目次
1. カプースチンはジャズ作曲家?クラシック作曲家?
ニコライ・カプースチンは、現代ロシア音楽を代表する作曲家です。日本人ピアニストの川上昌裕氏と親交があり、新曲の世界初演や、楽譜の校訂を行っています。
現役で活躍する姿はカプースチンのFacebookで見ることができ、クラシック音楽の世界を切り拓いています。
カプースチンの音楽は非常に独特で、他の作曲家には無い個性にあふれています。あまりに特異すぎるが故、ジャズと混同されてしまうこともあります。
確かに彼の音楽は自由で、即興的な作風です。しかし、なぜカプースチンがクラシックに分類されるのか、彼の作品「8つの演奏会用練習曲」を解説していきたいと思います。
クラシックとジャズの違いとは?
ジャズはアドリブを中心に演奏します。アドリブは「即興」の意味で、その場で曲を考えて演奏します。つまり譜面なしで演奏でき、特定のメロディを覚えれば、あとは各々自由に伴奏をつけて楽しみます。
ジャズの譜面には「ad libitum(即興で)」という指示が書かれていれば、そのセクションは音がなくなります。対してクラシックは、精巧にすべての音が譜面に書かれます。
特定の現代曲や、協奏曲のカデンツァ(ソロ楽器のソロ)を除けば、音が無くなる部分も無ければ、アドリブの部分は一切ありません。暗譜の場合もありますが、楽譜にない音は演奏しません。
カプースチンはクラシックの為の音楽!
カプースチンは全ての音を譜面に記しているので、クラシック寄りと言えるでしょう。確かに即興的に聞こえますが、それはジャズ演奏者が使用する「ジャズコード」をカプースチンも取り入れているからです。
ジャズコードとは和音の音に更に音を追加した和音です。例えば(ドミソ)の和音はジャズでは(C or C M )と表記されます。ここに(シレファラ)のどれかを追加すると、(C M 7 C M 11)など、ジャズっぽい和音になります。
ジャズ演奏者はこのようなジャズのメソッドをもとに、旋律にジャズコードを付けて演奏します。カプースチンはこの「ジャズっぽい」音と、弾むようなリズムを駆使して作曲するため、ジャズのような仕上がりになっているのです。
2. 練習曲とは一体?
「8つの演奏会用練習曲」は、カプースチンが40番目に出版した曲集で、最も認知度の高い曲集です。しかしカプースチンの練習曲は、他のそれとはまったく違います。
ツェルニーとショパンを例に、「8つの演奏会用練習曲」の魅力を説明していきます。
ツェルニーの練習曲は機械的で単調
ピアノ学習者であれば1曲は弾いたことがあるであろう、ツェルニーの練習曲。ツェルニーはロマン派を代表するピアノ教育者で、ベートーヴェンに師事し、鍵盤の魔術師リストを育てました。
ツェルニーの練習曲は非常に機械的です。特定の音型を延々と繰り返し、その音型が左手にも表れ、とくに優美な旋律がある訳でもなく曲は終わります。
無味乾燥的な練習曲ですが、ツェルニーはベートーヴェンの作曲した32のソナタを弾けるようにするために、練習曲を作りました。30.40.50.60番練習曲をすべて演奏した暁には、32曲のベートーヴェンのソナタが弾ける!というのは嘘か真か…。
ショパンの練習曲は音楽性と技術が融合!
ツェルニーの練習曲に対してショパンの練習曲は音楽性に富んでいます。
Op.10-3「別れ」やOp.10-12「革命」、Op.25-11「木枯らし」など、抒情性に優れた作品が多くあります。しかし、練習曲の目的はあくまで「技術を向上させるため」という目的です。
Op.10-2の半音階やOp.10-8の広範囲を縦横無尽に駆け巡る分散和音、Op.25-6の3度の練習など、特定のテクニックに特化した練習曲があります。
ショパンの練習曲にはOp10.とOp.25がありますが、特にOp.10は彼の「ピアノ協奏曲第1番Op.11」を演奏するために作られ、実際にOp.10の要素がピアノ協奏曲にも見られます。
3. 8つの演奏会用練習曲の有名曲を紹介!
ショパンともツェルニーとも違うカプースチンの練習曲は一体どんな曲なのか、特に有名な3作品を集めました。
第1番「前奏曲」
譜面を見るとハ長調で書かれているのにも関わらず、ハ長調に存在しないAs(ラ♭)の連打からスタートします。常に上行型(上へ向かう音型)を用いたこの作品は曲集の幕開けにふさわしい華やかさを持ち、一気に聴衆を引き付けます。冒頭のメロディはこの曲を統制し、様々な箇所に用いられて一体感を生み出しています。
途中独特なリズムが使われ、拍感がずらされます。しかししっかりとその先で元のビートに戻る為、不安と安心を意図的に操作しています。
演奏は曲集の中でも難しい部類に入ります。特にリズムが難関で、このリズムに乗れないと全く機械的な音楽となってしまいます。
曲集を表す第1曲目としてふさわしい、またカプースチンの音楽がすべて盛り込まれている完成度の高い作品となっています。
第3曲「トッカティーナ」
曲集で最も有名な曲です。「トッカティーナ」とは「小さなトッカータ」という意味です。トッカータとは主に連打を指す用語。プロコフィエフ作曲「トッカータ」はその特徴をよく捉えており有名です。
カプースチンの書いたこの「トッカティーナ」にも連打が見られます。低音の連打はよく聞こえますが、メロディの下連打は演奏者にとっては苦行でも、意外と耳に残りません。
おそらくカプースチンはこの連打を目立たせたくないからメロディで隠したわけであって、これを誇張する必要はないのかもしれません。
演奏時間が2分程度と短く、アンコールで弾かれることも多い作品です。もちろん演奏難易度はかなり高いです。
第7曲「間奏曲」
先程の「前奏曲」「トッカティーナ」を上回る曲集最高難易度の作品はこの「間奏曲」です。浮遊するような和声に、スパイスとなる唐突なアクセント、哀愁漂う、少しだらけたような雰囲気が統合され、表現においてこの曲は曲集を抜きんでています。
この哀愁漂うような、だらけたような雰囲気を表現するのは、アドリブより難しいかもしれません。スイングする感じ、だらだらしたリズムは全て楽譜に書かれているので、まず譜読みが大変です。そしてこのだらけたリズムを体得するのも大変です。
そして3度と6度が多用され、指にも多くの負担がかかります。そしてラストはテンポがコロコロ変わる為、頭も酷使しなくてはありません。
もしこれがアドリブであれば、そこまで大変ではないかもしれません。しかし、これはあくまでクラシックであって、しかもすべての音、表現は楽譜に書かれているため、アドリブは許されません。
雰囲気の良い休日の昼下がりなんかに聞くのが良さそうですが、演奏者は全くそれどころではありません。
第8曲「フィナーレ」
曲集の最後を飾るのは「無窮動」な練習曲です。「無窮動」とは、あまり変化がなく、常に一定であることを指します。お坊さんのお経は無窮動の良い例です。
常に音が存在して最後まで突っ走る徒競走のような曲ですが、演奏難易度は「前奏曲」より少し優しいくらいです。しかし難しいのには変わり有りません。
「トッカティーナ」から突然ピリッとした雰囲気に変わり、この曲はその雰囲気を保持して締めくくられます。
まとめ
カプースチンの作風はジャズに似ていて、非常に親しみやすい曲が多いです。
是非聴いて欲しい作曲家ですが、演奏するのはかなり大変です、いいえ、カプースチンのジャジーな雰囲気を、身をもって体感したい方はぜひ演奏してみてください。