久石譲の名前を聞くと、ジブリ映画を連想する人が多いでしょう。
しかし、映画音楽の作曲は久石譲が展開する音楽活動の一部分に過ぎません。

本記事では彼の多彩な音楽活動と楽曲の魅力、これまでの音楽人生について詳しくご紹介します。クラシック、ポップス、ミニマル・ミュージックなどジャンルを跨いで活躍する彼の軌跡を見ていきましょう。

案内人

  • 笹木さき音楽大学の短期大学部で作曲とジャズピアノを専攻。現在は芸術専門図書館で司書として働く傍ら、ライターとして活動中。

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久石譲について

出典:Wikipedia|久石譲

ジブリ映画の世界観を支える音楽を数多く手掛ける久石譲。映画音楽をはじめとするポップスでの活躍が印象深い久石氏ですが、作曲家としてキャリアをスタートさせた当初は現代音楽のフィールドで活動していました。

彼の音楽活動は作曲だけに留まりません。コンサートではピアニスト、あるいは指揮者として舞台に立ち、ポップスからクラシックまでさまざまな音楽を演奏しています。

ジャンルを跨いで長年音楽活動を続けてきた久石氏は、今や日本を代表する音楽家と言っても過言ではありません。

久石譲の楽曲がもつ魅力

久石譲の楽曲に共通する魅力は、なんと言っても『メロディーラインの美しさ』でしょう。シンプルなのに不思議と耳に残るメロディーは、子供から大人までさまざまな年代に親しまれています。

ここでは彼が手掛けた曲の中から4曲を厳選して、その魅力を解説します。

人生のメリーゴーランド


スタジオジブリ作品『ハウルの動く城』のメインテーマとして作曲された一曲。

メロディーが変奏によって繰り返され、テンポやリズム、旋律楽器の違いによって雰囲気が移り変わっていくところがメリーゴーランドを連想させます。

悲しさと楽しさ、アレンジによってどちらも感じ取れるメロディーラインが特徴的で、映画の中で揺れ動く『感情』や『時間』を表現している素敵な曲です。

Oriental Wind


この曲を聴いたらお茶のCMが頭に浮かぶでしょう。実はこの曲も久石譲の作品です。

中間部には厚みのあるブラスサウンドで盛り上がる部分があったり、所々に日本的な音階を感じられたり、1つの曲の中でさまざまな変化を楽しめます。

ある夏の日


『千と千尋の神隠し』のメインテーマとして作曲されたインスト曲(器楽曲)です。
前奏部分の和音をいくつか聞くだけで、不思議と『久石譲の音楽』だと分かってしまう特徴的な響きが感じられますね。

メロディーラインは洗練されていて、暗くもないけれど明るくもない印象。聞き手にイメージを委ねてくれる、優しい音楽です。

同じメロディーに歌詞をつけた『いのちの名前』という曲もぜひ聴いてみてください。

エレクトリック・ヴァイオリンと室内オーケストラのための《室内交響曲》抜粋

同じパターンを繰り返すミニマル・ミュージック的な手法で展開されるこの曲は、映画音楽シーンで聞き慣れた『久石譲の音楽』とは異なる魅力が感じられます。

周りの楽器と調和を取るのが難しいと思われる電子楽器に独奏パートを与えた、実験的で興味深い楽曲です。

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久石譲の音楽人生

ここからは久石譲の音楽人生と、ターニングポイントになった出来事を紹介します。

多くの映画音楽に触れた子ども時代

子どもの頃、父親の仕事の関係で頻繁に映画館に行く機会があったという久石氏。当時はテレビが普及する直前で映画が全盛期だった時代です。上映作品が入れ替わるスパンは今よりも短く、久石氏は過去のインタビューで「あらゆるジャンルの映画を5年間、年300本以上観た」と語っています。

映画鑑賞を通じてさまざまな音楽に触れたことは、後に映画音楽を手掛けることになった久石氏にとって貴重な体験だったことでしょう。

作曲家を志したきっかけ

久石氏は著書の中で、「作曲家になることは中学時代には決めていた」と語っています。

ブラスバンド部に所属していた中学時代、トランペットやサックスなど、担当した楽器の演奏はどれも上手かったという久石氏。時には指揮を振ることもあったというエピソードから、現在の音楽活動に通じるマルチな活躍ぶりが窺えます。

