「音楽で食べていく」、「プロの音楽家として生活していく」・・・これは音楽を志す人であれば憧れ、目標にするかと思います。
 
しかし、そのためにはどういったスキル、経験、知識が必要で、そしてどのような道のりを経ていくべきなのか、悩む方も多いはず。
 
筆者も悩んでいた時期もありましたし、現在でも悩むことがあります。そんな筆者の転機は、とあるヴァイオリニストとの出会いでした。
 
音楽のこと、現場のこと、ヴァイオリンのこと、多くのことを教えて頂き、プロの作曲家としてのスタートラインまで引き上げて頂きました。
 
そのヴァイオリニストが今回、インタビューを行った「柳原有弥さん」です。プロの音楽家としてやっていくには一体なにが必要なのか?どうやったらスタートラインに立てるのか?
 
この記事を読んだ方に、少しでもヒントになれば幸いです。
 

ヴァイオリニスト

  • 柳原有弥(やなぎはら ゆうや)東京芸術大学音楽学部器楽科卒業 以降 aiko、bird、絢香、岩崎宏美、加古隆、サラ・オレイン、島田歌穂、葉加瀬太郎、平原綾香 等数々のアーティストのライブをサポート。 レコーディングもCMから様々なアーティストのニューアルバムまで幅広く参加、その数1,000作品を超える。 その他、TV番組「songs」「僕らの音楽」「ミュージックフェアー」「FNS歌謡祭」「紅白歌合戦」等に様々なアーティストのサポートとして出演する。 現在もレコーディングを主として活躍中。

インタビューアー

  • 野坂公紀
  • 野坂公紀(作曲家)1984年、青森県十和田市出身。 青森県立七戸高校卒業。 2006年にいわき明星大学人文学部現代社会学科を卒業。作曲は独学後、作曲を飯島俊成氏、後藤望友氏に師事…

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ヴァイオリンとの出会い

筆者:柳原さんは芸高(東京藝術大学付属高校)から、芸大(東京藝術大学)に進まれたんですよね?
 
柳原有弥(以下:柳原):そう。芸高は日本全国から生徒が集まってくるんだけど40人の1学年1クラスの少数精鋭。僕はそこそこ音楽の知識はあると思っていたけど、実際は井の中の蛙だった。物凄く知識がある人たちが多かったし、みんな上手かった。
 
筆者:じゃあ、柳原さんと音楽のそもそもの出会いは?
 
柳原:僕の母が学校の音楽教師だった。僕が生まれてからは専業主婦になったんだけど、部屋ではいつもラジオからクラシック音楽が流れてたり、常に身近に音楽があった。そして、母がヴァイオリンを習っていたんだよね。
 
筆者:あ、お母様がヴァイオリンを習っていた。
 
柳原:そう。2~3歳の頃は1人でお留守番するわけにもいかないじゃない?だからいつも母のヴァイオリンのレッスンに付いて行ってた。そこのヴァイオリン教室の先生から「5歳くらいになったらヴァイオリンやろうね」って言われたから、5歳になったとき「ヴァイオリンやるかい?」と聞かれて自然と「はい」って。
 
筆者:お母様は柳原さんのことを本格的なヴァイオリニストにさせたかった?
 
柳原:多分そうなんじゃないかな。おかげで桐朋学園の子どものための音楽教室に入れてもらえて、そこでピアノや合奏とかソルフェージュを習えたし。
 
筆者:辛かったり、嫌じゃなかったですか?
 
柳原:楽しかったよ。ヴァイオリンを本気でやっている新しい友だちにも出会えたし、ワイワイやってた。でも、試験のときはみんなライバルだから競争でもあった。だから良い成績を出せたときは「いぇーい!1番!」とか心の中で一喜一憂してたよ。
 
筆者:柳原さんにとって本当にマッチした環境だったんですね。
 
柳原:勉強より圧倒的に音楽が得意だった(笑)
 
筆者:中学校卒業後は、普通の高校に進学とかは考えなかったんですか?
 
