今年も全日本吹奏楽コンクール(全国大会)に向けて、本格的なコンクールシーズンがスタートした。そこで、昨年の全国大会で見事金賞を受賞した3つの強豪校に、気になる今年の課題曲・自由曲と選曲の理由を顧問の先生に聞いた。

・玉名女子高校吹奏楽部(熊本)
・東海大学菅生高校吹奏楽部(東京)
・市立柏高校吹奏楽部(千葉)

取材・文

  • オザワ部長世界でただひとりの吹奏楽作家。神奈川県立横須賀高等学校を経て、早稲田大学第一文学部文芸専修卒。在学中は芥川賞作家・三田誠広に師事。 現役時代はサックスを担当。現在はソプラノサックス「ヤマ」(元SKE48の古畑奈和が命名)とアルトサックス「セル夫」を所有。好きな吹奏楽曲は《吹奏楽のためのインヴェンション第1番》(内藤淳一)。

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強豪校が選ぶ課題曲・自由曲は?

吹奏楽コンクール(大編成部門)では、課題曲(4曲のうち1曲)と自由曲の2曲を合計12分以内に演奏する、という規定がある。

2曲の時間配分や音楽的なコントラストの付け方は顧問の先生の腕の見せ所だ。また、部員たちが力を発揮できる曲、ひと夏をかけて取り組むに値する曲、そして、(単に審査員の採点という意味だけでなく)高く評価される曲であることも求められる。

選曲からはその年のコンクールの傾向やトレンドが垣間見えたり、実際に大会を聴きにいく際の期待感が高まったりするため、吹奏楽ファンは大いに注目するものだ。もちろん、出場校はライバル校や目標としている学校のコンクール曲が気になるところだろう。

それでは、昨年の全日本吹奏楽コンクール・高等学校の部を沸かせ、ゴールド金賞に輝いた玉名女子高校吹奏楽部(熊本)、東海大学菅生高校吹奏楽部(東京)、市立柏高校吹奏楽部(千葉)の顧問の先生方に聞いたコンクール曲とその選曲の理由をお伝えしよう。

10大会連続金賞・玉名女子の自由曲は《カタリナの神秘の結婚》

©玉名女子高校吹奏楽部

昨年の金賞で、なんと全国大会10大会連続金賞というまさしく金字塔を打ち立てた熊本県の玉名女子高校吹奏楽部。いま、もっとも注目を集めているバンドだ。

お笑いトリオ「3時のヒロイン」のゆめっちさんが所属していたことでも有名な同部だが、顧問の米田真一先生によると、今年の課題曲はIの渡口公康作曲《行進曲「勇気の旗を掲げて」》だという。

「4曲の中では、《勇気の旗を掲げて》がうちのサウンドにいちばん合っていた、というのが理由です。オーソドックスなつくりのシンプルな曲ですが、うちではマーチングにも取り組んでいる関係で、みんなマーチが大好きなんです。曲の中には反復が複数出てくるので、そこをどう工夫するかが腕の見せ所だと思っています」

一方、自由曲に決定したのは樽屋雅徳作曲《カタリナの神秘の結婚》だ。玉名女子が樽屋作品を自由曲に取り上げるのは、2021年の《マードックからの最後の手紙(2021年版)》、昨年の《クロスファイヤ ノヴェンバー22 J.F.K(2023年版)》に続いて3回目となる。

「樽屋さんの作品はドラマ性があり、はっきりと題材が見えているので、部員たちもイメージがしやすいです。この曲はコレッジオが描いた絵画をモチーフにして作られていますが、例年そうしているように、部員たちは自分たちなりにストーリーを考え、絵を描いて、イメージを共有しながら練習していくと思います」

なお、米田先生に10回連続金賞について尋ねてみると、こう答えてくれた。

「金賞が続いているのはたまたまです。審査員に良い評価をつけていただいているだけなので、うちとしては(連続金賞を)意識することも、プレッシャーに感じることもありません」

5大会連続金賞・東海大菅生は《巨人の肩にのって》

©東海大学菅生高校吹奏楽部

東京代表として全国大会に10回出場し、現在5大会連続で金賞を受賞している東海大学菅生高校吹奏楽部。顧問の加島貞夫先生が選んだ課題曲はIIIの酒井格作曲《メルヘン》だ。

「演奏すると、《メルヘン》はとてもいい音がするんです。色彩感もあって、部員たちは取り組みやすい曲だと思います。実際、4つの課題曲をすべて音出ししてみて、部員たちにいちばん人気だったのは《メルヘン》でした。ただ、個人的にはIIの近藤礼隆作曲《風がきらめくとき》もとても美しい曲で好きです」

