クラシックの境界に遊ぶ音楽:コンビネーションが面白いアルバム3選

2019/08/20
ポストクラシカル

いま、わたしたちは音楽をかなり自由な感覚で聞くことができる環境にいるのでは、と思うことがあります。

音楽家の場合、作曲家でも演奏家でも、ベースになるフィールドを持っているのが普通です。昔はそれぞれが、自分のフィールド内で仕事するのが一般的でした。そこからはみ出す場合も、ことさら「ジャンル超え」を意識したり、それを売りにしたものが多かったかもしれません。バッハをジャズで、などのアプローチはその典型です。

そういう時代を過ぎて、多くの人がネットのストリーミングで、自由にあれこれ、バラで音楽をたくさん聴くようになって、ジャンルの境界が薄まってきたように思います。また作り手の方も、聞き手の変化も影響してか、ジャンルにこだわらない作品づくりができるようになってきた、と言えるかもしれません。

そんな自由な発想のアルバムの中から、筆者がコレ面白いかも?と思った、比較的新しいものをアルバム単位で紹介したいと思います。なぜアルバム単位かと言うと、CDを作るアーティスト側の意図を、まずは汲みとってみようという理由からです。

以下、おすすめのアルバムを紹介しましょう。

【Duo Arcord】弦とボタンで、ベートヴェンもピアソラも

チェロとアコーディオンによる作品集(Orlando Records、2016年)
Duo Arcord(オーストリア在住のセルビア人デュオ)
チェロ:アナ・トパロヴィチ
アコーディオン:ニコラ・ジョリチ
編曲:Arcord、ヨハンナ・ドーデラー

原題『Arcord: Inspired by Songs & Dances(歌とダンスから着想された作品集)』を見つけたのは、IMSLP(ペトルッチ楽譜ライブラリー)のサイトで、ヘンリー・パーセルの『ディドとエアネス』を探しているときでした。寄付をした会員だけが聞けるCDの所には、85件の登録があり、その中にアナとニコラのCDがありました。ジャケットの写真を見て、チェロとアコーディオンという組み合わせに興味を惹かれました。

さっそくこのアルバムを選んでみると、CDには第3幕の有名なディドによる哀しみのアリア「わたしが地中に横たわるとき」が含まれていました。「remember me…」(ソ・ソーソソーの同音による特徴的なメロディー:ト短調)が印象的なあの名曲です。映画『耳に残るは君の歌声』で、クリスティーナ・リッチ(声はIva Bittová)が歌っていた曲と言えば、ああ、と思い出される方もいるでしょうか。

聞いてみたところ、これがなかなかいい感じ。アコーディオンで始まった曲がチェロと混じり合い、不思議な柔らかい音色となって溶けていく。そしてチェロが高めの音で哀しみのメロディーを奏でると、アコーディオンがそれを包み込むようにバックを追奏します。

IMSLPではこの1曲しか聞けなかったので、Spotifyに行ってCDを検索してみました。アルバムに含まれていたのはベートヴェン『(魔笛のテーマによる)チェロとピアノのための七つの変奏曲』、バッハ『フランス組曲』(ガヴォット、サラバンドなど)、チャイコフスキー『エフゲニー・オネーギン』より「レンスキーのアリア」、バルトーク『ルーマニア民族舞曲』、ピアソラ『ル・グラン・タンゴ』など、踊りや歌をベースにした全23曲。ベートーヴェンは、冒頭のアコーディオンのジャーン(ドミソの和音)と素朴な曲調もあって、何か懐かしい響きで、昔の小学校の教室の雰囲気(?)みたいな感じ、とても新鮮でした。

『ルーマニア民族舞曲』やピアソラのタンゴは、アコーディオンの響き全開という感じで、そこにチェロが力強く美しく気品を添え、聞き応え充分。オーストリアの作曲家、ヨハンナ・ドーデラー(1969年~)の曲は初めて聞きましたが、疾走感あふれる魅力的な現代曲で、作曲家自身がアナとニコラのために編曲しただけあって、二つの楽器の掛け合いとコンビネーションが興奮を呼びます。1曲だけですが、アルバムの最後に自分たちの暮らす国の、現存の作曲家の作品を入れたところ、なかなか好感が持てます。

 

【PianoBasso】北欧の静けさときらめき、ベースうなる教会で

Tranquillo(Naxos Sweden、2016)、Tranquillo II(Naxos、2019)
PianoBasso(スウェーデン)
ピアノ&アレンジ:トーマス・グスタフソン
ダブルベース:アンドレアス・グスタフソン

次に紹介するのは、スウェーデンの二人組、ピアノとコントラバスのPianoBasso。教会に何か縁があるのか、演奏曲目との関係なのかわかりませんが、PVを見ると、ステンドグラスの美しい教会で演奏風景を録画しているものが多いです。

