツァルトのみがたどりつけた至高の境地とでも言える最高傑作であり、一度、この旋律を耳にしたらけっして忘れることはないでしょう。筆者は「パリ木の十字架少年合唱団」の来日公演でこの曲の実演にはじめて接したとき、バッハ一辺倒だった価値観をひっくり返されてモーツァルトの偉大さに開眼させられた思い出があります。またチャイコフスキーが『組曲 第4番「モーツァルティアーナ」』第3曲「祈り」にこの曲を転用しているため、チャイコフスキー好きな方もきっと聴き覚えがあろうかと思います。

対象昔の筆者のような、食わず嫌いな「アンチ・モーツァルト」な方
効能モーツァルトのすばらしさがこの小品に凝縮されていることに気づかされ、感動することでしょう。

 

モーツァルト『アヴェ・ヴェルム・コルプス』
演奏:スティーヴン・クレオベリー指揮、ケンブリッジ・キングズカレッジ聖歌隊

 

フォーレ『レクイエム』

ガブリエル・フォーレ(1845-1924)の『レクイエム』とくると、このジャンルの定番中の定番といった印象さえありますが、彼がオルガン奏者を務めていたパリのマドレーヌ寺院で初演されたとき、教会当局から怒りを買ったと伝えられています。それもそのはず、彼は「レクイエム[正式には「死者のためのミサ」]」には不可欠の「怒りの日(Die Irae)」をすっとばしており、そのため「怒り」を買ったとのこと。この点について作曲者フォーレは、「わたしの『レクイエム』は死の恐怖を表現したものではなく、死の子守歌と評されている。わたしにとって死とはまさにそのように感じられるものであり、苦しみというより永遠の至福と歓喜に満ちた解放にほかならない」と反論しています。当時、フォーレ自身もあいついで両親を亡くしており、教条主義的な「怒りの日」のテキストがもはや時代遅れだと直感的に悟っていたのかもしれません。

この作品にはいくつか異なる版がありますが、往年のミシェル・コルボ盤(WPCS-10311)と、ジャン・フルネが1893年改訂版にもとづき日本国内で録音したカメラータの音源(Camerata 25CM-563)が個人的にはお気に入り。有名な「ピエ・イエス」の独唱に、どちらの盤もボーイソプラノを起用しているのが特徴です。とにかくなにも考えず、心を空っぽにして耳を傾けてみてください。

対象「さよならだけが人生だ」と達観しているような方
効能フォーレのこの名曲がこうして聴けることこそ、じつはすばらしいことだとあらためて気づかされるでしょう

フォーレ『レクイエム』から「楽園にて」
演奏:ロバート・シェイファー指揮、ワシントン合唱団 他

 

ヴェルディ『椿姫』から「乾杯の歌」

ジュゼッペ・ヴェルディ(1813−1901)の『椿姫』はヴェルディ40歳の1853年に初演された3幕4場のプリマドンナ・オペラ。日本語タイトルはアレクサンドル・デュマ・フィスの原作小説『椿の花の貴婦人』を踏襲したものですが、オペラのほうの原題La Traviata は、直訳すれば『道を誤った女』くらいの意味になり、当然のことながら主役の娼婦ヴィオレッタを暗示したものとなっています。

「乾杯の歌」は第1幕冒頭、青年貴族アルフレードがヴィオレッタの住む屋敷で開かれたパーティーで、乾杯の音頭をとって皆で歌うという、リクツ抜きで楽しい合唱。『椿姫』じたいを知らなくても、この曲は聴いたことがある、という方はけっこういると思います。19世紀から20世紀にかけては近代オペラ全盛期でもあり、ヴェーバーの『魔弾の射手(初演 1821)』、ヴァーグナーの『タンホイザー(初演 1845)』や『ローエングリン(初演 1850、「婚礼の合唱」が有名)』、プッチーニの『トスカ(初演 1900)』といった傑作がつぎつぎと書かれています。

対象うれしいことがあったので、とにかくお祝いしたい方
効能「ぼっち」でもきっと盛り上がれるでしょう

 

ヴェルディ 歌劇『椿姫』から「乾杯の歌」
演奏:ディアナ・ダムラウ(ソプラノ) / ファン・ディエゴ・フローレス(テノール)/ ヤニック・ネゼ=セガン指揮、メトロポリタン歌劇場管弦楽団 他

 

ヘンデル『ジョージ2世の戴冠式アンセム』から「祭司ザドク」

バッハとタメのヘンデル(1685-1759)は1727年、ウェストミンスター・アビイで挙行されたジョージ2世の戴冠式のために『戴冠式アンセム』を作曲します。作品冒頭で歌われるのが、この「祭司ザドク HWV258」。司祭ザドクは旧約聖書の「列王記」に登場する、ソロモン王に香油を注いだ祭司のこと。この合唱のみ単独で演奏されることも多く、かつてフジテレビ系列で、欧州サッカー連盟(UEFA)チャンピオンズリーグによるアレンジ版がよく流れていたことから、なんか聴いたことがある、という向きも多いと思います。

筆者としては、ケンブリッジ・キングズカレッジ聖歌隊のようなイングランドの聖歌隊の合唱で聴ける音源がおすすめです。

対象とにかく気分をアゲたい方
効能聴くだけで元気チャージができるでしょう

 

ヘンデル「祭司ザドク」
演奏: ウェストミンスター・アビイ聖歌隊

 

