ドビュッシーの音楽といえば、美しくも少し不思議な響きが特徴ですよね。実はその響きにはさまざまなエッセンスが凝縮されています。今回はドビュッシーの音楽について考察してみましょう。

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案内人

  • 林和香東京都出身。某楽譜出版社で働く編集者。
    3歳からクラシックピアノ、15歳から声楽を始める。国立音楽大学(歌曲ソリストコース)卒業、二期会オペラ研修所本科修了、桐朋学園大学大学院(歌曲)修了。

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印象派?象徴派?ドビュッシーの音楽とは

出典:Wikimedia Commons

19世紀後半から20世紀にかけての「近現代」の時代には、それまでの西洋音楽になかったような響きや斬新な表現が求められ、作曲家たちはより自由で実験的な作品を生み出していきます。さまざまな特徴や主義が乱立する多様性の時代から、今回は、フランスの印象主義の祖といわれるクロード・ドビュッシー(1862~1918)の作品と、どのようにしてその音楽が作られていたかを紹介していきます。

ドビュッシーの作曲の特徴

クロード・モネ「印象・日の出」/出典:Wikimedia Commons

主観的で大きな感情表現を得意としたロマン派の音楽に対し、色彩的な響きに焦点をあてて気分や雰囲気をほのめかすように表現したのが印象主義の音楽の特徴です。この用語はモネやルノワールなどの絵画の分野で先に用いられており、のちに音楽の分野にも転用され、ドビュッシーは「印象主義」の祖と呼ばれるようになります。はっきりとせず輪郭がぼかされているような特徴など、相通じる点を感じられるでしょう。

瞬間的なものを表現する

ドビュッシーが生きた時代の19世紀から20世紀にかけてのフランスでは、音楽と他の分野、例えば美術、舞台芸術、文学などが大きく影響し合っていました。彼は文学カフェ「黒猫(シャノワール)」の常連でしたし、詩人マラルメの主催する「火曜会」や象徴派が集まる「独立芸術書房」に通い詩人や作家たちと交流を重ね、印象派の絵画や象徴派の詩から特に影響を受けながら独自の語法を模索していきます。そしてフランス特有の美や精神性、光や匂い、風や海などの自然、雰囲気、気分など、瞬間的なものをテーマにした作品を多く創作していくのです。

ヴァーグナーの影響からの脱却

ドビュッシーが若い頃はドイツの作曲家ヴァーグナーの楽劇が注目されており、彼の音楽はフランスの芸術家たちにも大きな影響を与えていました。文学者からは支持を得る一方で、音楽家たちは自国の音楽を確立する必要性を強く感じ、国民音楽協会の設立をはじめ近代フランス音楽の基礎を築くことに繋がっていきます。ドビュッシーは1888年と89年にバイロイトを訪問しヴァーグナーの音楽を体験しました。そして、新たな感覚の音楽を表現するために、9度、11度、13度を含む和音や教会旋法、5音音階、全音音階などを用いて新しい響きを模索し、機能和声や調性からの脱却を目指していくのです。

ラヴェルとの違い

印象主義の音楽を語るときに、代表的な作曲家としてラヴェルと名前が並べられることがよくあります。しかし、お互いを知ってはいたものの、13歳離れていることもあり親密な関係ではなかったようです。ドイツ音楽からの脱却を目指し新しい要素を創作に取り入れながらスタイルを模索した点では似ていますが、音楽には本質的な違いがあります。ドビュッシーが点描画のように輪郭がぼやけたような音楽を書いたのに対し、ラヴェルは明快で秩序立った音楽を書いたと言えます。どちらも「水」を題材としたピアノ曲を作曲していますので、ぜひ聴き比べてみましょう。