当時の久石氏は、知っている曲を自分好みの編成にアレンジして、書いた楽譜をみんなに演奏してもらっていました。

その体験を通して「演奏することよりも作ることの方が好きだ」と自覚した久石氏は、本格的に作曲を始めるようになります。

現代音楽とジャズに魅了された高校時代

高校生になった久石氏は、音大進学を目指します。和声学の分野で著名な島岡譲氏のレッスンを受けるため、住まいのある長野から東京へ通う生活を3年間続けました。

音楽理論の基礎となる和声学を学びながら、久石氏はさまざまなジャンルの音楽に魅了されていきます。特に夢中になったのは、現代音楽とジャズでした。

黛敏郎、三善晃、シュトックハウゼンらの作品に刺激を受け、マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーンらの奏でるサウンドに感化される日々。多様な音楽に触れる中で、久石氏は『現代音楽の作曲家』になることを意識します。

ミニマルミュージックとの出会い

国立音楽大学作曲科に入学した後も、久石氏は高校時代と変わらず新しい音楽を積極的に聴いていました。現代音楽にのめり込み、大学時代の後半には自作品によるコンサート活動を始めます。

その頃に出会ったのが、テリー・ライリーのレコードです。
久石氏が衝撃を受けたというその音楽は、最小限の音の反復による音楽、いわゆる『ミニマル・ミュージック』でした。

不協和音やリズムを持たない音響を用いて自身の思う『新しい音楽』を表現していた久石氏にとって、協和音とリズムを持つ反復音楽は相当に衝撃的だったのでしょう。

彼はインタビューで当時のことを「これが”最先端”だと突きつけられた瞬間、世界がひっくり返るくらいに驚いた」と語っています。

ここが作曲家・久石譲の大きなターニングポイントです。ミニマル・ミュージックに出会って以降、久石譲の音楽活動は徐々に変化を遂げていきます。

クラシックからポップスへ

大学を卒業するころからテレビの音楽制作やアレンジの仕事を手掛け、「ポップスの世界に行った方が自分のやりたいことができる」と感じていた久石氏。当時、日本の現代音楽のあり方に疑問を抱いていたこともあり、作曲家としての活動をポップスのフィールドに移す決意をします。

1982年のデビューアルバム『INFORMATION』は、ミニマル・ミュージックをベースにしつつ、レゲエやロック的な要素を取り入れた作品群でした。このアルバムは久石譲の活動領域がポップスへ移ったことを宣言すると同時に、ジブリ作品と関わるきっかけを生み出した重要な一枚です。

映画音楽分野での活躍

前述のアルバム『INFORMATION』を制作したレコード会社から声を掛けられた久石氏は、スタジオジブリ作品『風の谷のナウシカ』のイメージアルバム制作に取り組みました。

後に映画本編の作曲家として起用され、映画の成功と共に作曲家・久石譲の名は広く知られることになります。

ジブリ作品の他、『菊次郎の夏』『おくりびと』『悪人』など数々の有名映画の音楽を世に送り出しました。

クラシック指揮者 久石譲

映画音楽を始めた当初、久石氏が作曲に使っていたのはシンセサイザーでした。次第にヴァイオリンなど生の楽器を使うようになり、1997年公開のジブリ映画『もののけ姫』以降はフルオーケストラで音楽を作り始めます。

その際にお手本となったのが、クラシック音楽です。

偉大な作曲家たちが残した作品を読み解くためには、「楽譜を見るだけでなく演奏すべきだ」と考え、久石氏はクラシック音楽の指揮に取り組み始めました。

2019年に発売された久石譲指揮によるナガノ・チェンバー・オーケストラ(現 フューチャー・オーケストラ・クラシックス)のライブ音源CD『ベートーヴェン/交響曲全集』は、音楽之友社のレコード・アカデミー賞で特別賞を受賞しています。

指揮者としても高い評価を受ける久石氏。
そのコンサート活動は、国内外で人々の注目を集めています。

まとめ

音楽家、一般聴衆の耳に残るエンターテインメント性を意識した楽曲から、自身の音楽性を突き詰めた芸術性の高い作品を生み出す久石譲。

ここで紹介しきれなかった名曲、名演奏もたくさんあるので、気になった方はぜひチェックしてくださいね。