ドビュッシーの音楽、と聞くとどのような印象を持っていますか?綺麗、キラキラ、ふわふわ、といった軽やかなイメージが思い浮かぶかもしれません。

今回はそのイメージ通りの美しくて繊細な定番の名曲から、濃厚で深みのある作品までをたっぷりとご紹介します。読み終わる頃にはドビュッシーの音楽の新たな魅力を発見しているでしょう。

案内人

  • 林和香東京都出身。某楽譜出版社で働く編集者。
    3歳からクラシックピアノ、15歳から声楽を始める。国立音楽大学(歌曲ソリストコース)卒業、二期会オペラ研修所本科修了、桐朋学園大学大学院(歌曲)修了。

    詳しくはこちら

数々の名曲を遺したドビュッシー

©Wikimedia Commons

ドビュッシーは美術や文学などから得たエッセンスを音に融合させ、精神性や美しさ、自然、雰囲気など瞬間的なものを表現する新しい音楽を次々と創作しました。
ここからは、ドビュッシーの魅力を知ることができる名曲を、管弦楽曲、ピアノ曲、その他のジャンルに分けてそれぞれ解説していきます。

▼ドビュッシーの生涯や作曲技法などに関する情報は下記記事をご覧ください。

管弦楽曲編

美しい音の響きや豊かな色彩感を存分に楽しめるのが管弦楽曲です。じっくり聴きたいおすすめの3曲をご紹介します。

交響詩「海」管弦楽のための3つの交響的素描/La Mer, trois esquisses symphoniques pour orchestre


20世紀初頭の管弦楽の最高傑作のひとつにも数えられるドビュッシーの代表曲です。

副題の付いた3部から成りますが特に決まった形式はなく、同じテーマやフレーズが柔軟に展開していきます。各楽器が波の様子を緻密に描写しているため、風景を想像しながら聴くと立体的に浮き上がるような響きを感じられるでしょう。

牧神の午後への前奏曲/Prélude à “L’après-midi d’un faune”


フランスの詩人マラルメの詩をもとに作曲されたこの曲は、音楽史上重要な作品のひとつで、印象主義の手法が確立されたと言われます。「空気」や「雰囲気」といった絶妙なものを音で表現したのです。

牧神とはギリシャ神話に登場する半獣神のことで、笛を手にしています。冒頭のフルートが担う官能的なメロディが夢心地な空気感を醸し出します。

雲「夜想曲」より/Nocturnes: Nuages


「夜想曲」は3曲で構成される管弦楽組曲です。夜想曲とは夜の情景を題材とする楽曲で、ロマンチックな雰囲気をもつ作品が多くあります。「雲」はその名の通り雲が柔らかにただよう様子を描写した音楽で、曖昧なリズム感や五音音階の効果、楽器の音色が浮遊感を生み出しています。

ピアノ曲編

ドビュッシーの代表曲と言えばピアノ曲を挙げる方も多いのではないでしょうか。数々の名曲の中から定番の9曲をご紹介します。

月の光 ピアノ曲集「ベルガマスク組曲」より/Suite bergamasque: Clair de lune

ドビュッシーのピアノ作品の中で特に人気の高い、初期の代表作品です。曲の大部分がピアニッシモ(とても小さい音量)の演奏指示で、ひそやかに優しく響く音楽が月の光の様子を表現しています。詩人ヴェルレーヌの同名の詩に着想を得ており、歌曲も作曲しています。

亜麻色の髪の乙女 前奏曲集第1集より/Préludes: La fille aux cheveux de lin


柔らかく穏やかな曲調で、可愛らしいメロディがよく知られている曲です。亜麻色とは黄色寄りの薄茶色のことで、詩人ルコント・ド・リールの詩の一節をもとに作曲されました。ドビュッシーの前奏曲集は第1集と第2集で全24曲あり、印象主義を代表するピアノ作品です。

2つのアラベスク 第1番/Deux Arabesques: No.1


初期を代表する人気の高い曲です。アラベスクとはアラビア風の模様のことで、蔦などのモチーフで構成されたイスラム美術の一様式を指します。第1番は三連符と8分音符のリズムが組み合わさり、まるで紋様が幾重にも美しく織り込まれていくようなメロディが特徴です。

