昨秋の全日本吹奏楽コンクールで10年ぶりの復活、そして金賞を受賞した「幕総(まくそう)」こと幕張総合高校シンフォニックオーケストラ部。今度は全日本アンサンブルコンテストでもクラリネット5重奏が金賞に輝いた。出場した部員たちと顧問の伊藤巧真先生にその裏側を聞くと……?

取材・文

  • オザワ部長世界でただひとりの吹奏楽作家。神奈川県立横須賀高等学校を経て、早稲田大学第一文学部文芸専修卒。在学中は芥川賞作家・三田誠広に師事。 現役時代はサックスを担当。現在はソプラノサックス「ヤマ」(元SKE48の古畑奈和が命名)とアルトサックス「セル夫」を所有。好きな吹奏楽曲は《吹奏楽のためのインヴェンション第1番》(内藤淳一)。

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高校吹奏楽三大大会のひとつ「アンサンブルコンテスト」金賞受賞

幕張総合高校シンフォニックオーケストラ部
©幕張総合高校シンフォニックオーケストラ部

アンサンブルコンテストとは、3〜8名の奏者による少人数の演奏=アンサンブルの演奏で競うコンクールの一種。毎年冬に各地で予選が始まり、年度末の3月下旬に全国大会である全日本アンサンブルコンテストが開催されている。

全日本吹奏楽連盟が主催する全日本吹奏楽コンクール、全日本マーチングコンテストと並ぶ、いわゆる「三大大会」のひとつだ。

2023年度は、2024年3月20日、群馬県の高崎芸術劇場で開催された。

幕張総合高校はクラリネット五重奏チームが東関東代表として全日本アンサンブルコンテストに出場した。出場順は19番目。全22団体が多彩な編成で演奏を繰り広げる中、西村朗作曲《樹霊II 5本のクラリネットのための》を深みのある音楽性とともに奏で、見事金賞を受賞した。

メンバー選抜にかけた想い

幕張総合高校シンフォニックオーケストラ部
©幕張総合高校シンフォニックオーケストラ部(右端:須貝美咲さん)

幕張総合高校のクラリネット五重奏チームは3年生1人、2年生1人、1年生3人(※学年は2023年度のもの)という構成だった。

たったひとりの3年生として、卒業式も終わった後で全国大会のステージに立ったのは、副部長も務めた須貝美咲さん。1、2年生のみで出場する学校もある中、須貝さんを起用した理由を顧問の伊藤巧真先生はこう語る。

「まず、今回は昨年亡くなられた西村朗先生の作品を取り上げたいという思いが最初にありました。《樹霊II 5本のクラリネットのための》という曲を取り上げるにあたり、須貝は人間的にも素晴らしく、音楽や楽器に熱く、後輩思いだったので、『後輩たちを育てる意味で力を貸してくれないか』と頼みました」

ほかのメンバーの選抜には須貝さんから意外なリクエストがあったという。

「須貝は『まだそんなにコンクールなどの大きなステージに立っていない子のほうがいい』と言うんです。今後の幕総を引っ張っていけるような可能性を育てたい、と。まるで指導者みたいな視点ですよね」

その結果、1年生が3人も選ばれることになった。しかも、2人は全日本吹奏楽コンクールのメンバー55人に入っていなかった。

突きつけられるレベルの差

幕張総合高校シンフォニックオーケストラ部
©オザワ部長(左から伊藤先生、山本さん、堀川さん、麻生さん、岩脇さん)

その2人のうちの1人、堀川凛さんはこう語る。

「高校に入ってから吹奏楽コンクールやアンサンブルコンテストに出るのは今回が初めてでした。《樹霊II》は曲の理解が難しく、技術面と精神面の未熟さを痛感しました」

もう1人の麻生咲菜さんも、堀川さんと同じ思いだった。

「私は入部してから部内で特別うまいということはなかったのですが、伊藤先生と須貝先輩がアンサンブルのメンバーに選んでくださって。最初は技術的に全然追いつけなくて、コンクールに出ていた人たちとレベルが違い、大変でした」

残る2人、全日本吹奏楽コンクールを経験している1年生の山本姫奈さんと2年生の*岩脇伶南さんも、決して充分な実力を持ってメンバーになったわけではなかった。
※「脇」は右側が「刀」3つ

「最初に《樹霊II》を聴いたとき、ぶっちゃけどういう曲かよくわかりませんでした」(山本さん)

「まず、自分がアンサンブルのメンバーに選ばれるとはまったく思っていなくて。曲も、ヘテロフォニー(複数の楽器が基本的に同一のメロディを演奏しながらも、それぞれがずれのあるメロディやリズムで演奏する形態)が難しかったです。5人で曲を合わせてみても、自分の演奏が正しいのかどうかわからない状態でした」(岩脇さん)

