打楽器は決して縁の下の力持ちではありません。ブラスバンドでもオーケストラでも、打楽器を担当された方ならば、この楽器がどれだけ素晴らしい魅力を持ち、重要な役割を果たしているか、おわかりいただけるでしょう。
私はオーケストラで打楽器を担当してきました。その体験をもとに打楽器の6つの魅力を皆様にお伝えします。
親御さんならば、お子様が学校でブラスバンドやオーケストラに入って、花形の旋律楽器を担当したかったのに、先生から打楽器を担当してくれと言われても、がっくりしないでください。この一文をお子様と一緒にお読みください。新しい世界が開けることを理解いただけるでしょう。

1. 打楽器はともかく目立つ

打楽器の音というのはともかく目立ちます。ティンパニ、大太鼓、小太鼓、シンバルといった、いかにも目立ちそうな楽器だけではありません。
トライアングルの音など、小さければ小さいほど全オーケストラの分厚い響きを軽々と飛び越えて客席に届きます。
管弦楽器のように他の楽器の音と溶け込んで響きを作るのではなく、打楽器単独で直接に聴衆の耳に飛び込んでくるのです。

2. 打楽器は指揮者の一歩前を行く。

打楽器には様々な種類がありますが、叩けばすぐ音が出る楽器だけではありません。ティンパニでも大太鼓でも、叩いてから楽器が鳴り響くまで微妙な時間差があります。シンバルはなおさらです。思いっきり叩いても、そこからあの響きに至るまでには時間がかかります。いわんや銅鑼に至っては、叩いた音が共鳴し分厚い音の塊となって立ち上がるまで、大きな間が空きます。打楽器奏者は、そのわずかの時間差を体で覚えて、指揮者が音の出だしを示すほんの少し前に叩き終わっているのです。ただでさえ目立つ上に、指揮者の一歩前を行かなければなりません。
打楽器奏者の目線で言えば、打楽器こそ指揮者に先んじてオーケストラやブラスバンド全体をリードしているのです。指揮者は、打楽器が自分の思うところで音を出してくると信頼して、その瞬間に向けて指揮棒を振り下ろしているのです。
(これはあくまで打楽器奏者としての主観的な感覚です。「そんなのは違う!」とおっしゃる指揮者もおられるでしょう。どうかお許しください。)

3. ともかく覚悟と度胸

いざというときに覚悟を決めて一歩前に出るのが打楽器の役割です。オーケストラのコンサートで水上の音楽を演奏した時です。私はティンパニの担当でした。あのトランペットとティンパニが華やかに鳴り渡る曲のハイライト。
ところがその直前に演奏が乱れて危うく止まりそうになりました。私は覚悟を決めてティンパニの第一打を思いっきり叩き込みました。トランペットも呼応して一気に曲が盛り上がりました。あとで指揮者から「ありがたかった。あの時のティンパニの一撃で救われた。君を見直した。」と感謝されました。
他の奏者からも「あれはよかった。その前に曲が乱れていても、あの一発を聴衆は聴いて、注意がそちらに向くからその前の乱れなど忘れてしまうんだよ。」と口々に褒められました。「もっとも、ちょっと音程が狂っていたよ。」とも言われました。私がティンパニを練習し始めて、まもない時のことでした。

4. 掛け持ちの忙しさこそ打楽器奏者の誇り。

曲によって、打楽器奏者は何種類もの楽器をとっかえひっかえ担当します。いわんや練習の時など、人数が必ずしもそろっているわけではありませんから、なおさらのことです。

ドビュッシーの小組曲という可愛らしい曲があります。打楽器はティンパニのほか、トライアングル、シンバル、タンバリンも使います。
練習の時には私1人しかいませんでした。トライアングルを譜面台に吊るし、シンバルは合わせシンバル(2枚を打ち合わせる普通のシンバル)とサスペンデッドシンバル(ホルダに固定してバチで叩く)の2種類を用意しました。タンバリンも机に置いて用意しました。
そして、2曲目「行列」ではトライアングルを可愛らしく叩き、次に、シンバルをティンパニのバチで叩き、最後の盛り上がりではティンパニを力強く叩きながらここ一発ではその同じティンパニのバチでサスペンデッドシンバルを叩き、最後にはティンパニのロールで終わりました。
4曲目「バレエ」では、まずタンバリンが生き生きと先導します。シンバルを二本のバチで「タッタタ、タッタタ」とリズムを刻む。シンバルの特性で、音が重なり合い響き合って連続音になります。そして、要所では合わせシンバルを思い切り打ち鳴らし、さっと机に置いてティンパニをうち鳴らす。そんな曲芸みたいなことをやってみました。

