ベルギー生まれで、19世紀後半のフランス音楽を代表する作曲家セザール・フランク。その音楽は、精神が休まり、気持ちもクールダウンするのが感じられるから不思議ですよね。
今年の夏は梅雨明けがいつもより早かったし、連日の酷暑でやる気も出ない…そうお嘆きの方は、本記事で紹介するフランクの「聴く清涼剤」をどうぞ。
遅咲きの音楽家フランク
セザール・フランク(1822-1890)が作曲家として本格的に活動したのは、最晩年のわずか18年ほどにすぎません。
しかし彼は大器晩成を地で行くような人で、パリの聖クロチルド教会の正オルガン奏者を務めるかたわら、本業のオルガンのための作品のみならず、交響曲、室内楽曲、管弦楽曲、ピアノ曲、聖歌隊が歌うための宗教的合唱曲などを残しており、いずれも珠玉の名曲ぞろいです。
フランクの『3つのコラール』はオルガン音楽好きにとってはつとに有名で、オルガンリサイタルでもよくプログラム(いまふうに言えば、セトリ)に入れられる定番曲。しかし一般的には、彼と同時代に活躍したサン=サーンスやフォーレ、グノーのほうがフランクよりはるかに知名度が高く、「フランクってだれ?」という反応が普通かもしれません。
でも、「天使のパン」という小品はクリスマスシーズンの定番で、「どこかで耳にしたことがある!」という人も多いはず。筆者個人的には、これは寒い季節より、むしろいま、暑い季節にこそふさわしい作品だと思っています。いろいろな演奏形態による録音がありますが、夏に聴くのなら、冷たい岩清水のように透き通ったボーイソプラノによる歌唱がぴったり。
ほかにフランクの宗教音楽では、『アレルヤ~復活祭の合唱』も心洗われるすばらしい曲なので、合わせておすすめします。
https://youtu.be/bCYYh6XkBc0
フランク『3声のミサ曲 イ長調 Op-12』から「天使のパン」(1860、原詞はトマス・アクィナス作の賛歌から)
ボーイソプラノ(トレブル):アンドリュー・デ・シルヴァ(英ピーターバラ大聖堂聖歌隊員)
『前奏曲、フーガと変奏曲 ロ短調 Op.18-3』
フランク『前奏曲、フーガと変奏曲 ロ短調 Op 18-3』(1862)
オルガン:マティアス・マイヤーホーファー(独フライブルク大聖堂、使用楽器は2019年にスイスのクーン社が建造したオルガン)
この曲は、1860年から1862年にかけて作曲した『大オルガンのための6つの作品』のひとつですが、ピアノ編曲版でもよく演奏されます。
なんとも哀愁を帯びた旋律が切々と歌い出して曲を開始する冒頭部は、一度聴いたら忘れられないほど印象的。オルガンではなく、はじめからピアノのために書かれたのではないかと思えるほど、ピアノ的な曲想の作品です。
彼はこの6つのオルガン作品を、尊敬するサン=サーンスに献呈しています(あいにく先方は、フランクの音楽についてはあまり高く評価していませんでしたが…)。
フランクのオルガン曲は、同時代にフランスで活躍したオルガン建造家のアリスティド・カヴァイエ=コルが建造したオルガンで聴くのが理想的だとよく言われます。フランクはカヴァイエ=コルオルガンが大のお気に入りで、聖クロチルド教会のオルガン奏者になろうと志したのも、カヴァイエ=コルがこの教会に建造した新しいオルガンに惚れこんだからだと言われています。
『ヴァイオリンソナタ イ長調』
フランク『ヴァイオリンソナタ イ長調』(初演1886)
ヴァイオリン:富永扶
ピアノ:下野宗大
一般的なクラシック音楽ファンの間で最もよく知られたフランク作品、とくると間違いなくコレでしょう。
この作品は、フランクの同郷の後輩ヴァイオリニスト、ウジェーヌ・イザイの結婚祝いとして作曲され、彼に献呈されたもの。初演は1886年12月16日にブリュッセルで、イザイ本人が行っています。
この作品の魅力は、主役のヴァイオリンと伴奏ピアノがそれぞれ奏でるモティーフが姿かたちを変えて何度も登場する循環形式が駆使された掛け合いにあります。高度な作曲技法と演奏技術が求められる作品ですが、劇的な盛り上がりがたびたび現れる4つの楽章の進行には、緩やかな流れを進んできたかと思ったら、急流に突っ込んだりと、まるでラフティング(渓流下り)のような爽快さがあります。
『前奏曲、コラールとフーガ』
フランク『前奏曲、コラールとフーガ』(出版1885)
ピアノ:ニコライ・ルガンスキー
『ヴァイオリンソナタ』でも書いたように、フランク作品の最大の特徴は、同じモティーフや主題が楽章ごとに姿かたちを変えて登場する循環形式にあります。
『前奏曲、コラールとフーガ』は当初、バッハの『平均律クラヴィーア曲集』のような「前奏曲とフーガ」のみで構成しようと考えたようですが、コラールを真ん中に挟んで、切れ目なく演奏できる形式に変更したと言われています。
中間のコラール風変奏は変ホ長調で開始されるものの、最後のフーガは、受難を象徴する調とも言われるロ短調の悲痛な半音進行を中心に進みます。バッハ時代の「ラメントバス(嘆きの低音)」を彷彿とさせる音型まで現れて、秋の風が吹きはじめた晩夏の海辺にたたずんでいるかのような、そんな感傷に浸れる作品です。
ルキノ・ヴィスコンティ監督が、映画『熊座の淡き星影』(1965)のサントラに起用した理由も、そのへんにあるのかもしれません。「天才は天才を知る」といったところでしょうか。
生前は評価が低かったフランク
最後にこぼれ話をひとつ。フランクは同時代の音楽批評家から、こんな悪口(?)を書かれたことがあります。
「彼の旋律はまったくもって無味乾燥。パッとしない音楽であり、優美さや魅力、微笑といったものに欠けている」
フランク作品がのちの時代に高く評価され、演奏されている事実を考えると、この批評を書いた人の耳がいかにイイカゲンでアテにならないか、ということを自ら証明してしまっているようなものでしょう。
以上、4つのフランク作品を聴いて興味を覚えたら、代表作の『交響曲 ニ短調』も聴いてみることを強くおすすめします!