バッハを聴くのに「信仰」は必要か。【無宗教のクラシック講座バッハ編】

2017/08/05
クラシック

音楽は「悪魔の使い」だった?!

日本におけるバッハ研究の第一人者の先生が、バッハ好きの人に、まじめな調子でこんな質問を受けたそうです。

バッハの音楽は、キリスト教を信じていないとわからないのでしょうか? 

これ、筆者自身も昔感じた疑問であります。「バッハの音楽が好きでたまらない」という人なら一度はこんな疑問にとらわれたはず。

 

西洋音楽はまずもってローマカトリック、つまり西方教会の音楽として発展したというイメージが一般的ですが、「グノーシス思想」などの異端信仰が流行っていた紀元2 – 4世紀の初期キリスト教時代は、むしろ音楽が排除されていた時代でした。

たとえば「金の口をもつイアソン」こと聖クリュソストモス(347?-407)は「悪魔はこっそりと都市に忍びこみ、堕落した音楽と、ありとあらゆる邪悪に満ちた歌で焚きつけた火を放つ」といって、とりわけやかましい楽器の奏楽を断罪し、またヒッポの聖アウグスティヌス( 354-430 )も『告白』でこんなことを書いています「歌われる事柄そのものよりも歌われる声によって心動かされるとき、わたしは罪を犯して罰を受けるべきだと告白し、そのような場合にはその歌を聴かなければよかったと思う」。

 

そんなのウソだ! キリスト教出現以前のユダヤ教だって太鼓とか角笛とかシンバルとかが『旧約聖書』の「詩編」に出てくるでしょ、それにダヴィデ王は竪琴の名手だったって言うじゃない。・・・と、思うかもしれません。

しかしながら帝政ローマ末期の混沌とした時代を生きた初期キリスト教会の教父たちにとって、音楽、とくに器楽は人間を堕落させる、悪魔の使いも同然のシロモノだったのです。

そんな西方教会の「音楽感」が180度方向転換(いや、転向 ? )したのはいつだったかと言うと、いわゆる「グレゴリオ聖歌」の時代で9世紀以降のこと。この「グレゴリオ聖歌」”推し”を積極的に進めたのが北方ゲルマン系民族で、とくに「カロリング・ルネサンス」として有名なカール大帝のフランク王国だったと言われています。ちなみに現在のロシア正教会を含む東方教会は典礼での楽器使用を禁じたクリュソストモス以来の伝統を守りつづけており、たとえばラフマニノフの無伴奏混声合唱曲『徹夜禱』も、この東方教会の伝統にのっとった作品です。

 

バッハの傑作『ミサ曲 ロ短調』の場合

本題にもどって、バッハはプロテスタントのルター派に属していた教会音楽家なのだから、ルター派の「教義」や「信仰」ぬきで真の理解はありえない、というのは偏狭な決めつけかもしれません。

たとえばバッハは22歳のとき、中部ドイツの自由都市ミュールハウゼンの教会オルガン奏者として1年ほど務めていますが、バッハの直属の上司というのが、ルター派ではなくて敬虔派(カルヴァン派)。職場の教会も「礼拝は質素に、華美な音楽は必要なし」みたいなところでした(それだから、さっさとヴァイマール宮廷へと転職したのかな? でも『神の時は最上の時なり[BWV 106]』や『神はわが王[BWV 71]』など初期の傑作はミュールハウゼンで書かれています)。

さらに晩年、ライプツィヒ時代のバッハはたびたびザクセン選帝侯国の首都ドレスデンを訪れていますが、選帝侯自身がカトリックだったため、当地で奉じられていたのはルター派ではなくローマカトリックでした。

じつはルター派プロテスタントの大学街ライプツィヒでもラテン語によるキリエとグローリアのみの「小ミサ」を特定の祝日に演奏する習慣があり、バッハも大作『ミサ曲 ロ短調(BWV 232)』のほかにキリエとグローリアのみの小ミサ曲を書いています(4曲が現存)。

さらに、バッハの音楽様式を見ると、教会カンタータのアリアではきわめて器楽的な技巧がふんだんに盛りこまれていたり、器楽作品では逆に「歌うこと」、つまり声楽的技巧を奏者に要求したりと、対立する要素どうしを絶妙にバランスさせて、それまでにはなかったまったく新しい音楽様式や音響効果を切り拓いていったような印象を強く受けます(『ブランデンブルク協奏曲 第5番[BWV 1050]』第1楽章後半のチェンバロ独奏パートも、こうしたバッハの独創性がよく現れている一例)。

バッハの教会音楽についてもまったくおなじことが当てはまるのではないでしょうか。『ミサ曲 ロ短調』を締めくくる四部合唱の歌詞は、「われらに平安を与えたまえ(Dona nobis pacem)」。バッハ自身の祈りともとれるこの終曲に満ちているのは、ルター派だのカトリックだのといった教義論争とは無縁の、安らかな音楽世界そのもの。そしてこの巨大な声楽作品は、ローマカトリックでのじっさいのミサ式次第には適していない点も指摘されています(ミサ曲は通常5部構成で作曲される必要があるのに、『ミサ曲 ロ短調』は4部構成をとっている、など)。ようするにこの大作は、あるバッハ研究者のことばを借りれば、「歴史上数多くの教会音楽のなかでもっともキリスト教的なものに属するが、同時にその信仰上の枠を破り、異教徒を含むすべての人間に仕える」作品なのです。

 

大切なのは、「音楽を聴く」という体験

初期教会の教父たちが嫌っていた音楽という時間芸術のもつ「直截性」は、教会音楽だろうと世俗の器楽作品だろうと、もっと言えば近現代の音楽だろうとポップスだろうとクロスオーヴァーだろうと本質的にはあまり変わりないはず。「歌われる事柄そのものよりも歌われる声によって」聴く者の心を動かすもの、それが音楽。信仰のあるなしとは関係なく、奏でられる音に耳を傾けるだけで生きる希望を見出す場合だってあるのです(筆者もそんなひとりでした)。

はじめに引用したバッハ学者先生は、こう結論づけています「大切なのは、バッハがなにを信じたかという信仰の内容ではなく、信仰に貫かれたバッハの生き方、精神の方向性なのだ」。「神は死んだ」と宣告したあのニーチェでさえ、バッハの『マタイ受難曲』を聴いていたく感激した旨を友人宛ての手紙に書いています。あらゆる思想信条を超越しているとも言えるバッハの音楽を聴くという体験。これこそ、なによりも大切ではないでしょうか。

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