ドビュッシー作品の特徴

ドビュッシーはさまざまな分野から影響を受けながら独自の語法を模索していきました。
その特徴を見ていきましょう。

印象派絵画のような音づかい

「印象主義」が絵画から音楽へ転用された用語ということは先に述べましたが、ドビュッシーの音楽からも印象派の絵画の特徴と通ずる部分をみつけることができます。印象派の絵画といえば、モネやルノワールの作品にみられるようにどことなくぼんやりとしているような輪郭、豊かな色彩感や繊細さが特徴です。これらはそのままドビュッシーの音楽に当てはまるのです。半音階、全音音階、空虚和音、9度や13度や不協和音が散りばめられた和声進行、拍節感の曖昧さ、とらえどころのない旋律線などがまるで印象派絵画の筆のタッチを思わせるように、独特の響きや空気感を生み出しています。

美術からのインスピレーション

ドビュッシーは美術に強く関心をもち、インスピレーションを受けて作曲した作品もあります。ピアノ曲「喜びの島」は、1717年に制作されたジャン・アントワーヌ・ヴァトーの絵画「シテール島の巡礼」から着想を得て作曲されました。

また、彼は熱心な美術品収集家でもありました。コレクションは多岐にわたり、油絵や彫刻をはじめ、壺や置物、木彫りの仏像などの工芸品まで集めていたそうです。楽譜の表紙に絵画を採用することもあり、楽譜を芸術作品として考えていたこともわかります。

ジャポニズムにも強い関心を持ち、ピアノ曲「映像第2集」の「金色の魚」は日本製の盆に描かれた錦鯉からインスピレーションを得て作曲し、交響詩「海」の楽譜の表紙には葛飾北斎の浮世絵「富嶽三十六景神奈川沖浪裏」を使ったのです。美術作品との関わりを調べながら作品を聴いてみると、音の色彩をより濃く感じられるでしょう。

「塔」にみるエキゾチズムの導入

パリでは19世紀後半に5回万博が開催され、人々はエキゾチズムの魅力を知ることとなります。ドビュッシーは89年の万博でガムランやヴェトナム演劇に触れたことがきっかけとなり、東洋のリズムや音階を創作に取り入れていきました。特に、ピアノ曲「版画」の第1曲目「塔」からはエキゾチズムの濃い香りが漂ってきます。彼自身が東洋に行ったことはありませんでしたが、異国への興味関心や憧れを強く抱いていたことが想像できます。

ドビュッシー作品をより楽しむコツ

曲にまつわる情報を少し知っておくだけで、さらにドビュッシーの魅力を味わうことができます。

3つの「月の光」

「月の光」と聞くとピアノ曲の「ベルガマスク組曲」を思い浮かべる方も多いでしょう。実は、ドビュッシーはひとつの詩から3つの「月の光」を作曲しています。1882年に歌曲、1890年にピアノ曲、1891年に歌曲(2回目)と、すべてヴェルレーヌの同名の詩が源になっています。仮面の下に悲しみを隠して道化を演じるピエロの切なさが表現される詩ですが、ピアノ曲と歌曲とでは違った雰囲気を感じられます。同じ「月の光」を想像しながらぜひ聴き比べてみてください。


「アラベスク」模様を表現した音楽

ドビュッシーの作品の中で最も人気のあるピアノ曲と言えるのが、1888年に作曲され1891年に改訂した「2つのアラベスク」です。ピアノの発表会やコンサートの定番曲であり、日常でもテレビやラジオで流れているので耳にする機会も多いですよね。
アラベスクとはアラビア風の模様のことで、蔦の絡みあいや星形の組み合わせなどのモチーフを反復させて構成されたイスラム美術の一様式を指します。ドビュッシーはアラベスクというエキゾチズムなテーマにフランスのエッセンスや美的感覚を融合させ、ロマンティックな響きを紡ぎ出しました。第1番では紋様が幾重にも美しく織り込まれていくようなメロディが、第2番では細やかな装飾がそのまま音形となったような軽やかなフレーズ感が特徴です。

まとめ

ドビュッシーは多くの要素を創作に取り込み、人々に新しい感覚を広めていきました。
彼に関連する美術、文学、歴史背景などにも興味をもつと、その奥深さをより感じとることができます。

独特で心地のよい音の響きは、忙しい現代に生きる私たちの感性や美意識を取り戻してくれるようにも思うのです。