室内楽とは、少人数で編成される形態のこと。
明確な決まりはありませんが、オーケストラほど大きい編成でもなく、ソロ(一人)より多い編成が室内楽とされています。

オーケストラやオペラに比べると「迫力がない」「地味」と思われがちですが、実は多くの作曲家が名曲を残していて、クラシックを聴く上で外せないジャンルなんです。

当記事では室内楽の基礎知識や偉大な作曲家たちが残した有名曲について、その背景も交えながらご紹介します。より深い理解のうえで名曲を堪能してくださいね。

案内人

  • 笹木さき音楽大学の短期大学部で作曲とジャズピアノを専攻。現在は芸術専門図書館で司書として働く傍ら、ライターとして活動中。

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室内楽とは小編成の音楽

室内楽とは、簡単に言うと『主に楽器だけで演奏される小編成の音楽』です。とは言え、使用する楽器や演奏人数はさまざまなので、何をもって「室内楽」と言えるのか、線引きが分かりにくいですよね。

実は、室内楽が成立した時代と現在とでは音楽を取り巻く環境が変化しているため、室内で演奏する音楽すべてが当てはまるというわけでもありません。

ここからは室内楽の定義や、室内楽が発展してきた時代背景を詳しく解説します。

室内楽の定義

室内楽の定義は、時代とともに変化してきました。
現在は主に『独奏楽器によって構成され、各楽器(パート)が1人ずつの小規模編成の音楽』が室内楽と定義されています。

演奏人数は2~9人程度で、各楽器が対等な関係にあることが室内楽曲の特徴です。そのため、「1つの独奏楽器とピアノ伴奏」という演奏形態は室内楽の範疇に含めないという考え方が一般的です。

室内楽の語源

室内楽の語源となったのは、16世紀中頃にイタリアで使われた『ムジカ・ダ・カメラ』という言葉です。

ムジカは「音楽」、カメラは「宮廷の一私室」を意味します。この言葉の成り立ちから『王侯貴族を中心とする人々が宮廷で楽しんだ音楽』が室内楽の始まりであったことが分かります。

室内楽の隆盛とその背景

広義の室内楽が最初の隆盛を迎えたのは、ルネサンス期のことです。
指導書などが流通したことによって音楽の知識や演奏が広く普及し、それまでは教会などの公的な場所で演奏されていた音楽を家庭で楽しむ場面が増えました。

バロック時代になると貴族が邸内に住み込みの音楽家を置く習慣が根付き、室内楽はさらなる発展を遂げます。

この頃には、音楽は機能面から以下の3つに分類されるようになりました。

  • 教会に適した音楽
  • 劇場に適した音楽
  • 室内で演奏される音楽

室内楽は音楽に造詣の深い人々が聴き手であったため、作曲家たちは一般受けを気にすることなく自由な作品を発表することができたようです。

その後、古典派時代には弦楽四重奏曲の型が完成されて、室内楽は西洋音楽の中心と言ってよいほど重要な位置付けになりました。

室内楽とアンサンブルの違いは?

『楽器だけで演奏される小編成の音楽』を意味する室内楽に対して、アンサンブルは『楽器や人声を含めた2人以上で構成される音楽全般』を意味します。

つまり、アンサンブルというジャンルに室内楽が含まれているということです。

一般的にはオーケストラより少ない人数の演奏形態をアンサンブルと表現します。

ピアノ三重奏の名曲

室内楽の中で最もポピュラーなのが、ピアノ、ヴァイオリン、チェロの編成です。ここからは、ぜひ聴いてほしいピアノ三重奏の名曲を3曲ご紹介します。
ピアノ三重奏の演奏団体には、トリオ・ヴェントゥス、椿三重奏団などがあります。

メンデルスゾーン|ピアノ三重奏曲第1番 ニ短調 Op.49


3曲あるメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲の中でも、最高傑作と言われているのが第1番。ソナタ形式の第1楽章、三部形式でゆるやかな第2楽章、ロンド形式の第3、第4楽章という構成です。

旋律の美しさ・生き生きとした躍動感など、一曲の中でメンデルスゾーンの魅力を存分に感じることができます。

チャイコフスキー|ピアノ三重奏曲 イ短調<ある偉大な芸術家の思い出のために> Op.50


チャイコフスキーが生涯を通じて書き残した室内楽曲は5曲しかありません。この曲はその中でも広く知られていて、チャイコフスキーの代表作として挙げられることもある名曲です。

作曲家でありピアニストでもあったニコライ・ルービンシュタインの死を悼んで創作された作品で、その背景を表わすように悲劇的でダイナミックな情感と切なく優しいメロディが共存しています。

