今回はバレエ音楽「白鳥の湖」で有名なロシア最大の作曲家、ピョートル・チャイコフスキー(1840~1893)の代表作10選です。

彼は繊細な性格の持ち主であり、人間関係の苦労やパトロンの存在など興味深い生涯を送りました。その人生から紡ぎ出された音楽は美しいメロディの宝庫であり、時代を超えて人々を魅了し続けています。

案内人

  • 林和香東京都出身。某楽譜出版社で働く編集者。
    3歳からクラシックピアノ、15歳から声楽を始める。国立音楽大学(歌曲ソリストコース)卒業、二期会オペラ研修所本科修了、桐朋学園大学大学院(歌曲)修了。

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「三大バレエ」を生み出した作曲家チャイコフスキー

出典:Wikimedia Commons

チャイコフスキーの代表作といえばバレエのための音楽作品が挙げられます。中でも「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」の3作品は「三大バレエ」と呼ばれ世界的に有名です。

ロシアの本格的なバレエの歴史は18世紀初頭から始まりましたが、バレエ音楽にはバレエ専門の作曲家がいたため、交響曲などを書く作曲家とはジャンルが分けられていました。彼は1875年にボリショイ劇場から「白鳥の湖」の作曲依頼を受けると、踊りの付属的な音楽ではなく大規模なオーケストラ編成で曲を書き上げました。「眠れる森の美女」と「くるみ割り人形」でも音楽が重視されています。

こうしてバレエ音楽ジャンルの芸術性が高められていったのです。

チャイコフスキーの名曲【バレエ音楽編】

まずはチャイコフスキーの代表作である三大バレエをご紹介します。

白鳥の湖/Swan Lake


三大バレエのうちで最も早い1876年に作曲されました。誰もが一度は聴いたことがある印象的なメロディが特徴で、バレエの代名詞といえる作品です。

王子ジークフリートと白鳥の姿の姫オデットの愛の物語。第2幕の「情景」や「4羽の白鳥の踊り」が特に有名ですが、発表当時の作品への評価は低く、没後に人気が出ました。出版社や指揮者によって編まれた音楽だけの組曲版もあります。

眠れる森の美女/The Sleeping Beauty


ペローの童話を題材としたバレエ音楽。魔法で眠るオーロラ姫が王子の愛で目を覚まして結ばれる愛の物語です。多くのキャラクターによる華やかな踊りと優美な音楽が詰まった豪華絢爛な作品でもあります。

第1幕の「ワルツ」は姫の誕生日を祝うシーンで流れる美しい音楽で、ディズニー映画では歌詞が付けられ「いつか夢で」という歌になりました。バレエは3時間に及ぶ超大作ですが、自身により編まれた5曲の管弦楽組曲もあります。まずは組曲から聴いてみるのもおすすめです。

くるみ割り人形/The Nutcracker


E.T.Aホフマンの童話に基づいたバレエ音楽です。舞台はクリスマスイブの夜、少女クララとくるみ割り人形がお菓子の国で過ごすファンタジーな世界。可愛らしくて楽しい音楽が多く、幸せな気持ちになれる作品です。

8曲から成る組曲版もあります。「こんぺい糖の踊り」にはチェレスタという楽器が登場します。チェレスタはイタリア語で「天国のような」という意味でキラキラとした音が特徴です。物語のシーンを想像しながら聴いてみると、より楽しめるでしょう。

チャイコフスキーの名曲【交響曲・管弦楽編】

名曲の交響曲第6番と、一度は聴いておきたい管弦楽の名曲もあわせてご紹介します。

交響曲 第6番「悲愴」/Symphony No.6 “Pathétique”


1893年、亡くなる直前に完成した最後の交響曲で、チャイコフスキーの人生が詰まった至高の作品と言われています。初演から9日後に急逝し、彼の音楽人生は幕を閉じました。

全四楽章構成で、全体を通して悲しみや影が漂う陰鬱な音楽です。しかし、その陰鬱さを郷愁や儚さで包みこみ美しく整えているのが彼の音楽の魅力でしょう。強弱や曲調のコントラストが織りなす展開にどんどん引き込まれていきます。人気の高い曲で多くの名盤がありますので、ぜひ聴き比べてみてください。

