日本の子供たちが必ず持っている楽器、鍵盤ハーモニカ。小学生の時期を過ぎると、家の物置に仕舞われがちですが、実はとってもポテンシャルの高い素晴らしい楽器なのです。
実に軽やかな歴史を持ち、未来のクラシック音楽の在り方に大きな可能性さえ感じさせる、この楽器の魅力に迫っていきたいと思います。

鍵盤ハーモニカの潜在能力

ある日、わたしは部屋の整理中に、自分の小学生のころに使っていた、30年も前の鍵盤ハーモニカをふと見つけました。ピアノ弾きの性なのか、そっと音を出してみると、金属疲労を起こしていると思われる内部のリードが、じつに味わい深く響き、これが素晴らしい音色だったのです!楽器としての可能性をいやがおうにも直感したのでした。

いったいどんな曲が合うのか、息を調節しながら弾いてみると、ちょっとしたクラリネットのようでもあり、バグパイプのようでもあり、もちろんアコーディオンのような雰囲気もあります。わたしはそれらの楽器のための曲をカバーして実験的に演奏をし始めたのでした。

しかしどうして、こんなにさまざまな楽器の音色を彷彿とさせるのでしょうか?
その答えを探りに、鍵盤ハーモニカの歴史をひも解いていきましょう!

親楽器「シンフォニウム」と兄弟たち。

鍵盤ハーモニカの祖先は、イギリスの物理学者、チャールズホイーストンが1829年に発明した「シンフォニウム」という小さな楽器でした。

なんて愛らしい楽器なのでしょうね!息を吹き込み、鍵盤で演奏するフリーリード楽器とは、まさに鍵盤ハーモニカです。

シンフォニウムから発展した楽器の中で、鍵盤ハーモニカと兄弟にあたるのが、コンサーティーナといわれる蛇腹のついた鍵盤楽器です。のちのアコーディオンやバンドネオンにもつながっていく楽器ですね。

コンサーティーナは息を使わず空気を吹き込めるため、歌ったり踊ったり、語らいの場にも重宝されたことでしょう。これらの鍵盤楽器は持ち運ぶことができるため、旅を通じて伝播していったのです。かたやアイルランドへ、アフリカへ、南米へと!シンフォニウムから派生した楽器たちの軽やかな旅の性質が、各地方の民俗音楽と親和性が高く、伝播していったのでしょう。

兄弟である日本の鍵盤ハーモニカが、あらゆる楽器の面影を感じさせること、そして、アイリッシュ音楽、シャンソン、タンゴといった様々な民俗音楽と非常に音なじみが良いのも、大いにうなずける話なのでした。

こちらはアイリッシュ系の音楽。音質と雰囲気が非常に合いますね。

こちらは日本の第一人者、松田昌さんの演奏。

旅する鍵盤楽器文化の熟成

今、各国ではきわめて自由に、鍵盤ハーモニカが演奏されています。
改造してカスタマイズする奏者もいますし、障害を持つ方のために改良された鍵盤ハーモニカもあります。扱う曲も、実にさまざまな形で生活に密着しているのです。

クラシック楽器の代名詞、グランドピアノも、バッハのころにはチェンバロでしたし、クリストフォリの初期ピアノ、エラールやプレイエルの時代など、とても一口に「ピアノ曲を演奏するためのコンサートピアノ」があったわけではなかったのですね。

クラシック音楽と言えばヨーロッパ中心の世界観から、インターネットの普及により、文化自体が地球規模でとらえられる現代を迎え、さまざまな地域の民俗文化やこれまでマイノリティだった当事者たちだけの文化にも、等しく光が当たる時代になりました。

鍵盤ハーモニカと同じ親楽器から進化したバンドネオンは、アストルピアソラのタンゴ音楽に欠かせない楽器となり、すでにクラシック音楽として認められていますよね。軽やかな旅の性質をもった鍵盤楽器の文化が、クラシックとして熟成されていく、その黎明期に私たちは立ち会っているのかもしれません。

スピード感ある音楽文化時代を迎えて

文化が発展する大事な要素のひとつに、演奏のすそ野が広いことが挙げられます。つまり、所有者が多いこと、演奏の機会が多いこと、などです。
近代ヨーロッパでは教会やホール演奏会という、大きな会場にたくさんの観客を集めるスタイルで、楽曲が皆の知るところとなり文化が発展しました。

現代はホールコンサートに観客を集めなくとも演奏を聴いてもらえる時代になりました。Youtubeなどの動画サイトを通じて、自宅に居ながらカルチャーを共有でき、気になる演奏者を見つければ飛行機で現地に出向いてセッションすることさえも、個人のレベルでできるようになりました。昔に比べたら想像もできないほどのスピード感で、音楽文化は旅をできるようになったのです。

生まれながらに旅の性質をもち、所有者が非常に多く、楽器として改良も加えられつつある鍵盤ハーモニカ。
まさに今の時代にフィットした、大変可能性に満ちた楽器と言えるでしょう!

あなたも、未来のクラシック音楽を作りに、物置の奥の鍵盤ハーモニカを取り出してみませんか?