ピアノを学ぶ上で欠かせない基礎練習として知られる「ハノン」ですが、具体的にどのような効果があり、どんなレベルの人が取り組むべきなのか?こう疑問に思う初心者は少なくありません。

当記事では、ハノン楽譜の概要から、初心者がいかにしてこれを利用して上達できるのか、またどの楽譜を選べばよいのかを現役ピアノ講師が徹底解説します!

案内人

  • 古川友理名古屋芸術大学卒業。
    4歳よりピアノを始め、伊藤京子、深谷直仁、奥村真の各氏に師事。
    地元愛知県三河地方を中心に器楽、声楽、合唱伴奏者として活動する傍ら、島村楽器音楽教室等でピアノ講師として勤める。

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そもそもハノンとは?

練習曲第1番(冒頭)

「ハノン」とは、指練習に特化した練習曲集のこと。1873年にフランスの作曲家シャルル=ルイ・ハノンによって発表された「60の練習曲によるヴィルトゥオーゾ・ピアニスト」を指します。

この曲集は、指の独立性、柔軟性、速さ、力強さを鍛えることを目的としていて、初心者から上級者まで幅広く用いられています。

はじめに書かれた変奏や、各曲に添えられたアドバイスをもとに、さまざまな工夫をしながら段階的に難易度を上げて練習していくのが特徴です。そのため、ピアノ学習者にとって、ハノンの練習は基礎技術を確実に身につけ、さらに高度なピアノ演奏を目指すための重要なステップと言えるでしょう。

内容は、大きく3パートに分かれています。

第1部(1~20)

すばやく動かす/1本ずつ独立させる/力強く弾く/粒をそろえる

第2部(21~43)

音階・半音階・アルペジオなどさらに進んだテクニックを得るための練習

第3部(44~60)

トリル・連打・分散オクターブなど最高のテクニックを得るための練習

第1部では「ドミファソラソファミ」「ドミラソファソファミ」といったさまざま順番で並ぶ音列を使い、1本1本の指の強化や、しなやかで俊敏な動きを目指します。

第2部からは、より複雑な音列や半音階、アルペジオなどを用いて、さらに進んだテクニックを身に付けていきます。また、39番からの24調の音階練習では、各調性の調号や関係調、短調の音階の種類など、楽典的な要素を学ぶことも可能です。

そして「最高のテクニックを得るための練習」と記された第3部では、同音連打や3度・6度・8度の連打、3度のレガート、分散オクターブなど、難易度の高い技巧的な作品を弾く際に重要となるテクニックを規則的に並んだ音列を使って強化していきます。

ハノンの効果と注意点

ハノンを練習することで主に6つのスキルを向上させることができます。

・なめらかで俊敏な指の動き
・指の独立・強化
・音の粒をそろえるコントロール力
・手首のやわらかさ
・動きの左右差の改善
・ピアノ練習の応用力

※ハノンより引用

さらに筆者は、実際に生徒のレッスンで使ったり自身が練習に取り入れたりしながら、以下の効果を実感しています。

・テンポを一定に保つ力の強化
・集中力の向上
・読譜力の向上

ハノンを練習する際は、手や指の形、姿勢など複数の要素に意識を向けながら、一定の速さで演奏します。そのため、集中力が高まり、一定のテンポで弾き続ける感覚を養いやすいのです。

さらに、声に出して読みながら練習すれば、読譜力の強化も!音が規則的に並べられているため読み間違えた場合に気づきやすく、指練習と同時に読譜のスピードアップもできるのです。

ハノンのレベル

ハノンに明確なレベルの記載はありませんが、練習に取り入れる段階ではある程度両手で自由に弾けるようになっていることが求められます。

ハノンは単純な音の並びで構成されていますが、1曲を通して演奏するとそれなりに音数も多く、集中力を必要とします。また、指の独立や強化は正しい手や指のフォームのうえに成り立つものですので、ある程度形をキープしながら弾けるレベルが必要です。

いつからハノンに取り組むと良いの?