もちろんそんなやり方では、1部の音が演奏できないときもあります。ともかく、曲の感じで大事なところがしっかり演奏できれば、多少細かなところは捨ててかかるしかありません(重要性の原則?!)。本番にはティンパニについては慣れた人に来てもらいましたが、他の打楽器は全部私が担当して取り替えながら演奏しました。こういうのは、見ている方にとっては結構見栄えがするもので、「あの人大変ね。」とお客様がおっしゃっていたそうです。そう言われるのも打楽器奏者の誇りです。

5. 待てば待つほど光り輝く。

曲によっては、ひたすら待ち続けてたった一発、二発ということもあります。
特にシンバルです。
ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」
シンバルは第4楽章の途中でたった一回、それも木管などの旋律がたゆたっている中で、さざ波のように響いて、あっと思った瞬間には消えていきます。
サンサーンスのピアノ協奏曲第2番
第3楽章(最終楽章)の終盤で、三発のシンバル。あの夢幻世界を縦横無尽にピアノが駆けめぐり、最後の最後にシンバルが響き、それが夢の終わりを告げるのです。

それでは打楽器奏者は、その瞬間までスマホでも見て時間つぶしをしていればよいのでしょうか。とんでもない。曲の中でその一発、あるいは二発三発が、どのような意味を持つのかを考え抜き、そのときに向けて心と体を整えておかないと、いざというときに叩けないのです。私がサンサーンスでシンバルを担当したときは、練習でなかなかうまく叩けませんでした。
LP レコードを買い、フランス版の総譜(スコア)も買い込んで、スコアを横において、幾度も幾度もレコードを聴き返しました。そうして初めてシンバルの響きの意味を理解したのです。

(「LPレコード」というのは今の若い方にはおわかりになるでしょうか。30センチほどの円盤に溝が刻まれており、その溝を針が走っていくことで音を拾うのです。針を置き間違うと溝を傷つけます。幾度も聴いていると、最後には溝が崩れて音がおかしくなっていきます。その後、CDができ、非接触で音を拾えるようになり、何回聴いても音のおかしくなることがなくなりました。
LP レコードに針を落とす時のあの緊張感は不要になりました。とはいえ、LP レコードの方がアナログ録音の音をアナログのまま溝に刻んでいるのです。本当の音に近いといえます。CDは音をデジタルの電気信号に変換して可聴音域を超える音などを捨ててしまっているのです。LP レコードの方が音はやわらかい、と言われるのは、このためでしょう。)

6. そして性格が変わっていく。

以上述べた覚悟、度胸、機転・・・打楽器奏者には、これらすべてが求められます。私はもともとチューバ奏者で、いかにもそれらしい落ち着いた鈍重な性格の人間でした。オーケストラでチューバの出番が少ないので打楽器も担当したのです。
そして、担当しているうちに自分の性格が前向き積極的に変わっていくのを体感しました。明るく快活になりました。決断力が養成されました。担当している楽器によって性格が変わるということは、オーケストラでもブラスバンドでも演奏者や指導者にはよく知られているそうです。チューバと打楽器。およそ性格の違う二つの楽器を担当した私にとっては、本当に大きな変革でした。

皆さん。オーケストラでもブラスバンドでも構いません。一度、ご自分の楽器以外の楽器にも挑戦してみてください。それぞれの楽器の役割が違います。その違いを自ら演奏して体感することによって、自分の性格にどんな変化がもたらされるのかをご自身で経験してみてください。
親御さんならば、お子様が担当している楽器によってどのように性格が変わっていくか、どのようにお子様が成長していくか、暖かく見守ってあげてみてください。

最後に―私の夢―
私の夢はブルックナーの交響曲第8番です。
一時間半にもなろうという長い長い曲の第3楽章の途中でたった二発のシンバルが豪快に輝く。一生に一度でも、あのシンバルを叩いてみたいのです。