「あなたの知らない『リコーダー』の世界」前編では、リコーダーの生まれた背景や語源、リコーダー黄金期のルネサンス-バロック時代までをざっと俯瞰してきました。後編となる今回は、フルートとの音量競争に敗れたリコーダーのたどった道のり、そして古楽器リコーダーを復活させたドルメッチ、ブリュッヘン、マンロウといった20世紀の名演奏家について。

リコーダーよ、おまえもか…

古典派の時代、鍵盤楽器の主流が教会と一心同体とも言うべきオルガンから、移動可能で強弱表現も得意なフォルテピアノへと変化したように、木管楽器リコーダーもまたバロックから古典期にかけて起こった音楽表現の変化の波に取り残され、クラシック音楽の主流からは完全に脱落、急速に忘れられてゆきました。

18世紀後半、フランス革命に代表されるように絶対王政体制が崩れ、ブルジョワと呼ばれる富裕な市民階級が台頭する新時代になると、ちんまりしたサロンに適した室内楽、もしくは音楽演奏のためのホールで大規模な交響曲を聴く、そして歌劇場でオペラを楽しむ、という聴き方のスタイルが定着します。これは、「バード・ファシアーズ」のためのリコーダー曲集が出版されたイングランドでも同様でした。リコーダーは完全に過去の楽器になってしまったかのように思われましたが、のちに「リコーダーの天才」と言うべき古楽復興の若き巨匠が、このイングランドから登場することになります。

バッハの死後、リコーダー作品は皆無と言ってよいほど書かれなくなりましたが、バッハの息子のひとりカール・フィリップ・エマヌエル・バッハにかろうじてリコーダーの登場するトリオ作品がありますので、そちらを紹介しておきます。

カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ『トリオ ヘ長調 Wq.163 / 1, H. 588』[演奏:レ・ボレ
アド]

カール・オルフと『子どものための音楽』

時代は下って20世紀。ドイツの作曲家で教育理論家のカール・オルフ(1895-1982)は、独自の視点から音楽教育目的を持たせた一連の作品を書きます。それが、5巻からなる『子どものための音楽(1930-33、出版1950-54)』です。

オルフ、とくると、一般的には舞台カンタータ三部作『勝利』の第一部《カルミナ・ブラーナ》がつとに有名ですが、音楽教育にも熱心で、舞踏教師ドロテー・ギュンターとともに子どものための音楽、体操、舞踏を教授する学校「ギュンターシューレ」を設立するほど。ザイロホーン、メタルホーン、卓上木琴といった独自の教育用楽器まで考案したオルフは、リコーダーの吹きやすさに目を付け、これを子どもの音楽教育に取り入れます。『子どものための音楽』は、その集大成とも言うべき連作になります。

オルフによる子ども向け作品、ということでは『お月さま(初演 1939)』なるグリム童話から台本を起こしたメルヘンオペラ作品もあります。こちらもほとんど上演される機会のない作品ですが、子どもの清らかな歌声を生かした佳作と言えます。

オルフ教育の一例:オルフシロフォン、リコーダー、パフォーマンスによる「月の物語」(http://matthewstensrud.com/)

20世紀のリコーダー名演奏家たちの活躍

20世紀前半、「新即物主義」の影響を受け、感情過多なロマン主義的表現と決別した音楽家らによってバロックやそれ以前の古楽作品の価値が見直されるようになります。このときリコーダーも古楽復興とともに劇的な復活を遂げることになりますが、その立役者がドルメッチ一族、とくにアーノルド・ドルメッチ(1858-1940)です。彼は、みずから収集した古楽器を参考にヴィオール、リュート、クラヴィコード、そしてリコーダーを復元。当時の演奏スタイルでこれらの復元楽器を演奏したことで一躍、有名に。ドルメッチは晩年、英国サリー州のヘイズルミアで活動をつづけ、第二次大戦までヘイズルミアは古楽復興の中心地とさえ言われました。

このドルメッチとちょうど入れ替わるように出現した古楽復興の若き旗手が、デイヴィッド・マンロウ(1942-76)。彼はケンブリッジ大学ペンブルックカレッジに在籍していたとき、古楽演奏の権威と呼ばれていた先生の研究室の壁に無造作に引っかけてあったクルムホルンを見て一目惚れ。その後、クルムホルンをはじめ、絶滅したかに思われていた古管楽器の演奏法を独学で(!)マスターしたマンロウはリコーダーコンソートを設立。王立音楽院ではリコーダー演奏を教授し、またリコーダーのための前衛音楽まで書くなど、まさに八面六臂なマルチタレントぶりを遺憾なく発揮しますが、1976年5月15日、33歳という若さで急逝してしまいます。薄命の天才でしたが、彼が古楽演奏におよぼした影響はきわめて大きく、ジェイムズ・ボウマンやクリストファー・ホグウッドらに引き継がれてゆきます。

マンロウ亡きあとも、リコーダー界は名手を輩出してゆきます。たとえばオランダのフランス・ブリュッヘン(1934-2014)、デンマークのミカラ・ペトリ(1958-)といった名演奏家の名前は聞いたことがある、という向きも多いはず。晩年、リコーダーから指揮に転向したブリュッヘンでしたが、彼のリコーダー演奏は端的に言えば、制約だらけの木管楽器にツバサが生えたかのように自由で、ときに奔放と言ってよいくらいの斬新さと、深い学識が絶妙なバランスを保っていた、という余人の追随を許さぬ名人芸。まさにリコーダーの巨匠でした。一点の曇りなく澄み渡った彼のリコーダー演奏に、強烈な印象を持ったという往年の古楽ファンも大勢いることでしょう。残念ながらブリュッヘンもまた不帰の人となってしまいましたが、おなじオランダからふたたび妖精のごとき20歳の新星、ルーシー・ホルシュという女性リコーダー奏者もメジャーレーベルからデビューアルバムを引っさげて出現しており、今後の活躍が期待されます! そしてリコーダーアンサンブルでは「アムステルダム・ルッキ・スターダスト・カルテット」も重要な存在。リコーダーの音楽表現の奥深さをたっぷり聴かせてくれます。

日本ではもっぱら「子どもの楽器」という偏った見方をされがちなリコーダーですが、フルートと決定的に異なるのは「吹けばだれでも音が出せる」という点。また、構造的にはオルガンの巨大なパイプ群とまったくおなじ原理の管楽器でもあります。なるほど音はかんたんに出せるけど、そのじつほんとうはたいへんな技量が要求される楽器、リコーダー。家の片隅に眠っていたら、たまには手に取って音を出してみては。

P. ショット『アムステルダムの運河にて』[演奏:アムステルダム・ルッキ・スターダスト・カルテット]

>あなたの知らない「リコーダー」の世界【前編】