TVアニメにもなった漫画「ピアノの森」や、直木賞受賞作「蜜蜂と遠雷」などで取り上げられ、近年注目を集めている、ピアノコンクール。現在、世界各地で大小様々のピアノコンクールが行われており、大きなものはまるで音楽祭のような規模を持つ一大イベントとなっています。
多くのピアニストがあふれかえる昨今、キャリアにおいてライバルと差をつけるため、コンクールは若手にとって避けて通れない登竜門です。「〇〇のコンクールで入賞」といった経歴がなければ、演奏活動で食べていくのが難しい時代かもしれません。
コンクールは、他人と競い合わなければならないという厳しい面がある一方で、すべての参加者に均等に機会が与えられるという面もあります。19世紀、コンクールが誕生する以前のピアニストたちは、リストの下で学んだとか高名な誰々の弟子だとかいった師事関係によって、あるいは殊更に派手なパフォーマンスによって、聴衆の目をひかなければなりませんでした。
最近ではインターネットの発達に伴って、多くのコンクールにおいて各ピアニストの演奏がインターネットで配信されるようになりました。そのため、コンクールを生で聴きに行ける人はもちろんのこと、行けない人もネット配信で演奏を楽しむことができます。今やタイムリーで世界中の人々がその演奏を聴けるのです。
そんなわけでピアノコンクールは、若手ピアニストにとってはファンを獲得するための、また私たちピアノファンにとってはお気に入りのピアニストを見つけるための、有用な機会なのです。
今年5月に迫る第7回仙台国際音楽コンクール
ピアノコンクールとしては、ポーランドで行われるショパン国際ピアノコンクールが最も有名ですが、日本にもピアノコンクールは数多く存在します。そのうち、国際音楽コンクール世界連盟に加盟し、一定の水準を満たしていることが保証されているコンクールは、
・浜松国際ピアノコンクール
・仙台国際音楽コンクール ピアノ部門
・高松国際ピアノコンクール
の3つ。昨年秋に行われた第10回浜松国際ピアノコンクールは、ファイナルに残った6人中4人を日本人が占めたということもあって、大きな話題になりました。会場へ聴きに行ったり、ネット配信を視聴したりした方も多いのではないでしょうか。
そして、今年の5~6月には、第7回仙台国際音楽コンクールが行われます。仙台国際音楽コンクールは宮城県仙台市で3年ごとに開催され、ピアノ部門とヴァイオリン部門とに分かれています。今大会のピアノ部門には、14の国と地域から43名のピアニストがエントリーしています(ただし2019年3月26日現在、2名のピアニストが辞退)。参加者の詳細については、公式サイトを参照(https://simc.jp/about/)。
この43名のうち、注目のピアニストをご紹介したいと思います。
スペインの若きリリシスト、アルベルト・カーノ・スミット
スペイン出身の22歳のピアニスト、アルベルト・カーノ・スミット。彼は現在、ニューヨークのジュリアード音楽院で研鑽を積んでいます。2017年、現存する世界最古の音楽コンクールの一つ、ニューヨークのノームバーグ国際ピアノコンクールで優勝しました。また、彼は同年、世界でも名高いコンクールの一つ、カナダのモントリオール国際音楽コンクールのピアノ部門でもファイナリストになりました。私は、このときのネット配信で彼の演奏をはじめて聴き、そして、聴くや否やファンになったのです。
彼の特徴は、端正でみずみずしい音楽づくり。上記モントリオール国際音楽コンクールでの演奏がネット上にアップされているので、お聴きいただければと思います。
これは1次予選の演奏です。バッハのトッカータ ハ短調 BWV911、シューベルトのピアノ・ソナタ 第13番 イ長調 D664、フランクの「前奏曲、コラールとフーガ」が演奏されています。何とも清らかで美しい演奏で、特にシューベルトとフランクについては、曲本来のイメージをそのまま体現しているように感じられます。私がこれまでに聴いたこれらの曲の演奏の中でも、最上のものでした。
また、端正な美しいリリシズムという点で、現在人気を増しつつあるフランスのピアニスト、レミ・ジュニエあたりに通じるタイプのピアニストだと思います。まだ若いけれど音楽性は完成されており、有力な優勝候補の一人ではないでしょうか。
日本の若き俊英、平間今日志郎
仙台国際音楽コンクールは、日本で行われるだけあって、日本人の参加者も少なくありません(43名中8名、約2割)。中でも私が注目しているのは、平間今日志郎です。大阪府出身の20歳のピアニストである彼は、現在アメリカのミズーリ州にあるパーク大学に留学しています。若いので華々しいコンクール受賞歴はまだないようですが、大きなポテンシャルが感じられます。私が彼の演奏を聴いたのは、2018年の高松国際ピアノコンクールにおいてでした。そのときの演奏動画はこちら。
上の動画は第1次審査、下の動画は第2次審査のものです。曲目は、第1次審査がバッハの平均律第1巻 第3番 嬰ハ長調、ショパンの練習曲 op.25-11、プロコフィエフの「サルカズム」op.17で、第2次審査がベートーヴェンのピアノ・ソナタ 第21番 ハ長調 「ワルトシュタイン」、シューベルトの即興曲 変イ長調 op.142-2、リストのハンガリー狂詩曲 第2番。特に、プロコフィエフとリストが素晴らしく、打鍵が力強く充実していて、なおかつ鮮明であり、各々の音がダマにならずくっきりと分離して聴こえます。彼もまた、うまくいけば今大会で上位に食い込むことができる一人ではないかと思います。
その他のピアニストたち
彼らのほかにも、高松国際ピアノコンクールに出場歴のあるハン・キュホ(韓国)、樋口一朗、ダリア・パルホーメンコ(ロシア)、また浜松国際ピアノコンクールに出場歴のあるツァイ・ヤンルイ(中国)、奥谷翔、佐藤元洋、フィリップ・ショイヒャー(オーストリア)、イリヤ・シュムクレル(ロシア)といった人たちがエントリーしており、それぞれ独自の個性を持っています。また、まだあまり知られていないピアニストの中にも、上手な人がいるかもしれません。特に、13名もの韓国人ピアニスト(日本人よりも多い)からは、相当な実力者が期待できそうな気がします。
第7回仙台国際音楽コンクールのピアノ部門、会場へ聴きに行くもよし、ネット配信を視聴するもよし、各位のお気に入りのピアニストを見つけてみてはいかがでしょうか。