このデュオも、見つけたのはArcordと同じIMSLPのサイトでした。それも同じヘンリー・パーセルのページで。PianoBassoもパーセルの「わたしが地中に横たわるとき」を録音していたというわけです。人気曲なんですね。この二人も、ジャケットで興味をもちました。アフリカ系のスキンヘッドのピアニストとヨーロッパ系の長髪ベーシストという組み合わせで、アルバムのタイトルは『トランクイロ(静けさ)』。「わたしが地中に横たわるとき」は、ダブルベースの低い爪弾き音による半音下降で始まり、ピアノのメロディーがゆる~く乗ってくる、というややジャズ風のスタートです。ただピアノの演奏はそこまでジャズというわけでなく、パーセルの音楽に正面から向き合っている感じがして、好感がもてました。ピアノを弾くトーマスによるアレンジです。

ここでふと気づいたのは、IMSLPはこういったアレンジもの、クラシックがベースではない演奏家のアルバムを、最近になって登録するようになったのではないか、ということ。以前はNaxosというクラシック音楽専門のレーベルのみ揃えていたと思います。そのNaxos自体が、プロデュースの方向性を少し変えてきたのかもしれません。このPianoBassoは最初のアルバムをNaxos Swedenで2016年に、そして今年の5月にNaxosから第2弾を出しています。

最初に紹介したArcordのアルバムは、Orlando Recordsというクラシックを中心とするインディーズ・レーベルからのリリース。Naxosではない作品も扱う、というIMSLPの方針転換なのでしょう。いずれにしても、カッチリしたクラシック畑の演奏や演奏家のみ、という路線が崩れているのではないか、と想像します。

 

さてPianoBassoに戻ります。最初のアルバムは全8曲(27分)と短め。ノルウェーの作曲家、グリーグの劇音楽『ペール・ギュント』の「ソルヴェイの歌」に始まり、バッハのアリアによるG.H.シュテルツェルの「あなたと共にいれるなら」、スウェーデンの作曲家、ヴィルヘルム・ステーンハルマン(1871 – 1927)による合唱曲が二つ、そしてフォーレの『レクイエム』から2曲、モーツァルトの『レクイエム』から、絶筆とされる合唱曲「ラクリモーサ」で終わります。全8曲すべて歌ものからの編曲、そしてアルバムタイトルが「静けさ」であるからか、sacredな(聖なる)雰囲気の音楽が大半を占めています。

今年4月にリリースされた『Tranquillo II』は、サン=サーンス、ドビュッシー、ヘンデルに加え、前作で取り上げたグリーグ、バッハ、ステーンハルマンなどの作品を含み、新たに北欧の作曲家、ダーヴィッド・ヴィカンデル(スウェーデン、1884 – 1955)、カール・ニールセン(デンマーク、1865 – 1931)を取り上げています。ステーンハルマンを含め、20世紀初頭に活躍した北欧3人の作品は、どれも親しみやすいメロディーに満ち、ニールセンの「霧が晴れていく」(原曲はフルートとハープ)は、耳にしたことがある人もいるかもしれません。

そして最後は、バッハの『管弦楽組曲』から3番の第2曲(「G線上のアリア」として知られている)、そして同じくバッハの教会カンタータ「主よ、人の望みの喜びよ」で結んでいます。こう書くと、なんかありがちなイージー・リスニング集?と思われるかもしれませんが、さあどうでしょう。確かに演奏のジャズっぽい緩さ、遅めのテンポ感、ときおりヴォンと鳴らされるベースの入り方は、緊迫感に満ちたクラシカルな演奏センスとはだいぶ違います。

ピアノのトーマス・グスタフソンは、スウェーデンの室内アンサンブル、New Tide Orquestaの一員として20年以上活動してきました。このグループの守備範囲は広く、バロック、ニュー・タンゴ、ミニマル、現代音楽などが混合された楽曲を演奏しています。このことからも、トーマスが複数のジャンルの境界線上に音楽の可能性を見ていることが伺えます。

 

トウキョウ発、ドビュッシー行き

RE-DEBUSSY(good umbrella、2019.9.13 発売)
ヴォーカル:Jessica(日本)
ピアノ:中川瑞葉(日本)
間奏曲・リミックス:HAUSCHKA(作曲家/ピアニスト:ドイツ)

いかにもクラシカルなベルカント的な歌声で、歌曲を楽しんでいる人は、いま、どれくらいいるのでしょうか。もちろんオペラファンは一定数いるでしょうし、そういう方々は美しいソプラノや朗朗としたテノールこそ聴きたい声だと思っているはず。ただ一般的な、、、一般人と言いますか、にとっては、大きなホール、大きなオーケストラでマイクなしで歌うのが前提だった「あの歌声」は、ちょっと距離があります。リアルな人間の声、日常耳にしている声とはかなり違いますから。

クロード・ドビュッシーは、いまも人気の高い作曲家で、美しく、ポピュラリティーのある歌曲をたくさん書いています。しかし今回調べてみたところ、歌曲のCDはそれほど多くありませんでした。インポートも含め、あまり種類がないという印象でした。何故なのか。理由として一つに、歌い手(歌声)の問題があるのかなと。せっかく素晴らしい曲がたくさんあるのに、歌声のせいでドビュッシー が聞かれていないとしたら、とてももったいないし残念なことです。

そんなとき『RE-DEBUSSY』というアルバムの試聴版を聴く機会に恵まれました。2017年に『RE-FAURÉ』をリリースしたレーベル「good umbrella」による作品集で、クラシック系の歌い手ではないJessicaによるヴォーカル、中川瑞葉によるピアノは前作と同じです。今回はエレクトロニカのハウシュカが、間奏曲やリミックスで参加しています。クラシック音楽を今の感覚で、というプロジェクトの第2弾なのでしょう。

さっそく聴いてみたところ、印象は前作のフォーレがそうであったように、いまの、リアルな歌声によるドビュッシーがトウキョウで蘇ったという感じでした。クラシック音楽の長く重い歴史とは無縁の極東の都市だからこそ、こういうものが生まれた?

