クラシックのコンサートは敷居が高いとよく言われます。

理由はどこにあるのでしょうか。

ポップス音楽と違って、座って静かに聞くというスタイルが大きな原因でしょうか。成り立ちや発祥の地域も異なるわけですから、言語や音楽のスタイルを知らずに聴いても、十全に理解することは難しいかもしれません。よく分からない音楽を座って聴いていれば、寝てしまって、コンサートに来たのに「もったいないことをした」「恥ずかしい行動をしてしまった」という感想が残ってしまいますね。交響曲などは、曲の終わりが分からずに拍手をするタイミングに戸惑ってしまうかもしれません。

周りの静かでエレガント(に見える)観客に劣等感を感じてしまうこともあるでしょう。また、初心者は、定期コンサートのリピーターや、プロ顔負けの音楽知識を持っているあついファン層に委縮してしまうかもしれません。

実際は、クラシックファンはどのような人たちなのでしょう。そもそもなぜ、日本でクラシックが聴かれるようになったのでしょうか。実に不思議なことが多い、我が国のクラシックのあり方について考えてみようと思います。

低迷する需要

まず、クラシック音楽業界の現状についてお話します。一言でいえば、クラシック音楽業界は儲かっていません。ネット上で音楽が聴けるようになってからCDの売り上げは減少していますし、コンサートも完売することはほとんどないようです。特に、室内楽が不人気。歌やソリストといった「スター」のいない地味な音楽であるにも関わらず、出演者数が多くチケットの値段が割高になってしまうからです。

ここでは、 ホール自体が催すコンサートのお値段のつき方についてざっくりと解説します。コンサートを催すには、アーティストの演奏代や交通費、アーティスト以外のスタッフ人件費、広報費などがかかります。ギャラの高い人気アーティストや、団員の多い音楽団、交通費が必要な海外アーティストを招聘するには、より多くのお金がかかります。そのため、必然的にチケットの値段が高くなるのです。

そのうえ、実際には、チケット費用だけではそれらの費用はまかなえません。コンサートの費用以外に、施設のメンテナンスなども必要です。私立ホールは企業が社会貢献として投資をしたり、公共のホールでは補助金をやりくりして運営しています。(海外では募金が重要な運営資金となっているホールもあります。かの有名なカーネギーホールもその一つです。)

なぜ日本で西洋音楽を聴くのか。

はじめの疑問に戻って改めて考えると、日本でクラシック音楽を聴くというのは不思議な行為です。

遣隋使や遣唐使の時代から柔軟に外国文化を取り込んできた歴史があるとはいえ、日本とヨーロッパとでは風土・宗教・建物などが大きく異なります。石の教会でよく響く音楽は、日本の木造建築内では違った響きになったりもするでしょう。日本人がクラシック音楽に初めて触れたのは、明治維新の西洋文化の輸入が始まりと言われています。(織田信長の頃にも多少は流入していたようですが、本格的に取り入れ市民へ普及していくのは明治になってからです。)特に軍楽・教育分野として発展しました。明治4年には、薩摩藩で軍楽隊が発足しています。

教育分野においては、アメリカで洋楽を学んだ伊沢修二とその師メ―ソンが音楽取調掛(後に東京音楽学校を経て、東京藝術大学音楽学部となる)で、尽力しました。彼らは、西洋音楽を積極的に取り入れ、「小學唱歌集」を編纂しました。現在有名な童謡の中に、外国民謡が基になっているものがあるのもこのためです。

ちなみにこの頃ヨーロッパでは、ワーグナーらロマン派の作曲家たちが活躍していました。

このように、軍楽・教育分野を中心とした国の政策の中に取り入れられ、魅力が認められたからこそクラシック音楽は日本に定着したのです。当時の「日本より文明が進んでいる西洋の音楽」という扱いが、今の敷居の高さの根となってしまっている部分もあるのかもしれません。おしゃれをして、かしこまって聴かなければならない雰囲気があるのも、このためでしょう。

コンサートの手軽化

近年、クラシックの敷居を下げる取り組みにおいて、「分かりやすさ」を意識したコンサートが増えています。現代風にアレンジした、字幕付きオペラがその典型的な例でしょう。ドイツ語やイタリア語の歌詞はストーリーがよく分からないことが多いので、字幕をつけ、元の言語の歌を楽しみつつ話も理解できる、アレンジバージョンが新鮮だということで人気を集めています。また、演奏だけではなく学びも得られるという満足感を狙ったレクチャー型のコンサートも増えています。(演奏の技術だけではなく、コンセプトの発想力やトーク力が求められる時代になり、演奏家も大変ですね。)

気軽に聴けるイベントとしては、ランチタイムコンサートやワンコインコンサートも増えています。例えば、平日の11時から500円で聴けるソロリサイタルなど、主婦の方たちが友人と観覧し、終演後のランチと共に楽しめるものもあります。さらにコスト面などを踏まえ、新人のソリストが選ばれやすいようです。新人アーティストにとっても、こうして演奏の機会を利用して、経験を積むことができるのは喜ばしいことです。

ホールの箱を飛び出した、屋外コンサートも企画されています。ホールが、オペラや音楽祭などの大きな舞台を企画する際に、盛り上げるための企画の一つとして屋外で物品販売とミニコンサートが行われます。

近い将来には、くつろいで聴ける小規模なサロンやバーでの演奏も増えてくるかもしれません。クラシック音楽には、ヨーロッパのサロン文化で生まれた曲も多いので、本来の形にあっているといえるのではないでしょうか。

赤坂にあるクラシック専門ライブハウスに筆者も行ったことがあります。食べ物を片手に優雅なひと時を楽しむことができました。日によっては、自由に演奏参加を楽しめるセッションも開催しているそうです。クラシックでセッションは珍しいですが、今後増えていくかもしれません。

体験型の増加

もう一つ、コンサート以外で近年増えているのが、体験型の活動です。

コンサートと関連づけて、リハーサルや舞台裏見学ツアーが企画されています。クラシック初心者だけではなく、クラシックに精通している方も舞台の裏側を見る機会はあまり多くはないので、楽しむことが出来るのではないでしょうか。また、こうしたイベントでは、親子向けのものも多くあります。将来のクラシックファンが増えるきっかけになるかもしれません。コンサートは夜だから行けなくても、昼間の見学イベントなら見に行けるというお母さんも少なくないはずです。

また、一度きりのイベントの他、継続的に参加できるものとして、第九の合唱があります。月に何度か練習に参加し、年末に本番を迎えるというもの。本番があると思うとやる気がわきますし、同じ趣味を持つ人々と知りあうチャンスにもなります。ちなみに年末に第九ブームが訪れるのは日本独特だそうですよ。

終わりに

歴史的な要因があって日本にクラシックが定着したこと、しかしその時の位置づけやコンサートスタイルが独特の敷居の高さを招いてしまったことなどをお話ししました。近年、クラシックファンを増やそうと各地で、さざまな試みが行われています。

クラシックになじみのない方にも、ぜひ足を運んでもらいたいものです。もちろん、もともとクラシックファンだという方も、初心者向けの企画などと思わず、積極的に参加してみてはいかがでしょうか?

【歴史から紐解く】日本の音楽教育のシラナイこと