全国大会3年連続金賞をかけた東京・小平市立小平第三中学校。そして、今回が初出場となった「吹奏楽王国」島根県出雲市の出雲市立第三中学校。同じ「第三」でありながら対照的な2校が直面した壁、そして、夢のステージで得たものとは?

小平三中・澤矢康宏先生と出雲三中・高橋勇気先生に大会を振り返っていただいた。

取材・文

  • オザワ部長世界でただひとりの吹奏楽作家。神奈川県立横須賀高等学校を経て、早稲田大学第一文学部文芸専修卒。在学中は芥川賞作家・三田誠広に師事。 現役時代はサックスを担当。現在はソプラノサックス「ヤマ」(元SKE48の古畑奈和が命名)とアルトサックス「セル夫」を所有。好きな吹奏楽曲は《吹奏楽のためのインヴェンション第1番》(内藤淳一)。

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3年連続金賞の小平三(東京)

小平第三中学校吹奏楽部
©小平第三中学校吹奏楽部

高等学校の部の前日、10月21日に名古屋国際会議場センチュリーホールで全日本吹奏楽コンクール・中学校の部が行われた。

部活動の地域移行問題、教員の働き方改革、コロナ禍など様々な事情で自分たちの望むような練習がなかなかできなかったという声も聞かれる中、「吹奏楽の聖地」に中学生たちのフレッシュな演奏が響き渡った。

通算17回出場の小平三中は松下倫士作品で挑んだ

東京の名門として知られ、通算17回目の出場となる小平市立小平第三中学校吹奏楽部は、課題曲《ポロネーズとアリア ~吹奏楽のために~》と自由曲《夜の来訪者~J.B.プリーストリーの戯曲に基づいて~》を演奏。見事に3年連続金賞(吹奏楽の世界では俗に「三金」と称される)を達成した。ちなみに、この3年間はすべて松下倫士作品で全国大会に挑んでいる。

楽器を始めたばかりの1年生18人もステージに

小平第三中学校吹奏楽部
©小平第三中学校吹奏楽部

顧問の澤矢康宏先生は、「決して楽な道ではなかった」と振り返る。

澤矢先生
「まず大前提として、小平三中では小学校時代に吹奏楽を経験してきた生徒はゼロです。今回も、4月にまったくの初心者から始めた1年生が18人入り、全部員46名で出場しました」

スクールバンドは、毎年のように奏者が入れ替わり、また、学年が変わることで雰囲気やカラーが変わる傾向がある。

澤矢先生
「いままでの小平三中は木管が充実していて金管がややおとなしいという傾向がありました。でも、今年は金管が元気で、木管が大人しかった。松下倫士さんの曲は木管の美しさを出すのが大きなポイントのひとつなので、いかに木管を育てるか、引き立てるかというところで苦労しました」

木管楽器の練習に力を入れるだけでなく、経験豊富な澤矢先生はセンチュリーホールを想定した作戦も練った。

澤矢先生
「まず、木管楽器が座る位置をできるだけ客席側に設定しました。それから、上に向かってしっかり吹くように心がけさせました。金管楽器はひな壇の上にいるからいいのですが、木管楽器の位置から正面に吹くと、音は1階席の後方に吸い込まれていく可能性があります。きちんとホール全体に音を届けるため、『2階席、3階席に向けて吹くように』と生徒たちに伝えました」

不利な条件を克服しての金賞獲得

※イメージ

当日は午前の部の3番で、演奏開始時間は9時30分。そのために3時20分から練習を開始した。

澤矢先生
「早朝なのでどうかなと思いましたが、生徒たちは元気よく演奏してくれました。本番も同様に良かったと思います。今年は明るい雰囲気の子が多かったので、テンションを高めて本番に臨めたのではないかと思います」

表彰式で部員たちは、いつも練習で頭に巻いている白いはちまきを長くつなぎ合わせ、それを握って結果を待ち構える。

「ゴールド金賞!」

そのアナウンスが会場に響いたとき、「キャーッ!」という歓声が上がった。朝早い出番は不利だと言われるが、それを跳ね返して3年連続12回目という最高の結果を勝ち取った。