(間奏曲やリミックスを除いた)全10曲の歌曲はどれも、自然や恋を歌った19世紀の詩人たちの詩に曲がつけられています。「美しい夕暮れ(Beau soir)」は、ドビュッシー らしいアルペジオのピアノ前奏で始まるポール・ブルジェの詩による歌。<日は沈み、川が夕陽に染まる> 恋人と川辺に佇み幸せを感じているのかと思えば、<さざ波が消え去るように、私たちもいつか去っていく(死ぬ)>とつづきます。まだ10代だったドビュッシーは、何を思ってこの詩を受け入れ、美しいメロディーへと仕立てていったのでしょうか。

「鐘(Les cloches)」は、『二つのロマンス』の内の1曲で、これもブルジェの詩です。<鐘が明るく澄んだ音を響かせる、澄みわたる青空に>と始まり、歌は清澄な空気に包まれます。ヨーロッパの鐘の音、それは信仰の印でもあります。この曲はこのアルバムの第15曲で、ハウシュカの手でリミックスされ、「律動と熱狂に満ちた祈りの歌」(詩の第2連)としての鐘の響きが再現されているように聞こえます。ピアノ伴奏版(第4曲)とは、まったく違う味わいになっているところが聴きどころでしょうか。

『夢(Reverie)』はよく知られたピアノ曲の歌版で、「甘く優しい西風のため息」という歌詞(詩:テオドール・バンヴィル)で始まります。この歌は1950年前後に、アメリカでサラ・ヴォーンやビング・クロスビーによってジャズやポピュラーとして歌われて、人気を博しました。『RE-DEBUSSY』では、中川瑞葉によるピアノの間奏部分や、歌とピアノの掛け合いがあり(とても音楽的)、ピアノの響きを気持ちよく耳に残しながら、最終曲のピアノ独奏『月の光』へと入っていきます。

歌というのは、歌い手の声質や歌唱法、発語の仕方で、聴く者の好みに合う作品かどうかがほぼ決まってしまいます。原曲が好きでも、そこが合わないと聞けないということが起こります。その点が、器楽曲と少し違うところでしょうか。その意味で、このgood umbrella版のドビュッシーが、すべての人の好みに合うことはないでしょう。でも、こういった試みがなされることで、第2、第3の『RE- 』が出てくれば、ドビュッシーの歌が21世紀のいま、もっともっと広く楽しめるものになるはずです。

若き日のドビュッシーは、どんな声を想ってこれらの歌曲をつくったのか。オペラ『ペレアスとメリザンド』の初演でヒロイン演じたのは、スコットランド人のメアリー・ガーデンでした。それを引き継いだ2代目のマギー・テイトもイギリス人。ドビュッシーは自国(フランス)の声だけをイメージしていたのではなかったのかもしれません。であれば、トウキョウのディーバによって、ドビュッシーをうたう新たな声が発見されてもおかしくはないですね。

 

***

以上、三つのアルバムを紹介しました。本当はあと二つ、三つ書きたかったのですが、長くなってしまったのでこの辺で。因みに、他にはこんな候補がありました。

『二つの都市の物語:ライプツィヒ~ダマスカスのコーヒーハウス』(2017年):カナダのターフェルムジーク・バロック管弦楽団とシリアのトリー・アラビカによる、バロックとアラブ音楽のコンビネーション。3000キロ離れた二つの都市を18世紀のコーヒーハウスが音楽でつなぎます。

『Bach in Jazz』(2012年):ステファン・キング・トリオのバックで、テノール歌手のマルティン・ペツォルトが『マタイ受難曲』などを朗々と歌っています。なんとなくユーモラス。

もう一つ、この原稿を書いているとき発見した鬼才について。Arcordのところで、クリスティーナ・リッチの歌の声をやっていた人、と書いたイヴァ・ビトヴァはチェコの歌手、作曲家、バイオリニスト。その音楽はロックと東欧音楽のブレンドなどと評されています。自身の作曲による『Iva Bittová』やバルトークの楽曲による『スロヴァキアの歌』などいくつかCDを聞きましたが、それぞれ声も唱法も違っていてびっくり。演劇的な素養を感じさせる歌声は、ドビュッシーを歌うJessicaと通じるところがありそうです。

 

【クラシックの裏口入門】オルタナ・クラシック(1)

 

ポストクラシカルの記事をもっと読む
関連タグ
関連記事