春は高校野球のセンバツ甲子園が行われるが、吹奏楽でも「センバツ」が行われる。全日本高等学校選抜吹奏楽大会だ。プレッシャーを跳ね除けて3連覇を果たした浜松聖星高校吹奏楽部の音楽監督・土屋史人先生が、栄冠に至るまでの苦しい道のりを語ってくれた。

取材・文

  • オザワ部長世界でただひとりの吹奏楽作家。神奈川県立横須賀高等学校を経て、早稲田大学第一文学部文芸専修卒。在学中は芥川賞作家・三田誠広に師事。 現役時代はサックスを担当。現在はソプラノサックス「ヤマ」(元SKE48の古畑奈和が命名)とアルトサックス「セル夫」を所有。好きな吹奏楽曲は《吹奏楽のためのインヴェンション第1番》(内藤淳一)。

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卒業した3年生との合流。浮き彫りになった1,2年生の課題

浜松聖星高校吹奏楽部
浜松聖星高校吹奏楽部

第36回全日本高等学校選抜吹奏楽大会は3月24日、アクトシティ浜松 大ホール(静岡県浜松市)で開催された。

高校3年生はすでに卒業式を終えているが、浜松聖星高校は3年生も含めた全部員で出場した。

その事情を土屋先生はこう語る。
「2023年度の部員数は62人。全員合わせても1、2年生で出場してくるほかの学校より少ないこともあり、3学年で出場しました。また、ここ最近は3年生にとって選抜大会が最後の演奏機会となっています」

浜松聖星高校の3年生には選抜大会が門出のステージにもなっているわけだ。しかし3年生はそれぞれが卒業後の進路の準備などもあるため、2月上旬の定期演奏会の後は部活には来なくなる。

もっとも苦しかったのはその時期だった。
「1、2年生だけになったとき、いかに3年生に依存していたのかがはっきりわかりました。こんなにできなかったのか、と。そこからは本当に四苦八苦でした。演奏の技術はもちろん、意識も高めないといけない。ここで踏ん張れるかどうか、部員たちにとっても私にとっても大変な日々が続きました」

1、2年生の中でも危機感が募り、それがきっかけになって急激に成長した、と土屋先生は言う。
「3年生が部活に戻ってきたのは選抜大会の1週間前ですが、3年生が合奏に入ると、成長したと思っていた1、2年生にまだまだ足りないものがあるとはっきり見えました。そこで、残された時間で3年生に後輩たちを引っ張り上げてもらいました」

大トリで迎えた本番

浜松聖星高校吹奏楽部
浜松聖星高校吹奏楽部

ギリギリの状態で本番を迎えた浜松聖星高校。大会には全日本吹奏楽コンクールの常連校を中心に16校が出場した。

浜松聖星高校の出番は大トリの16番。まず1曲目に《76本のトロンボーン》で華々しくスタートし、2曲目は全日本吹奏楽コンクールで銀賞を受賞した西村朗作曲《秘儀IX(アスラ)》を演奏した。

浜松聖星高校吹奏楽部
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浜松聖星高校にとって西村朗は、委嘱作品《秘儀V 〈エクリプス〉》の作曲など縁が深かったが、2023年9月に逝去。哀悼の思いを込めて《秘儀IX(アスラ)》を演奏し続けてきた。

「奥深い曲なので、選抜大会でも《秘儀》という曲の持つ力を表現できているかなと確信が持てないところがありました。ただ、審査員からは『素晴らしい世界観に感動した』といった高評価をいただけました」

浜松聖星高校吹奏楽部
浜松聖星高校吹奏楽部

そして、最後に、1月に大地震の被害を受けた能登半島に向けて《花は咲く》を演奏。観客も声を合わせ、ペンライトを振りながら一緒に歌った。

浜松聖星高校吹奏楽部
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3年連続のグランプリ受賞

浜松聖星高校吹奏楽部
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表彰式で発表された審査結果は、3年連続となるグランプリ(および浜松市長賞、ゴールデン賞、ヤマハ賞)。部員たちは歓喜に沸いた。

「何かの間違いじゃないかと思いました。自己分析するなら、浜松という地元で、アクトシティ浜松も定期演奏会を開催するなどよく知っているホール。また、選抜大会も連続して出場しているため、そういった有利な条件があったと思います」

土屋先生は謙遜するようにそう語った。

だが、きっと限られた時間で力をつけた部員たちの頑張りや、技術力も表現力も増している浜松聖星高校のバンドとしての成長も3連覇の原動力になったことだろう。

「グランプリをとっても驕った気持ちにならないよう指導はしていますが、やはり部員たちの自信にはなっているようです。あれだけの強豪校が揃った中での1位という結果が今後につなってくれることを願っています」

次に目指すは全日本吹奏楽コンクールの頂点!

浜松聖星高校吹奏楽部
浜松聖星高校吹奏楽部

新年度、1年生が31人も入部し、全部員で68人になった浜松聖星高校吹奏楽部。ヤマハや河合楽器製作所、ローランドなどの音楽メーカーが集中し、アマチュアの音楽活動も盛んな「音楽の都」浜松市で、高校の吹奏楽シーンを牽引する存在だ。

吹奏楽界で最大規模のコンクールである全日本吹奏楽コンクールには10回出場。2015年以降は連続出場が続いているが、実はまだ金賞を受賞したことがない。

「選抜大会で得たことを活かして、今年度はぜひ金賞をとってみたいですね。まだ課題曲も自由曲も決まっていないので、これから悩みながら選んでいこうと思っています」

卒業した先輩たちから受け継いだもの、選抜大会での経験、新入部員たちがもたらすフレッシュな力——それらを結集し、浜松聖星高校は全日本吹奏楽コンクールの頂点を目指して動き始めている。