ある程度左右の指を鍵盤上で自由に動かせるようになってから取り組むことをおすすめします。教本でいうと『ブルグミュラー 25の練習曲』に挑戦する頃です。

もとのハノンの練習曲は1ページ、または2ページにわたって書かれていますが、さまざまな出版社から各曲を半分の長さに縮小した楽譜なども出版されています。低年齢、あるいはピアノ歴が短めの方が使う場合は、まずは弾きやすくアレンジされたものから始めるのもおすすめです。

「ハノンは退屈」という声も……

「ハノンは退屈だから弾きたくない!」
「ハノンはつまらない!と言って全然練習しないんです……」

ピアノ講師をしていると、生徒さんやその保護者からこのような声を多く耳にします。

確かに、ハノンには以下のような短所(デメリット)もあります。

・白鍵のみの練習が多い
・単調で飽きやすい
・間違った方法で練習を継続すると手を痛める恐れがある

作曲者のハノンは「味気なく飽き飽きするのを防ぐために曲をおもしろくすることも必要。そのために60の練習曲を作った」と書き残していますが、おもしろいと思えるかは練習の工夫次第です!

よくあるのが、転調させて黒鍵を使ったり、リズムや強弱、テンポを変えて単調さを取り除く方法です。このように曲に変化をプラスすることで、練習のバリエーションが広がり、飽きやすいハノンのデメリットを解消することができます。

結局ハノンは必要?

ピアノ演奏の基礎力強化や演奏技術の向上を目的とした練習をするならば、ハノンは必要と言えるでしょう。ただし、ピアノのテクニック教材は、ハノン以外にも数多く存在するため、「ハノンじゃなければいけない」というわけではありません。

以下のような方にはハノンを取り入れた練習がおすすめです。

・コツコツ練習に取り組むのが得意な方
・指練習にある程度時間を割ける方
・今後技巧的な作品に挑戦していきたい方

ハノンは、時間をかけてコツコツ取り組んでいくタイプの曲集です。単調で退屈に感じる気持ちもわかりますが、確かな演奏力・表現力が身に付くのでぜひ練習に取り入れてみてくださいね。

ハノン楽譜のおすすめ4選

ハノンは、多くの出版社から工夫を凝らした楽譜が出版されています。今回は、なかでも筆者おすすめの4つの版をご紹介します。

全訳ハノンピアノ教本(全音楽譜出版社)

「ハノンといえばこれ!」といっても過言ではない、もっともスタンダードな楽譜です。多くのピアノ学習者や演奏家が、テクニックを磨くために練習に取り入れています。

トンプソンのハノン〈テクニック・ガイド付き〉(YAMAHA)

子ども用楽譜を数多く手掛けるトンプソンらしい切り口で、わかりやすく練習に興味が湧くよう編纂された楽譜です。

例えば、「2つの音のフレーズ」を学ぶテーマでは、「足の不自由なアヒル」という想像力を働かせるタイトルが付けられています。他にも、手首の動かし方を示す写真が掲載されていたりと、随所にさまざまな工夫が見られます。

新 こどものハノン しなやかで強い手を育てる魔法の5分間練習(全音楽譜出版社)

各ページ記載された1日5分で力のつく効果的なメニューに沿って練習を進めることで、効率的にテクニックを身につけられる楽譜です。

『練習終了目標日』と『実際に終わった日』を書き込む表も用意されているので、計画的にスキルアップしたい人におすすめです。

おとなのハノン~指の動きをよくするピアノ・トレーニング・ブック~(ドレミ楽譜出版社)

ハノンに入る前の導入編から始まり、無理なくハノン編に入れるよう構成されている、大人向けの楽譜です。

練習用リズムや、それぞれの練習に適した速さが記載されており、短い時間で効率的に練習できるよう工夫されています。

ハノンを練習する際のチェックポイント5つ

以下の5つのポイントを意識して、より効果的にピアノ演奏の基礎力を磨いていきましょう!