柳原:母はそれも考えたらしいんだけど・・・僕が普通の勉強したくなかった(笑)
 
筆者:普通の勉強したくないから、芸高に行こうって凄い選択ですね(笑)
 
柳原:でも、小学校や中学校の頃から、かなり練習していたし、クラシック音楽が身近にある環境で育ったから、芸高に行こうっていう発想ができたのかも。芸高に入ってからも、かなり練習してたしね。その練習が今でも役に立っている。
 

転機~レコーディング・ヴァイオリニストとして~

筆者:柳原さんのヴァイオリニストとしての仕事のデビューが芸大を卒業してから?
 
柳原:いや、芸高の頃からやってた。
 
筆者:え!芸高の頃からですか!?
 
柳原:そう。東京交響楽団のトラとして。(トラ:エキストラ奏者)
 
筆者:きっかけは?
 
柳原:芸高のときにたまたま教えに来てたのが、東京交響楽団の当時のコンミスの方だった。それがきっかけで声をかけてもらった。確か最初はポップス的なファミリーコンサートだったかな。
 
筆者:すごいですね!他にはどんなオーケストラで演奏されたんですか?
 
柳原:芸大在学中も合わせると、日本フィルハーモニーが多かったかな。あとは、東京交響楽団や東京フィルハーモニー、東京都交響楽団とか。在京の有名オケではNHK交響楽団と読売交響楽団以外は、ほとんど演奏したんじゃないかな。
 
筆者:凄い大活躍ですね!そんな状況で将来の不安とかあったんですか?
 
柳原:もちろんあったよ!オーケストラのオーディションはたくさん受けた。そしてたくさん落ちた(笑)
 

 
筆者:そのままオーケストラプレイヤーの道ではなく、レコーディングメインのヴァイオリニストの道に進んだきっかけは?
 
柳原:芸大を卒業して直ぐくらいにイマージュというCDを基としたライブツアーに声をかけてもらったのがきっかけだった。そこで葉加瀬太郎さんにも出会えたし、なによりレコーディングで活躍されてるプレイヤーと多く出会えたんだよね。
 
筆者:それが大きな転機となった。
 
柳原:それは間違いない。そして、同じくイマージュに参加されていた、レコーディング業界で活躍されている有名な先輩ヴァイオリニストのストリングスチームにも入れてもらえたのも大きかったと思う。
 
筆者:なるほど。でも、柳原さんはオーケストラプレイヤーにも進むことができたと思うのですが、なぜレコーディングの方面に進まれたんですか?
 
柳原:それは、さっき言った、先輩ヴァイオリニストの方の一言が大きかった。
 
筆者:どんな?
 
柳原:まずはお金のことを懇切丁寧に教えてもらった。今後どうやったらヴァイオリニストとして食べていけるのか、そのためにはどんな仕事をしたら良いのか。レコーディングとオーケストラの仕事を同時進行で進めて行くとブレてしまう場合もある。男だったら腹を据えて1本に絞ったほうが良いぞ、って。
 
筆者:なるほど。
 
柳原:もう1つ大事なこととして、僕は当時は実家暮らしだったけど、「男たるもの1人暮らしをしたほうがいいぞ。自分で税金を収めたり、苦労をある程度経験しておかないと結婚したときにダメになるぞ」って言ってもらえたのも本当に大きかった。
 
筆者:社会人としての素養をそうやって覚えていけ、ってことを教えて頂けたわけですね。
 
柳原:そうだね。そういうことを教えてくれる人は音大に1人もいないじゃない。だから、そういうことを教えてくれる人は大事だし、しっかり話しを聞くべきだと思う。
 
筆者:そういった人ことを教えてくれる人、そして自分の転機となる人に出会えるかどうか、それを見逃さないってとても大事なことですよね。
 
柳原:そう!本当にそう思う!第一線で活躍してて、たくさん仕事をしている人に出会えるかどうかって、自分が仕事をやり続けていけるかどうかってことに繋がってくる。
 
筆者:僕の場合は、それが柳原さんでしたね。幸か不幸か・・・
 
柳原・筆者:(大爆笑)
 

クラシック以外の現場でのヴァイオリニストに必要なもの

筆者:オーケストラの中で演奏するのと、レコーディングで演奏するのとでは、色々と弾き方や曲の向き合い方が違うと思うのですが、1番大きな違いはなんですか?
 
