ロックダウンや外出自粛で人に会えない日々がつづいたこの春、ネット上ではリモートによるトーク・イベントが大量に「発生」しました。その中でだんとつに面白かったのが、大ちゃん、和樹くん(対談内の呼び方で書かせていただきます!)、この二人の音楽家による対談シリーズです。
藤倉大
- 1977年、大阪生まれ。15歳で渡英、作曲を学ぶ。国内外の作曲賞を多数受賞。協奏曲からオペラまで、演奏される機会の多い現代作曲家として知られる。映画『蜜蜂と遠雷』で4人の登場人物が演奏する『春と修羅』を作曲。ロンドン在住。
山田和樹
- 1979年、神奈川県生まれ。2009年、ブザンソン国際指揮者コンクール優勝。2016年よりモンテカルロ・フィルハーモニーの音楽監督兼芸術監督。東混、日フィルなどの他、芸大時代に結成した横浜シンフォニエッタでも指揮をとる。ベルリン在住。
案内人
- だいこくかずえ小さな頃からピアノとバレエを学び、20歳までクラシックのバレエ団に所属。のちに作曲家の岡利次郎氏に師事し、ピアノと作曲を10年間学ぶ。職業としてはエディター、コピーライターを経て、日英、英日の翻訳を始め、2000年4月に非営利のWeb出版社を立ち上げる。
目次
ハモってるとは何か
指揮者である和樹くんは、ハモってるとか狂ってるっていうのはどういうことなのか、ということをよく考えるそうです。
そもそも平均律では、二つの音を同時に鳴らした場合、ちゃんとはハモらない、だけどずっと耳を澄ましているとハモりだす、だんだん合ってくる。だから教会のような残響の多いところは、合わないものを一つにするという宗教観念と重なるんじゃないか、と和樹くんは言います。
そして合わないものが合ってくるという曲を、大ちゃんにぜひ書いてほしいとリクエスト。
スコアはパート譜まで書いてから渡す
作曲家である大ちゃんは、28歳のときからスコアはパート譜まで書いて(特定の人に頼み)、PDFに固定し、厳密な印刷マニュアル付きで出版社に渡しているそうです。パート譜づくりは1、2ヶ月かかるので、締切から逆算して作曲はいつも早めに終わらせます。
パート譜が返ってきたら1音も動いてないか自分でチェック。それは段を動かした拍子に譜面が変わってしまうこともあるから。
改ページのタイミングにも気をつかい、ライブラリアンの人にも意見を聞いて、オケの人が見やすい、ストレスのない楽譜にしようと努めているそうです。
電子楽譜とレーザープリンター
――第2弾の会話から――
[大] 楽譜は電子楽譜で勉強するの? iPadとか。
[和樹] あのね、この曲どうかなというとき、PDFで楽譜を送ってもらうの、音源は別にあって。これが、、、楽譜を見ながら音源を聞くというのが大変なんですよ。
[大] えーっ、なんで大変なの?!
[和樹] だってさ、パソコンの画面だと1ページが全部映らないんですよ。スクロールして見ていくでしょ。そうすると楽譜の上から下までパッと見れないの。でしょ? 上下にずらしながら聞かなきゃならないわけ。
[大] 縮小すれば一応収まるけどね。でも音符が小さすぎるかもしれない。
[和樹] でね、プリントアウトすればいいかっていうと、インクをかなり食うんですな、あれは。(大:笑って聞いてる)
[大] レーザーじゃないでしょ、そちら。ズーズーッてやつでしょ。
[和樹] それ以外なんかあるんですか?
[大] レーザーってコピー機みたいな、、、(和樹:不信顔)
[和樹] あれ、レーザーなの? 今のコピーにはインクはないわけ?
[大] あるんですけどぉ、昔のジージージーッてやつだとインクを食うでしょ。でもレーザーだったら30ページとかでも1本で済むから。
[和樹] ナニソレ!? (間) え、世界中の人みんなそれでやってるの?!
[大] そっちのが経済的にいいし。
[和樹] 家にそういうものがあるの?
[大] 安い安い、あとで教えますよ。
藤倉大 X 山田和樹 YouTube Live 対談 第2弾(2020/03/30)
楽譜を開いて、いい作品かどうか、いつわかるの?
