春は新入学シーズン。みなさんは小学校に入学したとき、教科書やノート、体操着に上履きに…それとなにか「楽器」を配られたことはありませんでしたか? そうです、俗に「縦笛」と呼ばれる「リコーダー」! かつては小学校音楽教育で必修だったため、なかにはイヤイヤ練習した、という思い出をお持ちの方もいらっしゃるかも。でもリコーダーと聞いて、「え、あれって子どもの吹く笛じゃないの?」という返しは、じつはトンデモない話。

リコーダーはれっきとしたクラシック音楽の楽器。正確に言えばクラシック音楽と呼ばれる時代よりもっと古い「古楽」と呼ばれるルネサンス音楽時代から、バッハやテレマンの活躍した盛期バロック音楽時代まで、アンサンブルになくてはならない木管楽器の花形でした。今回は、このリコーダーにまつわる深~いお話をすこしだけご紹介する前編。

リコーダーは「鳥に歌を教える」ために発明された?!

英語辞典の最高峰と言われる、『オックスフォード英語辞典(The Oxford English Dictionary、通称OED。リンク先はオンライン版)』。そのOEDで動詞のrecordの項目を見ると、「(ある歌や旋律を)練習すること。後代の用法では、鳥についてのみ使用、とくに(c 1580-1620)=(ある旋律を)歌うこと、さえずることの意」とあり、鳥に歌を覚えさせるための道具、というのが現代に通じるリコーダーの始まりとか。現代英語のrecordにはこちらの「鳥に歌を覚えさせる」という意味は消滅していますが、語源的にはもともとrecordはラテン語から派生した古フランス語recorderであり、結果としてそれがそのまま楽器名として残った、ということになり、もっとも古い用例は13世紀ごろまでさかのぼると言われています[古い英語動詞recordの「心に留めておく」という原義は、もともとジョングルールと呼ばれる吟遊詩人との関連で生まれた意味だったようです。彼らがアンチョコを持たず、ひたすら「暗誦」してレパートリーを披露していたことの連想からでしょう。なおOEDには「廃語」として、「[鳥のように]歌う、さえずる」意味も載せています]。またCDのライナーとかで「ブロックフレーテ」とか「フリュート・ア・ベック」とか表記してあることもありますが、いずれもおなじリコーダーのドイツ語名とフランス語名になります。

雑学はさておき、17世紀にはそのリコーダーを使って、小鳥たちに歌を覚えさせることがなぜか(?)イングランドで大流行。ときの国王チャールズ2世までこの趣味に夢中になっていたという話もあるくらいの人気ぶりで、この「小鳥愛好家たち」を指してバード・ファンシアーズ(bird fancyers)なる新語まで生まれたほど。1717年には『バード・ファンシアーズの楽しみ』という、小鳥に歌を教えるために書かれた44の小品と、そのやり方を説いた教本のような曲集も出版されています。

『バード・ファンシアーズの楽しみ』から「カンツォーナ」[リコーダー:レネー・クレメンチッチ / チェンバロ:クリスティアーヌ・ジャコテ]

世界最初のリコーダー曲集、ファン・エイクの『笛の楽園』

リコーダーという楽器にとって最初の黄金時代と言えるのが、15、16世紀のルネサンス音楽時代。なかでもオランダの音楽家ヤコブ・ファン・エイク(1590頃-1657)が傑出しています。彼は生まれながらの盲人でしたが、ユトレヒト大聖堂のカリヨン奏者であり、またユトレヒト全域の釣鐘と時計チャイムの監督も務めていた人。リコーダー演奏家としても秀でており、彼の編み出したリコーダー調律法は現代でも使用されています。

そんなファン・エイクの編んだ2巻のリコーダー曲集『笛の楽園(1646, 1649, 1654, 1656)』は、ひとりの作曲家がリコーダーという木管楽器のために編曲した曲集としてはクラシック音楽史上最大級にして最古の資料。ジョン・ダウランドの歌曲「涙のパヴァーヌ」をはじめ、当時の流行歌や舞曲、詩編歌、ファン・エイク自身のカリヨン独奏曲をリコーダー独奏用に編曲した151の小品が収められています。