柳原:・・・色々とシビアなことかな。オーケストラとは違うシビアさがあるね。とにかくレコーディングブースの中は本当にシビア。プレイヤー全員が頭はフル回転してる。合わせるということもそうだし、さらにクリック(テンポガイド)にも合わせなきゃいけない。それに譜面は毎回初見、もちろん作曲家の要望に答えなきゃいけない。最初は面食らうと思う。
 
筆者:僕も何回かレコーディングの現場にお邪魔したことがありますが、本当に大変な現場ですよね。柳原さんは直ぐに周りと合わせることができましたか?
 
柳原:まぁ合わないよね、普通は。でも、そこはありがたいことに、僕を最初に現場に紹介してくれた先輩が懇切丁寧に教えてくれた。
 
筆者:それは大きかったことですね。
 
柳原:今じゃ、そんな親切な方はいないかも。僕は本当に恵まれていた。だから早めにレコーディングの仕事に慣れた。
 

 
筆者:もし、柳原さんが「レコーディングで仕事していきたい」という後輩に大事なことをアドバイスするとしたら、なんですか?
 
柳原:1番大事なテクニックは「リズム感」だね。クラシックの現場だとエモーショナルなことが大事になってくることもある。
 
もちろん、レコーディングの現場でもエモーショナルな部分も大事だけど、それにばかりに、かまけていると周りとずれてくる。正確に弾いているつもりでも弾けていないこともある。
 
リズムが自分の中にしっかりしたものがないといけない。とにかくリズムを正確に弾けることが重要。レコーディングで仕事している人はリズムに特化しているって言っても良いと思う。
 

新たな音楽の流れ「Project to」、そして音楽を志す人へのメッセージ

筆者:レコーディングの仕事は少しずつ回復してきていますが今、新型コロナウィルスの影響でライブやツアーはもちろんのこと、様々な音楽活動が難しくなっています。
 
しかしその中でリモートやテレワークを使った新たな音楽活動の流れも出てきていますが、柳原さんはそういった新たな音楽活動はされてますか?
 
柳原:あ、それについては是非言いたいことがある。最近やった仕事なんだけど、レコーディング業界の第一線で仕事している人が集まって、「宅録なんだけど、レコーディングスタジオで録音したものと遜色ないものができるぞ!」というものを企業に向けてプロモーションしようという【Project TO】に参加した。これはよくある、動画として見て楽しむものではなく、「聴くことに特化した」もの。是非オススメしたい!!
 

【テレワークオーケストラ】projectTO – #1『Albatross』

 
筆者:これ、私も聴きましたが本当に素晴らしいですよね。
 
柳原:作曲家の東大路憲太さんが発起人になんだけど、「音だけで勝負する」というコンセプトだから、演奏者の姿や演奏風景は一切出てこない。
 
筆者:これは間違いなく、新しい音楽の流れであって、まさにイノベーションだと思います。
 
柳原:僕もそうだと思う。
 
筆者:最後になりますが・・・これから音楽家を志している若い方にメッセージがありましたら、お願いします。
 
柳原:うーん・・・「音楽を楽しいと思えてたら、続けた方が良いと思う。楽しいと思えてないのであれば辞めたほうが良いと思う」
 
筆者:まさにその通りですね。今日は本当にありがとうございました。
 

まとめ

今回のインタビューを通して、見えてきたもの・・・それは音楽家として絶え間ない努力で磨かれた音の感性だけでなく、転機や出会い、チャンスを逃さないという感性がヴァイオリニスト・柳原有弥の道を切り開いてきたということでした。
 
チャンスを掴むためには、音以外の感性を磨いていくことも重要だと再認識するとともに、筆者は音楽の素晴らしい先輩と出会えたということに感謝しました。