一方、自由曲にはピーター・グレイアム作曲《巨人の肩にのって》を選んだ。ブルックナーの《交響曲第8番》第4楽章の主題が引用された壮大な曲だ。

「実は《巨人の肩にのって》は、2020年に自由曲として選んだ曲でしたが、コロナ禍でコンクールが中止になったんです。それで、どうにか開催した定期演奏会で演奏しましたが、今年の3年生は当時中学生で、それを聴いていたんですね。『この曲はかっこいいし、当時の先輩たちの思いを私たちが形にしたい』と言うので、今年の自由曲に決めました。非常に難しい曲なので怖さもありますが、やりがいはあると思います」

千葉の強豪・イチカシは《交響詩「鯨と海」》

©柏市立柏高校吹奏楽部

昨年、名指導者・石田修一先生に代わって「イチカシ」こと柏市立柏高校吹奏楽部の顧問となった緑川裕先生。緑川先生は同部のOBでもあるが、昨年は初めて全国大会の指揮台に立ち、金賞を受賞した。

そんな緑川先生とイチカシが選んだ課題曲は、玉名女子と同じくIの《行進曲「勇気の旗を掲げて」》だ。緑川先生はこう語る。

「やっぱり吹奏楽といえばマーチ、というところはあります。メンバーの中にはマーチングを経験してきた子もいますので、課題曲にはマーチの《行進曲「勇気の旗を掲げて」》を選びました。シンプルな曲ではありますが、だからこそやりがいがあり、どこまで曲の美しさを追求できるかな、と考えています」

自由曲には、阿部勇一作曲の《交響詩「鯨と海」》を選んだ。イチカシは2021年に同じ阿部勇一の《交響詩「ヌーナ」》を全国大会で演奏し、金賞を受賞している(当時は石田先生が指揮)。

「3月に行われた全日本高等学校選抜吹奏楽大会で《ヌーナ》を演奏したんです。最初は『難しいなぁ』という印象でしたが、やっていくうちにハマっていくものを感じました。それで、阿部勇一先生の作品を聴き漁っていくうつに《交響詩「鯨と海」》に出会いました」

阿部勇一によると、この曲はタイトルのとおり「クジラ」をテーマにしており、中には極海から赤道近くの海まで毎年数千キロを回遊する種類がいることから、そのクジラと一緒に旅をするように想像を膨らませて作曲されたという。

「1曲の中にいろいろな場面が出てきますが、僕が好きな情緒的な部分もあったり、ドビュッシーを感じさせるところがあったり、やり込んでいくうちに深みが出てくるような素敵な曲です。技術的には難しいですが、練習するたびに発見がありますし、部員たちも同じように感じてくれていると思います」

全国大会には新たな審査方式も

3校の顧問の先生がそれぞれ課題曲・自由曲を選んだ意図がおわかりいただけただろう。

実は、今年の全日本吹奏楽コンクールから審査方式が一部変更された。

審査における「観点」が明確にされたことがひとつ。全日本吹奏楽連盟の公式サイトには「美しく豊かな響きを出すような奏法(ブレス、発音等)がなされているか」「楽譜をよく読み取ったうえでの表現(音程、リズム、ハーモニー、フレーズ、バランス等)がなされているか」という項目が示されている。

それから、各団体はA・B・Cのいずれかで評価されるが、A=3、B=2、C=1の数値に置き換え、合計得点を満点で割って百分率にし、80%以上が金賞、60〜80%未満が銀賞、60%未満が銅賞、ということになった(各賞の割合は制限しない)。

そして、これまでは課題曲と自由曲をトータルで評価されていたのが、今年からは課題曲と自由曲がそれぞれ評価されることになった。

それによって、今年は課題曲の選曲や練習の取り組み方が変わったかということも3人の先生に質問してみたのだが、答えは3人とも「まったく変わらない」だった。すなわち、これまでも課題曲には全力で取り組んできたし、評価が自由曲とセットだろうと別だろうと、やることは同じだ、ということだ。

このあたりに、さすが全国大会で好成績を上げるバンドの意識の高さを感じた。

とはいえ、審査方法のみならず、全国大会の中学校・高等学校の部の会場も宇都宮市文化会館に変わる(名古屋国際会議場センチュリーホールが改修工事のため)など、変化が多い今年のコンクール。地区大会が始まるのは7月からだが、例年以上に関係者やファンの期待感は高まっている。

今回取材した3校、それ以外の学校や団体の演奏を早く聴いてみたいものだ。