オルフ『カルミナ・ブラーナ』

カール・オルフ(1895-1982)はオルフ・システムというリズム教育法や「オルフ楽器」と言われる独自楽器の考案者として知られていますが、クラシック音楽界では劇的三部作『勝利』の1作、『カルミナ・ブラーナ(初演 1937)』の作曲者としてその名を馳せています。

作品名の『カルミナ・ブラーナ』とは、19世紀にドイツ南部オットーボイレン州にある修道院で発見された一連の中世詩歌集のラテン語の呼び名で、和訳すれば『ボイレンの歌』になります。作者は当時のハミダシ学生、通称「ゴリアール」たちだったと言われています。彼らは高学歴のくせに定職に就かず、酒場に繰り出しては論争したり卑猥な歌を即興で作ったりして、世の中に対する憂さ晴らしをしていたアウトサイダー連中でした。オルフはこの歌集から24編を選び、「初春に」、「酒場にて」、「愛の誘い」の3部構成の舞台カンタータに仕立てました。現在では本来の舞台形式ではなく、演奏会形式で演奏されることが一般的です。

この作品でとくに印象的なのは、冒頭と終結に歌われる「おお、運命の女神よ」でしょう。個人的には、ヤケ酒をあおるくらいなら大音量でこの合唱曲を聴いたほうがはるかにストレス発散になるのではないかと思っております。

対象日頃のうっぷんを晴らす、健全なストレス解消法をお探しの方
効能ヤケ酒ではない、楽しい晩酌が待っているでしょう

 

オルフ『カルミナ・ブラーナ』から「おお、運命の女神よ」
演奏:アンドレ・リュウ指揮 / ヨハン・シュトラウス・オーケストラ 他

 

ベルリオーズ『キリストの幼時』から「羊飼いたちの別れ」

失恋し、アヘンを吸ったときの幻覚体験から生まれたと言われる『幻想交響曲 op.14』がつとに有名なエクトル・ベルリオーズ(1803-69)。オラトリオ『キリストの幼時 op.25』の作曲経緯はちょっと変わっていて、当時、楽壇から不当な評価を受けていることにご不満だったベルリオーズが「羊飼いたちの別れ」を名前を伏せて発表したら好評だったため、こんどは正体を明かしたうえで全曲を作った、という逸話が残っています。まんまと作戦が成功したベルリオーズ、「どんなもんだ、こういう路線でもオレは傑作を書けるんだ!」とおおいにご満悦だったようです。

「羊飼いたちの別れ」は、『幻想交響曲』のキレたイメージが先行しがちなベルリオーズが作ったとは思えないほど、静謐そのものの音楽世界がやさしく広がる小さな逸品。作詞もベルリオーズみずから手掛けています。この曲を聴けば、ベルリオーズに対する印象がガラリと変わることまちがいなしです。

対象時間がないので、手っ取り早く「人の歌声」に癒されたい方
効能頭も心もスッキリして、ぐっすり眠れるでしょう

 

ベルリオーズ「羊飼いたちの別れ」
演奏:ケンブリッジ・シンガーズ 他

 

イザーク『インスブルックよ、さようなら』

フランドル、またはブラバント生まれとも言われているハインリヒ[ヘンリクス]・イザーク(1450頃-1517)は、ちょうどイタリア・ルネサンスの大家、レオナルド・ダ・ヴィンチと同時代の人。神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン1世のいたインスブルック宮廷に宮仕えしていた人で、皇帝とともに各地を旅して回っていたコスモポリタンの走りみたいな人でもありました。

この作品は「マクシミリアン1世が外交や戦さのため、愛するこの街を離れる寂しさから書いた」と言われていましたが、じっさいの作者は不明で、ノスタルジーさえ感じさせる旋律もイザークのオリジナルではなく、当時の世俗歌からとったのではないかと言われています。この曲の旋律はのちにルター派のコラールに転用され、バッハも教会カンタータ第97番『わがすべての行いで BWV97』に転用しているなど、後世の音楽家にも影響を与えています。短いながらも、その親しみやすさゆえに広く知れ渡った名曲です。

対象とにかく素朴、シンプルな音楽に心を癒されたい方
効能チロル地方の美しい動画を大画面テレビで鑑賞したい衝動に駆られるでしょう

 

イザーク『インスブルックよ、さようなら(出版 1539)』
演奏:キングズ・シンガーズ

 

文部省唱歌『冬景色』

最後は西洋からではなく、あえて日本の「唱歌」から『冬景色』を選んでみました。この作品は1913年の「文部省唱歌」に収録されたものですが、作曲者不詳、ということになっています。唱歌だけあって児童合唱でもよく取り上げられる一曲であり、また毎年のように来日してくれるオーストリアの小さな音楽大使・ウィーン少年合唱団も来日公演の折に、日本語の歌唱で披露してくれたりします。日本語だか外国語だかよくワカラン国籍不明語が巷にあふれる昨今、たまには「まっとうな日本語」の歌に耳を傾けてみてはどうでしょうか? 日本語の響きの美しさをきっと感じるはずです。

対象本場西洋のクラシックもいいけれど、たまには日本発の日本語による合唱曲を聴いて癒されたい方
効能日本語に対する感覚がスルドクなるでしょう

 

文部省唱歌『冬景色』
演奏:NHK東京放送児童合唱団

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