「思い切ってやっちゃれ」と初出場した出雲三(島根)

出雲市立第三中学校
©出雲市立第三中学校

島根県出雲市は「吹奏楽王国」と呼ばれ、中学校の部で最多出場記録を持つ出雲市立第一中学校をはじめ、出雲高校、出雲北陵高校、出雲商業高校など全日本吹奏楽コンクールや全日本マーチングコンテストで活躍する学校が多数存在する。市内に吹奏楽の全国大会経験者がゴロゴロいるのは、日本中を見ても出雲市ぐらいかもしれない。

予想外の全国大会出場で戸惑いも……

今年も全日本吹奏楽コンクール・中学校の部に出雲一中、出雲三中、大社中、高等学校の部に出雲北陵高校という4校が出場した。

そのうちの出雲三中(出雲市立第三中学校)だけは初出場だった。課題曲は《レトロ》、自由曲は《学校へ行こう!〜「ウェストミンスターの鐘」による幻想曲〜》(高昌帥)だ。

顧問の高橋勇気先生はこう語る。

高橋先生
「自分自身、指導者としても奏者としても全国大会に出るのは初めてでした。子どもたちも中国大会金賞を目指していたので、全国大会出場が決まったときは大喜びしていましたが、『本当に10月下旬の全国大会まで頑張っていかれるのか』というプレッシャーや不安を感じていたと思います」

全国大会経験者が口を揃えて言ったのは……

※イメージ

9、10月は学校行事が目白押しだ。吹奏楽部として予定していた本番もある。そこに想定外の「全国大会」という大イベントが入ってきた。目まぐるしい日々の中で、どうにかほかの行事と折り合いをつけながら練習をしていった。

高橋先生
「もちろん、全国大会に出られる嬉しさは大きかったですし、子どもたちは名古屋で2泊できること、CDなどでしか聴いたことがない強豪中学校の演奏を生で聴けることなどを楽しみにしていました」

市内に多数いる全国大会経験者からもたくさんのエールをもらったと高橋先生は言う。

高橋先生
「みなさんが口を揃えて言うのは『思い切ってやれ』ということでした。緊張で縮こまったりせず、かといって奇をてらったりもせず、自分たちが積み重ねてきた音楽を全力でやればいいんだと。なので、自分も子どもたちに『ミスはあるかもしれんけど、本番は思い切ってやっちゃれ』と伝えました」

全国大会は暖かい場所だった

出雲市立第三中学校
©出雲市立第三中学校

45人で出場した夢の全国大会本番は、確かにミスもあったが、コンサートのような雰囲気で演奏することができた。

高橋先生
「清々しい演奏だったと思います。それと、全国大会がすごく温かい場所なんだということがわかってよかったです。会場では最初にイベントホールという音出しの場所に入るんですが、入り口で役員の方が『全国大会へようこそ』と言ってくださったのが印象的でした。そこではいろいろな学校が準備をしているんですが、お互いにリスペクトが感じられましたし、本番でも客席から『よくここまで頑張ってきたね』という優しいまなざしや拍手を感じました」

審査結果は銅賞だった。しかし、先につながる多くの収穫があった大会だったと高橋先生は振り返る。

高橋先生
「全国大会に出たことで、『高校でも吹奏楽を続けたい。高校でも全国大会に行かれるように頑張りたい』という3年生が増えました。1、2年生も全国大会で金賞をとった生駒中学校(奈良)や酒井根中学校(千葉)の演奏がすごく刺激になったようで、『来年もまた行きたい』と言っています。そのために何をしたらいいのか、何が必要なのか、子どもたちと一緒に考えていきたいと思います」

努力によって夢を叶え、夢の時間が次の努力につながる。出雲三中の今後が楽しみだ。

※2023年度吹奏楽コンクールの結果はこちら▼