①正しい姿勢・手のフォームを意識する

基礎的なテクニックを身に付けるうえで、正しい姿勢と手のフォームは欠かせません。まずは練習を始める前に、自分に合った椅子の高さで良い姿勢で座れているか、正しい手のフォームを意識できているか、練習中も崩れていないかこまめに確認しましょう。

下記記事でも詳しく解説しているので、ぜひ併せて参考にしてみてください。

②体の各部位に力みがないか確認する

「力み」は美しい演奏を妨げる要素の一つ。指、手首、肩、背中、どれか一箇所にでも力みがあると、指の俊敏な動きや音のコントロールを妨げます。さらに、力みがある状態で無理に指を動かそうとすることで、腱鞘炎などの故障につながることもあるのでご注意ください。

もともと、音がさまざまな形で規則的に並べられたハノンは、力みのない状態を目指す脱力練習に最適な教材なので、「力み」がないかどうかを意識することは大事なポイントです。

③音の粒がそろっているか十分に聴きながら弾く

各曲が規則的な音の並びで構成されているハノンは、音の粒が乱れているのに気づきやすく、コントロール力を高めるのにピッタリの練習曲集です。

粒がそろわない原因は、姿勢や手のフォームの崩れ、指先の関節の緩み、体の力みなどさまざま。まずは自分が奏でる音にしっかり耳を傾け、粒がそろっていないことに気づいた場合は、原因を探ってみましょう。

音の粒を意識すると、自分の手やフォームの癖、動きの悪い運指など、美しい演奏を妨げる要素に気がつくことができます。

④楽譜に書かれた指使いを守る

ハノンを使って練習をする際には、必ず指使いを守って弾きましょう!

ハノンでは、5本の指を平均的に訓練するために、指使いが細かく指定されています。これを自分の弾きやすい指使いに変えて弾いた場合、作曲者ハノンが意図した練習効果が得られず、練習に費やした時間が無駄になってしまう可能性もあります。

特に、第2部の音階や半音階、アルペジオの指使いは、ハノンに限らずさまざまな作品で採用されている「もっともなめらかに演奏できる運指」です。ハノンの練習でしっかり身に付けておけば、他の作品の譜読みや練習もスムーズに行えるでしょう。

⑤テンポアップのみを目標としない

ハノンに限らず、テクニックのテキストを使った練習では、テンポを上げることに意識が向きやすいもの。

指が速く動くことは、難易度の高い曲を弾きこなすための重要な要素の一つですが、フォームが悪く音の粒がそろっていない状態では、そのテクニックを実際の曲にうまく活用できません。また、速く弾くことだけにこだわった練習は、関節の痛みやケガにつながる恐れもあります。

ハノンの練習では、テキストの速度表示はあくまで「目標」とし、先の4つの要素を意識しながら、徐々にテンポアップしていきましょう。

ハノンはどんどん進めていっていい?

ハノンにはピアノ演奏に必要なテクニックが詰まっているため、まずはひと通り取り組むのがおすすめです。ただ、一冊弾き終えたらそれで修了としてしまうのはもったいない!

ハノンの各練習曲には「5指の独立と強化をはかる」「4-5の運指をなめらかにする」「音階の粒をそろえる」など、それぞれ異なる要素が含まれています。そのため、練習している作品に必要な要素を含む曲や、もっと強化したいテクニックを含む曲をピックアップして練習に取り入れることで、常に効果的な練習教材として使い続けられます

ハノンの練習を通して指の俊敏な動きや脱力を身に付けても、実際の曲に応用できなければ意味がありません。ハノンで習得したテクニックと演奏を身に付けるためにも、練習の前のウォーミングアップや、練習中のインターバルに積極的に取り入れてみてください。

まとめ

ハノンは、ピアノを弾くうえで重要なテクニックの強化をはかれる、素晴らしい練習曲集です。

練習前のウォーミングアップや、正しい姿勢やフォームを忘れないためのルーティンなど、さまざまな使い方で活用し続けることもできます。

リズムや強弱を変えたメリハリのある練習で単調さを払拭し、あなたの弾きたい曲を弾きこなすための基礎力を身に付けていきましょう。