クラシックの花形楽器であり、世界の様々なジャンルの音楽でも愛され多種多様な表現を生み出しているヴァイオリン。
今回10の名演奏を選んでいただいた江藤有希さんは、幼少よりクラシックヴァイオリンを学んだ後にアルゼンチンタンゴやブラジル音楽の演奏家として活動、リオデジャネイロでの経験をきっかけに現在ではオリジナル楽曲の演奏活動も行うヴァイオリニスト。希有な経歴を持つ江藤さんがどのような音楽遍歴を歩んで来られたか、10人のヴァイオリニストの動画と共に語っていただきます!

1. ハイフェッツ「ヴァイオリン協奏曲(メンデルスゾーン)」

ハイフェッツが、私が最初に好きになったヴァイオリンの音楽だと思います。
父がフルーティスト、母がピアニストだったので音楽はいつも身近にあったのですが、なぜかフルートやピアノをやりたいと思った事はなくて、4歳の時に自分からヴァイオリンをやりたいと言って始めたんです。
ハイフェッツはその頃聴いていたもので、チャイコフスキーの協奏曲とメンデルスゾーンの協奏曲と、あとツィゴイネルワイゼンが入っているレコードが家でよく流れていました。

2. ミッシャ・エルマン「タイスの瞑想曲(マスネ)」

先に紹介したハイフェッツはヴァイオリニストの中でもトップというか、テクニックも凄くて、テンポも大体人より全部速いみたいな…(笑)印象があるんですけどエルマンは、たぶんこれは父から言われて覚えている言葉なのですが「エルマントーン」と名前がつけられるくらいその音色の表現で他にはいない人。ヴァイオリンは技術的な話になってしまいやすいと思うんですけど、演奏技術というよりも「音色」で世界中に知られてファンも多い。そういう奏者の存在を知らされたのがエルマンです。それってすごいなと子供心に思っていました。

3. アルトゥール・グリュミオー「序奏とロンド・カプリツィオーソ(サンサーンス)」

これもまた「音色」に注目するような音楽家かなと思います。
(クラシックヴァイオリンの)弓の持ち方って3つあるんですよね。ロシア式と、ドイツ式と、フランコベルギー式、と。私は高校受験の頃に技術に困って。身体の使い方のゆがみとか色々あったと思うんですけど、癖を直すのに色々な技術書を読んだりしていました。弓の持ち方も色々と試している中で、フランコベルギー式の持ち方のヴァイオリニストの一人として知ったのがグリュミオーです。ああこういう持ち方でこういう音色なんだなというのが自分の中で一致したというか。単純に上手い人でもあるんですけど、音色が本当に滑らかで綺麗で…すごく好きになったヴァイオリニストですね。

4. ダヴィッド・オイストラフ「ヴァイオリン協奏曲(チャイコフスキー)」

学生時代は先生から課題曲を言われたら、その曲の楽譜と音源を探すのがセットになっていました。オイストラフはもうありとあらゆる曲の録音があって、とっても安心できる、スタンダードに出来る人というか。技術もそうですし表現もそうですし。
チャイコフスキーのこの曲をやる時に色んなヴァイオリニストの音源を聴いたんですけど、オイストラフのが一番好きでしたね。
今回色々動画を探していたら動いているオイストラフを初めて観て、顔の肉が揺れるのが衝撃でした(笑)。

5. ジネット・ヌヴー「ツィガーヌ(ラヴェル)」

浪人生の頃、親しくしていた受験生仲間の友達が歴史的な録音に詳しくて、色んなヴァイオリニストを教えてくれたんです。その中の一人がジネット・ヌヴーでした。昔の録音ってノイズも多いし、録音技術も今より落ちるんですけど、そういう中でも素晴らしい響きが聴こえてきて。この人の…特にこの曲の演奏は「自分で作って弾いてるんじゃないか」と思うような、確固とした表現を感じます。

6. ジョルジュ・エネスコ「詩曲(ショーソン)」

これも同じ時期に知ったもので、今回挙げている中で一番古い録音だと思います。これもノイズの奥から聴こえてくる響きが凄くて…!ピアノの前奏が長いのですが、ノイズの奥からでも、本当に身体に響いてるなっていうのが伝わってくるんですね。それがすごく印象に残っています。門下にメニューインがいたり、ジネット・ヌヴーも彼の講習会に参加していたみたいです。

7. エディ・サウス「On The Sunny Side Of The Street(ジミー・マクヒュー)」

ジャズのヴァイオリニストって、私、ステファン・グラッペリくらいしか知らなかったんですね。この人を知った当時私はクラシックが一番好きだったんですけど、教えてくれたチェロの友人はロックとかを聴いていたんです。お互いにお勧めを押し付け合っている時に聴いてこの人はすごい!となりました。ステファン・グラッペリより少し上の世代で、ステファンやジャンゴ・ラインハルトと一緒に演奏している録音も出ています。やっぱり音色がすごいなっていうのと、クラシックにはない表現をしているっていうのが。これどうやってるのかな?って真似したりもしました。今聴いても本当に気持ち良い、壮快になるような演奏なんですよね。