これは大ちゃんからの質問。和樹くんによれば、楽譜だけのことでいうと、楽譜を見てきれいかきれいじゃないか、パッと見でいい作品かどうか直感的にわかることがある、とのこと。
楽譜がきれいかきれいじゃないかはどういう基準なのでしょう。和樹くん曰く、シェーンベルクみたいな楽譜はきれい、だとか。シェーンベルクの『浄夜』の楽譜を、初めて開いたときのショックを忘れないと言います。
そのショックとは、それまでいろいろやってきた近現代の作品のルーツは、すべてここ(浄夜)にある、という気づきでした。楽譜の模様が「これどこかで見たことある!」と感じたのです。
アルノルト・シェーンベルク『浄夜』
その原型はマーラーの10番じゃないか、という大ちゃんの見方に対して、和樹くんは、そうそう、そうなってくるの、繋がっているの、と返します。シェーンベルクの楽譜の中にベートーヴェンもメンデルスゾーンもあって、シェーンベルクが12音技法に行く前の、あの作品あたりがターニングポイントになっている、ここからすべての現代音楽は発生しているのでは、と和樹くんは考えます。
ベートーヴェンもモーツァルトも楽譜がきれい、大ちゃんの楽譜もすごくきれい、楽譜がきれいということは、無駄な音が一つも書かれていないということだと思う、と和樹くん。
リハーサルでソロパートが違うテンポで弾いてきたら?
ヨーロッパでは時々あることとして、こういうとき指揮者はどうするのか。和樹くんはイギリスでの客演を例に答えます。イギリスの場合はリハがたいてい1回しかないし、オケの人とは会ったばかりで相手をよく知らないので、音を止めたそうです。そこで「わかった」となっても、本番で変わってなかった!
そういうときどうするの、と大ちゃんは興味津々。オケの他のメンバーもさあこの人どうするんだろう、という感じで見てる。
僕がむこうにつけたね、全面的にじゃないけど、と和樹くん。ところがそうやって指揮者が少し譲ると、心理的に譲り合いが生じて、向こうも歩み寄ってくるそう。それで空気が変わった! オケと指揮者のキャッチボールが俄然活発に。
会場の音環境はよくなかったのに、オケがこんなに鳴るんだ、というくらい鳴ったとか。
別のケースでは、本番中に険悪なムードになって、終わってからソロパートの人に胸ぐら掴まれた感じでダーッと言われた、という経験もあるとか。和樹くん曰く、ネガティブな経験が自分を変えてくれる、自分だけでは気づかないから勉強になる。さすがです。
オケが鳴る鳴らないは指揮者の問題か、作曲家の問題か
学生時代、大ちゃんが指揮者でもある作曲の先生から、リハーサルで言われたこと。演奏に問題が出たとき、「これはおまえの側の問題だからな」と。つまり音がそうなっていたら(楽譜にそう書かれていたら)、普通に弾いてもそうなるはず、だから作曲家の側の問題なのだ、と。
和樹くん曰く、すごくいい音楽だけど、書き方が惜しいなと思うケースは多いそうで、オケが鳴るかどうかは、倍音の配列の仕方などが影響するのではと。鳴る(音が広がる、豊かになる)曲を書く人、鳴らない曲を書く人がいて、古典では鳴る人の作品は残ってると思う、と和樹くん。
古典をあまり知らないと言う大ちゃんですが、過去の人はなんだかんだ言っても鳴らせ方が「うまい!」と。たとえばモーツァルトはファゴットとホルンの組み合わせで、ホルンが実際よりたくさんいるかのように書いていると。
和樹くんがチャイコフスキーもそうだ、と言うと、大ちゃんはチャイコフスキーはモーツァルトから来てるから、使い方が似てるねと返します。
誰も考えないことを思いついて自分のルールで形にする大ちゃん、この世界の真実は何かをいつも探求している和樹くん。二人の率直にして考え深い、生き生きとした言葉のリレーをお楽しみいただけたでしょうか。ぜひYouTubeで、実際の会話を!
———————————
藤倉大 X 山田和樹 YouTube Live 対談 第1弾〜第10弾(3月23日〜5月25日)
この対談がきっかけで生まれたリモート演奏のための楽曲
『Longing from afar』(YouTube)
藤倉大作曲、山田和樹(他)指揮、東京混声合唱団演奏
*楽譜も公開中 *オーケストラversion、尺八versionなどもあり。