大序曲「1812年」/Overture 1812


この作品は1812年の出来事が題材となっています。ナポレオンが率いるフランス軍がロシアへ侵攻し、ロシア軍が撃退したストーリーが音楽で表現されているのです。

曲中には国歌や民謡の引用が登場し、クライマックスには大砲や鐘の音が登場します。オーケストラを超えてまるで映画のワンシーンのような迫力ある音楽が体験できる、必聴の一曲です。

弦楽セレナーデ/Serenade for Strings


1880年に作曲された全四楽章の弦楽アンサンブル。どこかで聴いたことのある有名なメロディが詰まった人気の作品です。

第一楽章冒頭の力強いメロディは一度聴いたら忘れられないようなインパクトがあります。第二楽章のワルツも人気が高く、流麗で心地よい音楽です。シンプルなフレーズなのにドラマティックで耳に残るというのが、チャイコフスキーの音楽の真髄といえるでしょう。

チャイコフスキーの名曲【ピアノ曲編】

バレエ音楽やオーケストラ作品が有名ですが、ピアノ曲も多作で100曲ほど残されています。特に、モスクワ音楽院の教師をしていた時期に多く作曲しています。

ロマンス ヘ短調 Op.5/Romance f-moll Op.5


歌手のデジレー・アルトーに献呈された曲です。アルトーはモスクワに来ていた歌劇団の一員で、チャイコフスキーが一目惚れしたことがきっかけとなり婚約しました。しかし、周囲の反対などで破談となり、アルトーは別の人と結婚してしまいます。切なく艶やかなメロディと、ロシア舞曲のリズムを刻む楽しげな音楽が交互に現れ、アルトーへの恋心を表現しているかのように聴こえます。

ピアノ曲集「四季」/Les Saisons


1875年に完成した小品集で、1月から12月までをテーマにした12の小品で構成されています。作曲のきっかけは音楽雑誌の連載で、まずその月の詩が選ばれ、選ばれた詩をチャイコフスキーが音楽で表現するという企画でした。

全体的に素朴で優しい音楽で、6月「舟歌」の抒情性溢れるメロディや、10月「秋の歌」の哀愁漂うハーモニーの美しさには心が揺さぶられます。ぜひ詩とともに鑑賞してみてください。

チャイコフスキーの名曲【協奏曲編】

チャイコフスキーは協奏曲にも傑作を残しました。必聴の2曲を紹介します。

ヴァイオリン協奏曲 ニ長調/Violin Concerto in D major Op.35


ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスによる三大ヴァイオリン協奏曲に加えて「四大ヴァイオリン協奏曲」と数えられることもある傑作です。完成した1878年はフォン・メック夫人からの支援が始まった時期にあたり、創作に没頭できる環境で書かれたことが窺えます。

第一楽章は少しずつ高まっていく音楽の盛り上がりやヴァイオリンの鮮やかなソロが魅力です。全体的に透明感のあるヴァイオリンのメロディと豊潤なハーモニーが紡ぎだす美しさが満ち溢れています。

ピアノ協奏曲 第1番/Piano Concerto No. 1 in B-flat minor, Op. 23


チャイコフスキーが初めて作曲したピアノ協奏曲で、とくに人気が高い作品です。モスクワ音楽院院長のN.ルビンシテインからは「音楽が薄く難易度が高すぎる」と言われ書き直しを求められましたが、それには従わず初演は成功を収めるのでした。

第一楽章冒頭の華々しい序奏がその後に続く音楽への期待を高めます。第三楽章では華麗なピアノパートが聴きどころです。大胆さと流麗さが共存した音楽で、印象強く残る作品です。

まとめ

有名な三大バレエ音楽からピアノ曲まで、多作なチャイコフスキーの魅力をご紹介しました。聴いたことのある曲にも初めて知った曲にも、お気に入りのフレーズが見つかったのではないでしょうか。
美しい音楽に癒されたい時、バレエに興味を抱いた時にはチャイコフスキーの音楽がおすすめです。