教会オルガン奏者で高名な音楽理論家でもあったミヒャエル・プレトリウスは大部の著作『音楽大全(1617)』の第2巻で、全9種類のリコーダーに関する記述を残しており、それによると長さ14cmの小型リコーダーから、長さ2mもの大型低音リコーダーについて書いています。当時、リコーダーはヴィオール族やチェンバロといった他の楽器と組んでアンサンブルとして演奏されることが一般的で、目的に応じて小型から大型のリコーダーを使い分けていたようですが、プレトリウスの記述は「リコーダーのみのアンサンブル」という形態がすでに存在していたことを示唆しているとさえ感じられます。

ヤコブ・ファン・エイク『笛の楽園』から、「涙のパヴァーヌ」[リコーダー独奏:ヘールト・ファン・ヘーレ]

「横向きの笛」、フルートとの競合時代に生まれた珠玉の名曲

さて、ルネサンス音楽後半期の16世紀になると、リコーダーに強力なライバルが登場します。それが、「横向きの」と断りの入った呼び名を持つ笛。17世紀ごろまではたんに「フルート」と言えばリコーダーを指していたことから、こちらの新顔は「横向きに構えて演奏する笛」という意味の「フラウト・トラヴェルソ[イタリア語]」、「クヴェアフレーテ[ドイツ語]」、「フリュート・トラヴェルシエール[フランス語]」と呼ばれました。

リコーダーもフルートもしばらく共存共栄といった状態でしたが、17世紀後半になって横向きのフルートにすべての半音が出せるキーが取り付けられた改良型が普及するようになると、出せる半音の制限があり、音量的にも限界のあるリコーダーは18世紀後半には完全にフルートに取って代わられます。しかしながらリコーダーもバロック時代に改良が施され、それまで一本の円筒形の木管にすぎなかった楽器も3分割式になり、また形状も現代の楽器のように先細りの円錐形に。この改良のおかげでソプラニーノリコーダーなど、高音域のリコーダーでは輝かしい澄んだ倍音の響きが生まれ、たんなる合奏用ではなく、独奏楽器として使用されることが多くなりました。

【楽器奏者に聞く】初心者のための楽器上達方法【フルート編】

フルートとの競合時代に入ってからもルネサンス音楽期と変わらず、当時の名だたる音楽家たちがこぞってこの改良されたバロックリコーダーのために曲を書いています。フルートの名手だったフランスのジャック・オトテールもリコーダー曲を書いており、ジャン=バティスト・ルイエ・ド・ガンやヘンデル、テレマン、そしてバッハも、リコーダーの活躍する作品を残しています。ヴィヴァルディも『リコーダー協奏曲』を7曲、残しています。

バッハでリコーダー、とくると、『ブランデンブルク協奏曲 第2番 ヘ長調 BWV1047』、『同第4番 ト長調 BWV1049』などの合奏協奏曲がよく知られた存在ですが、教会カンタータにもさりげなくしかし効果的にリコーダーが使用された作品が20曲ほどあり、また晩年の傑作『マタイ受難曲』にもリコーダーが登場します。

筆者が個人的に好きなのは、バッハがまだ22歳、ドイツ中部の帝国自由都市ミュールハウゼンの聖ブラジウス教会のオルガン奏者だったときに作曲したと言われる教会カンタータ『神の時こそ最上の時 BWV106』の出だしの「ソナティーナ」。2本のリコーダーによって演奏される主旋律の、死者の浄福を描くかのようなあまりの美しさには、ただただ感動するのみです。

バッハ『ブランデンブルク協奏曲 第2番 ヘ長調 BWV1047』から[演奏:フリーデマン・インマー(バロックトランペット)、イサベル・クライネン(リコーダー)、カタリナ・アルフケン(バロックオーボエ)、ゴットフリート・フォン・デア・ゴルツ(バロックヴァイオリン)]

バッハ『教会カンタータ 第106番「神の時こそ最上の時」 BWV106(1707)』から「ソナティーナ」[演奏:ピーター・ヤン・ルーシンク指揮 / オランダ・バッハ・コレギウム]

>あなたの知らない「リコーダー」の世界【後編】