伊藤先生いわく、須貝さんを除いた4人は「普通の人たち」。ところが、そんな「普通」の4人が大きく成長し、なんと全国大会出場を決めてしまったのだから驚きだ。

「技術的にも経験的にも飛び抜けた須貝をいかにほかの4人と調和させ、最終的には全員が個々に際立つ演奏ができるように持っていくのが大変でした。東関東大会を抜けられたのは楽曲の持つ力が大きかったと思いますが、5人が本当の意味で力をつけてきたのは全国大会の1〜2週間前だったと思います」

「先生の言うことは聞きません!」後輩の成長を信じたリーダー

幕張総合高校シンフォニックオーケストラ部
©幕張総合高校シンフォニックオーケストラ部

本番の直前まで力のばらつきが目立っていたという幕張総合高校のクラリネット五重奏チーム。特に苦しんだのはリーダーの須貝さんだった。

「『このままだと失敗して悔いの残る演奏になるんじゃないか』という焦りから私の前で大泣きしたこともありました。あまりに須貝の思いが強いので、後輩たちもついていくのが難しくなっているのがわかり、私は一度叱ったことがありますが、須貝は私に逆ギレしてきまして(笑)。実は、その前にも『伊藤先生は全日本アンサンブルコンテストで金賞をとったことがないので、先生の言うことは聞きません!』と言われたこともあり(笑)。須貝はそんな芯の強さがある部員でした」

実は、その伏線は吹奏楽コンクールのときにあった。2023年度に伊藤先生がテーマとして掲げていたのは「自分の翼で飛ぶ」ということ。指揮者やエースプレイヤーに頼るのではなく、それぞれのメンバーが自分の技術や音楽性、「こうやって演奏したい」という表現欲に従って自発的に演奏する、ということだ。まさにそれを体現していたのが須貝さんであり、彼女は全日本アンサンブルコンテストでも同じように「自分の翼で飛」ぼうとしていたのだ。

そして、全国大会を目前に、後輩たちもそれぞれに「自分の翼で」羽ばたけるようになった。後輩たちの成長を信じ、我慢して指導を続けた須貝さんの努力が実った。

「練習していくうちに曲のこともわかり、技術もついてきて、自分らしさを表現できるようになっていきました。アンサンブルとはこういうものなんだ、ということもわかってきて……」

岩脇さんは自身の成長をそう語った。

翼を手に入れた5人の演奏

全日本アンサンブルコンテスト当日、5人は晴れ晴れしい表情でステージに立った。《樹霊II 5本のクラリネットのための》の演奏が始まったが、伊藤先生は「5人に気持ちのゆらぎのようなものが感じられるな」と思ったという。

それには理由があった。本番直前、舞台袖で出番を待っているとき、ここまでの道のりを振り返った5人は感極まってしまい、その状態でステージに出てきていたのだ。それが演奏にも出ていた。

また、曲の中盤にはミスも出た。1年の山本さんがこう振り返る。

「私のソロがあったんですけど、出だしのところで自分でもびっくりしちゃうほど失敗をしてしまって……。でも、そのことで逆に気持ちが落ち着いたというか、練習してきたことを思い出して、この5人で吹ける喜びを感じながら楽しんで残りを演奏できました」

山本さんの演奏の失敗に対して、同期の麻生さんはこう語った。

「『あ、ミスしちゃったな!』と逆に面白かったです(笑)。終わった後も『元からああいう曲だもんね』とミスしてなかったということにしていました」

気持ちが揺らいでいても、ミスがあっても、前向きに明るく受け入れながら最後まで演奏をまっとうする。それができたのは、トータルで質の高い音楽ができていたから。そして、ひとりひとりが「自分の翼」を持ち、全員で飛べていたからだろう。

「普通の人たち」から「すごい人たち」へ

幕張総合高校シンフォニックオーケストラ部
©幕張総合高校シンフォニックオーケストラ部(右端:須貝さん)

審査の結果、幕張総合高校のクラリネット五重奏は見事に金賞を受賞。須貝さんの卒業と卒部に華を添えた。

伊藤先生は改めてこう語った。

「金賞というものは、とろうと思ってとれるものじゃないし、とりにいくものでもない。音楽の本質に触れようとしたとき、勝手に近づいてくるものなんだなと思いました」

先生が「普通の人たち」と呼んだ4人は、いつしか「すごい人たち」に変わっていたのだった。

すでに2024年度がスタートしている。須貝さんが残したもの、そして、4人が獲得した結果や経験、自信、音楽性などを力に変えて、いま、幕張総合高校シンフォニックオーケストラ部は新たな翼を手に入れようとしている。