2つのアラベスク 第2番/Deux Arabesques: No.2


「2つのアラベスク」は雰囲気の違う2曲の対比を楽しむことができます。第2番は細やかな装飾がそのまま音形となったような軽やかなフレーズ感が特徴です。同じモチーフの繰り返しが、まるで蔦の模様が伸びて発展していくようです。

夢/Rêverie


夢の中を漂うような心地よさが感じられる音楽で、「夢」や「夢想」と呼ばれています。この心地よさには曖昧な調性感が関係しています。調性や形式を超えて「響き」を重視したドビュッシーの魅力がたっぷりと味わえる一曲です。

行列「小組曲」より/Petite suite: Cortege


4曲の連弾曲から成る「小組曲」の第2曲です。華麗でハリのあるフレーズと、連弾の豊かで厚みのあるハーモニーが印象的です。タイトルはフランスの詩人ヴェルレーヌの詩集「艶なる宴」に収載された同名の詩と関係があると言われています。ドビュッシーの友人アンリ・ビュッセルが編曲した管弦楽版も人気があります。

喜びの島/L’ Isle joyeuse


最初にもお伝えしましたが、ドビュッシーは美術に関心をもち作曲のアイディアにすることがありました。この曲はヴァトーの絵画「シテール島の巡礼」から着想を得て作曲されたそうです。さらに、ドビュッシー自身が愛人と過ごしていた時期でもあるため、喜びの感情が溢れる音楽が生まれました。華やかで大胆なフレーズを弾きこなす技巧と、鮮やかな色彩感の表現が求められる難易度の高い曲です。

ゴリヴォーグのケークウォーク ピアノ組曲「こどもの領分」より/Children’s corner: Golliwog’s cakewalk


ピアノ組曲「こどもの領分」はドビュッシーの一人娘エンマに贈った作品で、大人視点からのこどもの世界がテーマになっています。6曲目の「ゴリウォーグのケークウォーク」は当時流行していた人形とアメリカのダンスに着想を得て書かれたコミカルでユニークな一曲です。他のドビュッシー作品とは一味違う音楽を楽しめるでしょう。

雨の庭 ピアノ曲集「版画」より/Estampes: Jardins sous la pluie


3曲から成る曲集「版画」はそれぞれ異なる土地の情景が題材となっており、異国情緒溢れる響きが特徴です。「雨の庭」では雨の粒が軽やかに降り注ぐ庭の様子が細やかな動きの音で表現されています。大雨というよりかは、晴れ間に一瞬降るお天気雨のような印象があり、太陽のキラキラとした光の反射も想像できるのではないでしょうか。

その他(弦楽四重奏、オペラ、バレエ音楽)

ドビュッシーはさまざまなジャンルの作品を残しました。弦楽四重奏、オペラ、バレエ音楽のおすすめ作品もご紹介します。

弦楽四重奏曲 ト短調/Quatuor à cordes en sol mineur


1893年作曲の全4楽章で構成される室内楽曲です。ドビュッシーの音楽の特徴のひとつである東洋的な響きが随所に散りばめられています。自由な調性感でふんわりとした印象ですが、循環形式(共通の主題や旋律を各楽章に登場させて曲全体に統一感を出す方法)を用いており、音楽が逸脱せず美しい音の響きそのものを深く味わえる一曲です。

オペラ「ペレアスとメリザンド」/Pelléas et Mélisande


1902年に初演されたドビュッシー唯一のオペラ作品です。「青い鳥」でも有名なベルギーの詩人メーテルリンクの戯曲がストーリーとなっています。光や風などの自然の様子や登場人物の心情の陰影が、色彩豊かな音の響きでたっぷりと描写されています。ドビュッシーの魅力が存分に楽しめる作品です。

バレエ音楽「遊戯」/Jeux, poème dansé


「遊戯」とはテニスのことで、夕暮れ時にテニスボールを探す3人の登場人物の様子や心情が音で表現されていく面白い作品です。1913年のパリでディアギレフが率いるバレエ・リュス(ロシアバレエ団)が行う公演のために作曲されました。

まとめ

ドビュッシーの美しい音の響きと色彩感のある音楽は、たくさんの癒しを与えてくれますね。今回ご紹介したのは15曲ですが、魅力を十分堪能できたのではないでしょうか。

ドビュッシーの名曲はまだまだありますので、ぜひお気に入りの一曲を探してくださいね。