8. ニコラ・クラシック「Oswaldinho no Forró」

この人はブラジルに行った時に出会った人なんですけど、行く前から名前は知っていました。
私はショーロ(※1)を演ってたんですけど、(ブラジル音楽に)ヴァイオリンってあまり入らないんですよ。チェロはジャキス・モレレンバウムさんなど、ポップス畑に飛び込んでるブラジル人が結構いるんですけど、ヴァイオリンはやっぱりクラシックが強い国で。この人も実はフランス人なんですね。フランスでジャズヴァイオリンをやっていて、ブラジルに渡ってもう15年以上リオに住んでいるそうです。
北東部の音楽っていうのがブラジル音楽の中でも特徴的で、彼もその赤道近くのノルデスチ地方の音楽に焦点を当てているんです。この曲もそうなんですけど。で、フィドル(※2)とは別にハベッカ(※3)っていう楽器があるんですね。彼はハベッカも習得して、両方やるんです。ハベッカとヴァイオリンのアンサンブルをアレンジしたり、すごく面白い事をやっているなと思います。

※1…ブラジルのポピュラー音楽ジャンルの1つ。
※2…ヴァイオリンの別称。フォークミュージックや民族音楽に使われる際にこう呼ばれることが多い。
※3…ヴァイオリンに似たブラジルの弓奏楽器。

9. フェルナンド・スアレス・パス「アディオス・ノニーノ(ピアソラ)」

2000年からショーロの演奏をするようになって、その翌年からタンゴを演奏するようになりました。ピアソラもある時期ずいぶん演奏する機会があって沢山音源を聴いたんですけど、この人の表現っていうのは本当にすごいなと思って。

タンゴの人たちっていうのはクラシックが基盤にある人たちなので、譜面も結構しっかり作りますし、ある部分でアドリブをするとしても基本はアレンジを綿密にすることが多いんです。ピアソラ五重奏団はパスの時代とアントニオ・アグリの時代があるんですが、アントニオ・アグリは叙情的ながらクラシック色の強い方だと思います。パスの方が野生味というか、より色っぽい。これはクラシックの奏者がいくら真似しようとしても出来ないものがあるなといつも思っていて…すごい人ですねやっぱり。

 —タンゴを演奏するようになったのは、ブラジル音楽からの繋がりなのでしょうか?

そうですね。当時ブラジル音楽は奏者も少なかったのでコミュニティーができて。セッションに顔を出したりするとどんどん知り合いが増えたんです。その中で「今知り合いがやっているタンゴバンドでメンバーを探していて、やってみない?」と声をかけられて。
長年クラシックをやってきて、ショーロをやり始めたところでいっぱいいっぱいだからとりあえず見学ならと参加したんですが、行ったら「よろしく!」と30曲楽譜を渡されて、その一ヶ月後には30曲演らなきゃいけなくなって(笑)。それが最初です。そのバンド「オルケスタ・ティピカ・パンパ」では今も演奏活動をしています。

10.フローリン・ニクレスク「DOUCE AMBIANCE(ジャンゴ・ラインハルト)」

これは一番最近、生演奏を聴けた人です。先にお話しした「オルケスタ・ティピカ・パンパ」でご一緒していたタンゴ・ヴァイオリンの家野洋一さんが、タンゴに限らず色々なヴァイオリニストの資料をすごく沢山くれるんです(笑)。音源とかDVDとか一杯いただいたんですね。その中の、ビレリ・ラグレーンさんというギタリストのライヴ映像で観たんですけど、もう本当に自由自在で、しかも音色も素晴らしくて。印象に残ってそのDVDもよく観ていたんです。つい先日来日公演に行ったんですけど圧倒的で!実際ライヴを観ていると、メンバーとのコンタクトとかキューの出し方とか、本当に目配りの出来る人で。自分のソロとかプレイはもちろんなんですけど、コミュニケーション能力も素晴らしくて。すごい人がいるな、と思っています。

 —最後に現在の音楽観についてお聞かせいただけますか?