フォーレ|ピアノ三重奏曲 ニ短調 Op.120


フォーレの晩年期の作品です。各楽器の扱う音域は比較的狭く、演奏効果をあまり重視していないように感じられます。

動画の演奏では繊細な憂いが感じられる第1楽章と、伸びやかな旋律の美しさが魅力的な第二楽章が演奏されています。

弦楽四重奏の名曲

弦楽四重奏は、室内楽の中でも特に親しまれている編成と言えるでしょう。2つのヴァイオリンとヴィオラにチェロというたった4つの弦楽器で表現される音楽の奥深さは必聴です。

エベーヌ弦楽四重奏楽団、ジュリアード弦楽四重奏楽団、クァルテット・エクセルシオなど、国内外に多数の演奏団体があります。

ハイドン|弦楽四重奏曲第77番 ハ長調「皇帝」Hob.III:77/Op.76-3


80以上あるハイドンの弦楽四重奏曲の中でも非常に有名な曲です。

動画で演奏されている第2楽章の主題には、ハイドン作曲の現ドイツ国歌『皇帝讃歌』が用いられています。第1楽章と第4楽章がソナタ形式、第2楽章が変奏曲、第3楽章がメヌエットという構成の曲で、全曲を通して親しみやすいメロディが魅力です。

ベートーヴェン|弦楽四重奏曲第9番 ハ長調(ラズモフスキー第3番)Op.59-3


ラズモフスキー伯爵に献呈された弦楽四重奏曲の最終曲で、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の中でも演奏される頻度が高い人気の曲です。

全4楽章の演奏時間は約30分。動画の演奏は第3楽章・第4楽章で、優雅なメヌエットから続くエキサイティングな終楽章では同族楽器ならではの音色の一体感が楽しめます。

ラヴェル|弦楽四重奏 ヘ長調


ラヴェルの弦楽四重奏曲は初期に作曲されたこの1曲のみで、これによって作曲家としての地位を確立したと言っても過言ではありません。

第2楽章には2つの主題があり、片方にリズミカルなピチカート奏法を用いることで対比がより鮮やかに感じられます。全曲を通して、ラヴェルの代表作『亡き王女のためのパヴァーヌ』にも似た優美な気品のある曲想が素敵な一曲です。

バルトーク|弦楽四重奏第4番


ロマン派時代には演奏会で室内楽曲を扱う機会が増え、この曲のように技術的に難しい作品が多く発表されました。

弦楽四重奏第4番はプロの弦楽四重奏団に献呈された曲で、複雑な和音・精妙な技巧がふんだんに盛り込まれています。求められる演奏技術が並のものでないことは、動画を見ただけでお分かりいただけるでしょう。

古典派時代の弦楽四重奏曲と比べると難解ですが、数ある弦楽四重奏曲の中でも名曲と呼ばれている作品です。

五重奏の名曲

五重奏には「弦楽器のみ」「管楽器と弦楽器」「弦楽器とピアノ」など、さまざまな楽器編成があります。

弦楽四重奏に比べると、専門の演奏団体は多くありません。コンサートなどでは、個々に活躍している独奏者が集まって演奏することが多いですね。

モーツァルト|ピアノと管楽のための五重奏曲 変ホ長調 K452


ピアノ、オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴットで演奏される五重奏曲です。動画で演奏されている第1楽章は牧歌的な雰囲気で、繰り返し現れる楽器同士の掛け合いが印象的です。

珍しい楽器編成ですが、後にベートーヴェンが全く同じ編成、同じ構成の曲を作曲しています。創作意欲を駆り立てられるほどに、モーツァルトの五重奏曲の魅力が大きかったということでしょう。


シューベルト|ピアノ五重奏曲「ます」D667


ピアノ五重奏曲は弦楽四重奏にピアノを加えた編成が多いのですが、この曲はヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、ピアノと少し特殊な組み合わせです。

全5楽章の構成で、第4楽章はシューベルトの歌曲「ます」の主題を用いた変奏曲になっています。
シューベルトはどこか陰のある作品が多いイメージですが、この曲は例外で、全曲を通して「軽やか」「明るい」という印象が強い曲です。

ブラームス|クラリネット五重奏曲 ロ短調 Op.115


弦楽四重奏にクラリネットを加えた五重奏です。クラリネットのやわらかな音色と弦楽四重奏の響きの融合が素晴らしく、ブラームスの室内楽曲の中でも指折りの傑作と言われています。

全4楽章から成る曲の構造自体は古典的ですが、主題を発展させていくロマン派らしい性格変奏もあり、一曲の中にさまざまな要素が包括されている印象です。

まとめ

シンプルな編成だからこそ、各楽器の魅力や演奏者の個性が楽しめる室内楽曲。お気に入りの一曲を見つけたら、違う演奏者の演奏をいくつか聞き比べてみるのもおすすめです。