以前はブラジルの音楽やアルゼンチンの音楽など、既存の曲を美しく、 その曲の素晴らしさを伝えられるようにつとめていたように思います。それは、クラシック音楽を長年やってきた影響のように思いますし、自然なことだったと思います。
現在は、ライブでカヴァー曲を演奏するのは、それを広めたいからではなく、自分や共演者が影響をうけたルーツを紹介するような意味合いがあります。
スタンスが変わったのは、ブラジルに行ったことが大きかったです。毎週ライブで共演し、レッスンも受けたギタリストのホジェリオ・ソウザから言われた忘れられない言葉があるのですが、
「ミュージシャンは、渡された楽譜を正確に、素晴らしく演奏する人。アーティストは、画家が絵を描くように、ここはこの色、あそこはあの色、というふうに自分で色を選んで描く人。あなたは、良いミュージシャンではなく、良いアーティストになりなさい。」
この言葉が、その後の自分のあり方を変えたと思います。
作曲は勉強しないとできない、というのは日本のクラシックの世界にいたら当然の感覚だったように思いますが、ブラジルでは、伝統的なショーロはプライベートなセッションで楽しみ、ライブやコンサートでは、必ず自分たちのオリジナル曲を演奏し、カヴァー曲も自分たちのオリジナル・アレンジで演奏するのが印象的でした。それで「自分たちの音楽」と言える。そうやって、新しいショーロも生まれるから、伝統的なショーロも今に生きているのだなと実感しました。
音楽は、一音聴いただけで、身体の力が抜けたり、気持ちよいなぁと感じたり、わくわくしたり、夢を見ることができる時間だと思っています。 ライブやコンサートに足を運んでくださる方には、色々な方がいらっしゃいます。現実には様々な問題を抱えていても、音楽を聴いているあいだは、すべてを忘れることができる。「明日からまたがんばろう」と思ってもらえたら、何よりの幸せですね。音楽で、幸せな気持ちや、楽しい時間を味わっていただきたいと願っています。

江藤有希 Yuki Etoh
ヴァイオリニスト。作編曲家。
00年、フリーのヴァイオリニストとしての活動を開始。同時にショーロ(ブラジル器楽音楽)の演奏を始め、04年、ブラジルに渡りリオの代表的演奏家と共演、レコーディングに参加。
05年より笹子重治(G)黒川紗恵子(Cl)との「コーコーヤ」に参加。オリジナル・アルバム制作のほか、TV-CM、アニメ作品のサウンド・トラック制作など、映像関係とのコラボレーション多数(’11年〜、江藤作「ボンボヤージュ!」がJ-WAVEのラジオ番組「サウージ!サウダージ」エンディング・テーマに起用される)。
アルゼンチン・タンゴの奏者としても活動し、01年より「西塔祐三とオルケスタ・ティピカ・パンパ」所属。バンドネオン奏者・小松亮太と共演のほか、様々なタンゴ・イベントに出演。
03年より中西文彦(G)とデュオユニット「サウスコンシャス」の活動をスタート。
12年より毎回ゲストを迎えるライブ・シリーズ「ちょっとソロ、ほとんどデュオ」を開始。これまでのゲストは鬼怒無月、大西まみ、佐藤芳明、ヤマカミヒト ミ、橋本歩、岡部洋一、助川太郎、Saigenji、林正樹。
ジャンルを超えたシンガーとのコラボレーションも多く、EPO、ハシケン、 桑江知子、鈴木重子、中村瑞希、amin、松田美緒、一十三十一、千尋、KGM、仰木 亮彦、NUUのほか来日アーティストの演奏サポート、バレエのためのヴァイオリ ン・ソロ作品、J-POP作品の演奏・アレンジなど幅広いジャンルで活躍中。
2016年3月2日、初のソロアルバム『hue』をリリース。

*ライヴ情報*

『西塔祐三とオルケスタ・ティピカ・パンパ』

4/20(木)Open 13:30 Live 14:00 会場 すみだトリフォニー・小ホール
料金 ¥4,500(全席自由)
お申し込み yukivn.info@gmail.com ☆日本屈指、大編成タンゴ楽団ならではのグルーヴで古典タンゴを演奏。

『江藤有希「hue」Afternoon Live at Strings』

5月4日(木祝)Open 12:00 Live 13:00~13:45/14:15~15:00(2st) ストリングス(吉祥寺)0422-28-5035 http://www.jazz-strings.com/index.htm# 武蔵野市吉祥寺本町2-12-13 TNコラムビルB1F 出演 江藤有希(Vn)橋本歩(Cello)笹子重治(G) 料金 ¥3,200(+order)
☆最新アルバム『hue』レコーディング参加メンバー、トリオ編成でのライヴ。
*最新情報はオフィシャルサイトをチェック!
http://www.yukivn.com/


江藤有希 1stアルバム『hue』発売中!

2016年3月2日発売 Happiness Records
HRBR-002 ¥2,222(+税)

毎日のようにテレビやラジオのBGMで流れてくる、江藤有希のヴァイオリン。トリオ”コーコーヤ”で数々の曲を生み出すメロディ・メーカーでもあり、深みのある音色に定評があるヴァイオリニストの初ソロ・アルバム。プロデューサーにショーロ・クラブのギタリスト笹子重治を迎え、日本を代表する強力なミュージシャン達とつくりあげた渾身の一枚。 (C)RS